第十二話「椿と忍と山田家の食卓」
家に着いて、忍を布団に寝かせた後、私は夕飯の支度をするという紫白の後を追って、台所へ来ていた。
お金は払えないし、力仕事も出来ないが、幼女にだって家事手伝いは出来る。
ちょっとでも何か返したくて、私は紫白に手伝いを申し出た。
「え? 椿も手伝ってくれるんですか。それは、とても嬉しいです! でも、刃物も火の番も危ないし……あ、では、野菜を洗うのと料理の味付けをお願いしても良いですか?」
「うん、わかった!」
流し台に身長が届かなかったため、紫白が椅子を取って来てくれた。
紫白にお礼を言い、椅子に乗って、渡された芋や人参を洗う。
「きょうは、なにをつくるの?」
「今日は、ですねー。肉じゃがと、油揚げと豆腐の味噌汁、後、鰤の照り焼きです。油の乗った美味しそうな鰤を見つけたんですよ」
晩御飯も純和食だ。
前世の一人暮らし経験のおかげで、炊事力は割とある。
どれも作ったことのあるメニューだった。
味付けもなんとかなりそうだし、出来上がりが楽しみだな。
途中、紫白が火を点けるために術を使ったことには驚いたが、二人で喋りながら料理をするのは、楽しい作業だった。
和やかに料理を続けていると、突然背後から声がした。
「ごはんっすか!? 良い匂いにつられて、来たっす! オイラにも食べさせてくださいっ!」
そそくさと台所にに入って来た忍は、私達の隣にくるとキラキラした目で、料理を見つめている。
「ええっと……、いいよ。おきるのはやいね。すごくつかれてたみたいだけど、もうだいじょうぶなの?」
「はい、もう、バッチリっす! 忍者はさっさと寝て、さっさと起きれるものなんで! 布団の上に寝かせてもらえたから、元気百倍っす!」
「そっか。なら、よかった」
起きるなり、食欲旺盛な忍を見て安心する。
この元気さなら、もう大丈夫そうだ。
それにしても、客間からここまで迷わずくるとは、とんでもない嗅覚である。
食い意地が張ってるだけかも知れないが。
「早く食べたいっす。オイラ、皿を運ぶくらいは手伝うっすよ!」
出来上がった料理を皿に盛り付けていると、忍がそんなことを言いだした。
「そうですか、じゃあお願いします。では、この皿を隣の居間まで運んでもらっても良いですか?」
「了解っす!」
思いの外、あっさりとそれを受け入れた紫白は、忍に料理の皿を手渡すと、居間の方向を指差した。
忍は皿を受け取って、颯爽と居間へと駆けて行く。
すっごい早いな、さすが忍者……じゃない!
忍に料理は危険、毒を盛られないように気をつけようって思ってたのに!
「あ、わ、わたしもてつだう!」
「椿は運ばなくても良いんですよ?」
「ぜひ、やらせてください!」
「そうですか? 熱いので気をつけて、ゆっくり運んで下さいね」
私は紫白の注意を守りつつ、最大限の速さで忍を追いかけ、居間へと向かった。
******
居間に入ると、ちゃぶ台の上に料理を並べる忍が見えた。
真面目にやっているようで、今のところ変な物を混ぜる様子はない。
少し、気にし過ぎだったかな。
料理を並べ終えた頃、丁度、福兵衛が居間へ入って来た。
「今晩は、鰤と肉じゃがか! 楽しみだな」
そう言いながら、ちゃぶ台の定位置へと座る。
福兵衛に促されて、私達も席に着いた。
今日の昼は団子だけだったから、お腹が空いている。
忍も待ちきれない様子で、そわそわしていた。
台所の片付けを終えた紫白が、席に着いたのを見計らって、皆でいただきますを唱える。
一斉に食べ始めようとした時、福兵衛がふと疑問の声を上げた。
「そういえば、お前の名前はなんというのだ? 儂は、福兵衛という。福ちゃんと呼んでくれて構わないぞ」
福兵衛の一声に、箸を止めた忍は、元気な声で答える。
「あ、オイラ、望月 忍っす。忍者なんで、名乗りとか慣れてないんすよ。すっかり忘れてたっす。えっと、福ちゃん?……っていうか、福じいちゃんって感じっすね! よろしくっす!」
忍は、あっけらかんと笑った。
そういえば、私は彼を知っているが、他の二人は彼のことを知らなかった。
同様に、忍も私達の名前すら知らないだろう。
「ごめん。じこしょうかいが、まだだったね。わたしは、つばき。こっちは……」
「紫白、といいます」
「椿ちゃんに、紫白さんっすね! 二人もよろしくっす!」
「うん、よろしく」
私は笑顔で応える。
一方、紫白はなんともいえない微妙な顔で、軽く頷いた。
自己紹介をさっさとすませると、忍はすごいスピードで食べ始めた。
当然のように食べ進め、ちゃっかりおかわりまでしているあたり、本当に遠慮を知らない忍者だな。
「それにしても、めっちゃ、美味いっす! これ作った二人は天才っすね」
「そうでしょうとも。今日のこれは、僕と椿の合作なんです。味付けは、椿がしたんですよ。美味しくて当然です」
「そうなんすか! 椿ちゃんって、オイラより年下に見えるのに、こんなの作れるなんてすごいなぁ」
唐突に褒められて面食らうが、まあ、褒められて悪い気はしない。
なぜか紫白まで、満更でもなさそうな顔をしていた。
食事を通じて、忍と仲良くなれている気がする。
でも、半分以上は紫白が作った料理だ。
彼も褒めてあげて欲しい。
「いやいや、しはくのほうがすごいよ。わたしのあじつけも、しはくがもとになるりょうりをつくってくれたからできたんだし」
「へー! 紫白さんもすごいんすね!」
「そんなこと有りませんよ! 椿の味付けが良かったんです」
和やかに場へ溶け込む忍、謙遜しあう私達。
そんな中で、福兵衛が一人ぽつりと呟いた。
「……済まない。これは、なんというか……その、味付けが濃ゆすぎないか?」
「は? 何を言うんですか。椿が作った料理ですよ? 美味しいじゃないですか」
紫白は、眉間に皺を寄せて福兵衛に詰め寄る。
福兵衛は、ますます困った顔を浮かべた。
「ほんとう? ぶんりょうまちがえたのかな……? ごめんね、ふくさん」
紫白と忍が美味しいと言うので、自信を持っていたのだが、福兵衛の口には合わなかったようだ。
味見はしたけど、どこかで調味料の配分を間違えたのかもしれない。
私は、まだ味噌汁しか飲んでいなかったので、福兵衛の言う濃ゆい料理達を順に口へ運んだ。
「……おいしいよ? ふくさんてきに、どこがダメ?」
「あー……、全体的に醤油と砂糖が効き過ぎている気がするのだが、うむ……。ま、不味くはないぞ、本当だ!」
「そう? つぎからはきをつけるね」
うーむ、人それぞれ、味の好みって難しい。
美味しそうに食べる忍や紫白と、お茶を多量に飲みながら食べ進める福兵衛を見て、私はそんなことを思った。
その日の食卓には、「儂が……、儂の味覚がおかしいのか?」という福兵衛の消え入りそうな声が静かに響いていた。
《各々の味覚について》
*椿→自分で作る料理の味付けは超濃口派。他者から貰うものはその限りではなく、それはそれで美味しく食べられる。
*紫白→椿の味付け、という好感度フィルターがかかっている。味覚は一般的。
*忍→食べられるものは、何でも美味しい!
*福兵衛→優しい味付けが好き。




