表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/65

第十二話「椿と忍と山田家の食卓」


 家に着いて、忍を布団に寝かせた後、私は夕飯の支度をするという紫白の後を追って、台所へ来ていた。

 お金は払えないし、力仕事も出来ないが、幼女にだって家事手伝いは出来る。

 ちょっとでも何か返したくて、私は紫白に手伝いを申し出た。


「え? 椿も手伝ってくれるんですか。それは、とても嬉しいです! でも、刃物も火の番も危ないし……あ、では、野菜を洗うのと料理の味付けをお願いしても良いですか?」

「うん、わかった!」


 流し台に身長が届かなかったため、紫白が椅子を取って来てくれた。

 紫白にお礼を言い、椅子に乗って、渡された芋や人参を洗う。


「きょうは、なにをつくるの?」

「今日は、ですねー。肉じゃがと、油揚げと豆腐の味噌汁、後、(ぶり)の照り焼きです。油の乗った美味しそうな鰤を見つけたんですよ」


 晩御飯も純和食だ。

 前世の一人暮らし経験のおかげで、炊事力は割とある。

 どれも作ったことのあるメニューだった。

 味付けもなんとかなりそうだし、出来上がりが楽しみだな。


 途中、紫白が火を点けるために術を使ったことには驚いたが、二人で喋りながら料理をするのは、楽しい作業だった。

 和やかに料理を続けていると、突然背後から声がした。


「ごはんっすか!? 良い匂いにつられて、来たっす! オイラにも食べさせてくださいっ!」


 そそくさと台所にに入って来た忍は、私達の隣にくるとキラキラした目で、料理を見つめている。


「ええっと……、いいよ。おきるのはやいね。すごくつかれてたみたいだけど、もうだいじょうぶなの?」

「はい、もう、バッチリっす! 忍者はさっさと寝て、さっさと起きれるものなんで! 布団の上に寝かせてもらえたから、元気百倍っす!」

「そっか。なら、よかった」


 起きるなり、食欲旺盛な忍を見て安心する。

 この元気さなら、もう大丈夫そうだ。

 それにしても、客間からここまで迷わずくるとは、とんでもない嗅覚である。

 食い意地が張ってるだけかも知れないが。


「早く食べたいっす。オイラ、皿を運ぶくらいは手伝うっすよ!」


 出来上がった料理を皿に盛り付けていると、忍がそんなことを言いだした。


「そうですか、じゃあお願いします。では、この皿を隣の居間まで運んでもらっても良いですか?」

「了解っす!」


 思いの外、あっさりとそれを受け入れた紫白は、忍に料理の皿を手渡すと、居間の方向を指差した。

 忍は皿を受け取って、颯爽と居間へと駆けて行く。


 すっごい早いな、さすが忍者……じゃない!

 忍に料理は危険、毒を盛られないように気をつけようって思ってたのに!


「あ、わ、わたしもてつだう!」

「椿は運ばなくても良いんですよ?」

「ぜひ、やらせてください!」

「そうですか? 熱いので気をつけて、ゆっくり運んで下さいね」


 私は紫白の注意を守りつつ、最大限の速さで忍を追いかけ、居間へと向かった。



******



 居間に入ると、ちゃぶ台の上に料理を並べる忍が見えた。

 真面目にやっているようで、今のところ変な物を混ぜる様子はない。


 少し、気にし過ぎだったかな。


 料理を並べ終えた頃、丁度、福兵衛が居間へ入って来た。


「今晩は、(ぶり)と肉じゃがか! 楽しみだな」


 そう言いながら、ちゃぶ台の定位置へと座る。

 福兵衛に促されて、私達も席に着いた。

 今日の昼は団子だけだったから、お腹が空いている。

 忍も待ちきれない様子で、そわそわしていた。

 台所の片付けを終えた紫白が、席に着いたのを見計らって、皆でいただきますを唱える。

 一斉に食べ始めようとした時、福兵衛がふと疑問の声を上げた。


「そういえば、お前の名前はなんというのだ? 儂は、福兵衛という。福ちゃんと呼んでくれて構わないぞ」


 福兵衛の一声に、箸を止めた忍は、元気な声で答える。


「あ、オイラ、望月 忍っす。忍者なんで、名乗りとか慣れてないんすよ。すっかり忘れてたっす。えっと、福ちゃん?……っていうか、福じいちゃんって感じっすね! よろしくっす!」


 忍は、あっけらかんと笑った。


 そういえば、私は彼を知っているが、他の二人は彼のことを知らなかった。

 同様に、忍も私達の名前すら知らないだろう。


「ごめん。じこしょうかいが、まだだったね。わたしは、つばき。こっちは……」

「紫白、といいます」

「椿ちゃんに、紫白さんっすね! 二人もよろしくっす!」

「うん、よろしく」


 私は笑顔で応える。

 一方、紫白はなんともいえない微妙な顔で、軽く頷いた。


 自己紹介をさっさとすませると、忍はすごいスピードで食べ始めた。

 当然のように食べ進め、ちゃっかりおかわりまでしているあたり、本当に遠慮を知らない忍者だな。


「それにしても、めっちゃ、美味いっす! これ作った二人は天才っすね」

「そうでしょうとも。今日のこれは、僕と椿の合作なんです。味付けは、椿がしたんですよ。美味しくて当然です」

「そうなんすか! 椿ちゃんって、オイラより年下に見えるのに、こんなの作れるなんてすごいなぁ」


 唐突に褒められて面食らうが、まあ、褒められて悪い気はしない。

 なぜか紫白まで、満更でもなさそうな顔をしていた。

 食事を通じて、忍と仲良くなれている気がする。

 でも、半分以上は紫白が作った料理だ。

 彼も褒めてあげて欲しい。


「いやいや、しはくのほうがすごいよ。わたしのあじつけも、しはくがもとになるりょうりをつくってくれたからできたんだし」

「へー! 紫白さんもすごいんすね!」

「そんなこと有りませんよ! 椿の味付けが良かったんです」


 和やかに場へ溶け込む忍、謙遜しあう私達。

 そんな中で、福兵衛が一人ぽつりと呟いた。


「……済まない。これは、なんというか……その、味付けが濃ゆすぎないか?」

「は? 何を言うんですか。椿が作った料理ですよ? 美味しいじゃないですか」


 紫白は、眉間に皺を寄せて福兵衛に詰め寄る。

 福兵衛は、ますます困った顔を浮かべた。


「ほんとう? ぶんりょうまちがえたのかな……? ごめんね、ふくさん」


 紫白と忍が美味しいと言うので、自信を持っていたのだが、福兵衛の口には合わなかったようだ。

 味見はしたけど、どこかで調味料の配分を間違えたのかもしれない。

 私は、まだ味噌汁しか飲んでいなかったので、福兵衛の言う濃ゆい料理達を順に口へ運んだ。


「……おいしいよ? ふくさんてきに、どこがダメ?」

「あー……、全体的に醤油と砂糖が効き過ぎている気がするのだが、うむ……。ま、不味くはないぞ、本当だ!」

「そう? つぎからはきをつけるね」


 うーむ、人それぞれ、味の好みって難しい。

 美味しそうに食べる忍や紫白と、お茶を多量に飲みながら食べ進める福兵衛を見て、私はそんなことを思った。


 その日の食卓には、「儂が……、儂の味覚がおかしいのか?」という福兵衛の消え入りそうな声が静かに響いていた。


《各々の味覚について》

*椿→自分で作る料理の味付けは超濃口派。他者から貰うものはその限りではなく、それはそれで美味しく食べられる。

*紫白→椿の味付け、という好感度フィルターがかかっている。味覚は一般的。

*忍→食べられるものは、何でも美味しい!

*福兵衛→優しい味付けが好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ