第十一話「忍者参上!」
人懐こく笑う忍者を前に、私は内心穏やかではなかった。
よりによって攻略対象中一番厄介そうなのが、二番手で来ちゃったよ!
街に降りてまだ二日なのに、立て続けに攻略対象に出会うか、普通? 凄い確率だわ。
唐突すぎて、心の準備が。
私としては、始めはなるべく癖の少ないキャラから関わるつもりだった。
ど、どーしよ……。
とりあえず落ち着け、私。
そうだ、彼がこんなに幼い見た目ということは、少なくともゲームはまだ始まっていない。
私にとっては、一番良い展開だ。
せっかく与えられた機会、このまま頑張って、彼を味方に引き込もう。
忍ルートについて、思い出せる限りを考える。
望月 忍。
忍者の頭領である母から幼い時より、忍者の英才教育を受け、周囲の期待と共に育つ。
術の才能には恵まれなかったものの、体術や暗器を扱うセンスに優れ、次期頭領になるのは彼しかいないと言われている。
しかし、類稀な忍者の才ゆえか友達が作れず、修行ばかりの幼少期を過ごす。
そのため、忍ルートに入るきっかけになる台詞は、「友達になりませんか?」だ。
友達から恋人になるまでの関係を楽しむ、というのが彼のルートの売りだった。
しかし、忍は始め、殺害対象として主人公に接触してくるため、選択肢を間違えると、簡単に主人公が死ぬルートでもある。
それから彼から渡される食事には、注意が必要。
安易に食べると、毒を盛られて死ぬ。
忍には毒の耐性があるため、これくらいで死ぬと思わなかったと言って、ゲーム中の主人公はあっさり殺されていた。
死ぬ可能性があることを、軽い気持ちでしないで欲しい。
無邪気な顔で、怖い奴なのだ。
私は別に主人公ではないし、忍ルートに入る気もない。
現状、私が彼に殺される理由はないが、ふとした拍子に殺される可能性は大いにある。
私の言動で、忍がどう動くのか分からない以上、注意して関わるべきだろう。
後、食事も安易に受け取らないように気をつけよう。
ちらりと、忍を盗み見ると、彼は裏表のなさそうな顔で笑っていた。
なんとなく、幼い忍は、ゲーム中より素直で良い子そうに見える。
大丈夫、なんとかなると自分に言い聞かせ、慎重に忍へ話しかける。
死んだ表情筋を奮い立たせ、全力で笑顔を作った。
印象は良いに越したことがないのだ。
「たいへんだったね」
「いやー、本当に助かったっす。ありがとうございました! じゃあ、オイラはこれで失礼するっす」
そう言い残すと、忍は再び屋根の上へと高く飛んで……墜落した。
ドスンッ!とさっきよりも大きな音がする。
痛そう……。
「彼、死んだんじゃないですか?」
「えんぎでもないこといわないの!」
冷めた目で、忍を見る紫白を嗜めた。
慌てて忍に駆け寄る。
大丈夫、息はあるようだ。
むしろ、寝息をたてているような……?
「ねてる……?」
「寝てますね。どうやったら、跳びながら寝るなんて器用な芸当が出来るんでしょうか」
忍、お前ってやつは……。さっきまでの私の緊張を返せ。
困惑していると、通行人達がじろじろとこちらを見ていることに気づいた。
注目を浴びるのは、遠慮したい。
「……とりあえず、もうすこしみちのはしによせる?」
「そうですねー、此処じゃ通行の邪魔ですし」
忍者を道の端へと寄せていると、向かいの方から福兵衛がこちらへ歩いて来くるのが見えた。
「おーい、紫白ー、椿ちゃーん。遅くなって済まぬ。……む? その童はどうしたのだ?」
「本当に時間がかかりましたね。彼は、どこぞの忍者です。屋根から降ってきて、鱈腹団子を食べたら、寝ました」
興味無さ気に話す紫白の話に、福兵衛は驚いたように目を見開く。
「ほう……。それはまた、珍妙な事だな。忍者など、昨今中々見られるものではないぞ。この地域では、とくにな」
「にんじゃって、そんなにめずらしいの?」
和風世界なら沢山いそうなイメージがあったが、実際はそうでもないらしい。
福兵衛は、うむと軽く頷きを返した。
「そうなんですか? 僕も初耳です。昔はよく見かけましたけどね」
「ははっ、お前の昔は何百年も前の話だろう。今の忍者は、少し数が減ったのだよ。後、此処ら一帯は見回りを強化しているのでな。怪しい奴は入れぬよ」
「へぇー、そうなんだ」
話し込んでいると、茶屋の女将さんから窺うようにそっと声をかけられた。
「その子も、あんたらの連れかい? 店の前で派手に頭を打ったって聞いたんだけど、大丈夫なのかい?」
その問いに答えたのは、忍本人だった。
ぱちりと急に目を覚ますと、慌ただしく起き上がり、服に付いた土を払う。
「おわー! ねちゃってた! あ、オイラ、頑丈なので、問題ないっす!」
さっきまで寝ていたのに、なんという素早い動き。
呆気に取られていると、忍はふらふらと道を歩きだした。
今にもまた倒れ込みそうな、覚束ない足取りだ。
「本当に大丈夫なのかねぇ……」
女将さんが、心配そうに呟いた。
正直、スルーできるなら、あまり関わりたくない。
が、このまま放置すると、忍を味方に引き入れる機会を逃してしまう。
自分の生存率を上げるためなら、面倒そうなキャラにもちゃんと関わりますとも!
忍を追いかけ、声を掛ける。
「あなた、そんなあしどりで、どうするき? すこしやすんだほうがいいよ」
「へ? いや、とりあえず動いとかないといけないんすよ。追わ、れ……、てて」
忍は話の途中にも意識を飛ばしかけ、目を覚まそうと頭を振った。
追われている? 何から?
よく分からないが、何かから逃げ回っていたせいで、飲まず食わずの上、眠れてもいなかったということか。
見た目、私より少し上、八歳前後の少年にそれはさぞ過酷だっただろう。
味方にするという目的以上に、彼に同情してしまった。
だから、私は後からついて来ていた紫白と福兵衛に、頼んでみることにした。
「ねえ、しはく、ふくさん。このこ、しばらくでいいから、うちにかくまってあげて。ずっと、まともにねむれてもいないみたいなの。かわいそうだよ。おねがいします」
「ちょっと、椿」
紫白は、反対らしい。
元々、人に警戒心のある彼だ。
厄介ごとには巻き込まれたくないのだろう。
なんてことを言い出すのだ、と目が語っている。
止めようとする紫白をよそに、私は一縷の望みをかけて、福兵衛に頭を下げた。
福兵衛は大袈裟に厳めしく頷くと、口を開く。
「相分かった。頭を上げなさい。困る者を助けようとする心意気、大変気に入った。福ちゃんに任せなさい、万事解決だ!」
「ありがとう、ふくさん!」
ぱっと忍の方を見ると、彼は、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「きいてた? いまから、うちにおいでよ。あ、せいかくには、ふくさんのいえだけど」
「キミこそ、きいてたんすか? オイラ、追われてるんすよ? ぜったい、迷惑かけるっす」
「だんご、あれだけたべられたじてんで、めいわくはかけられてたよ? いまさらだ」
「それは、そうかも知れないっすけど……」
忍は、煮え切らない様子だ。
「僕は、迷惑かけて欲しくないで「良い良い。子供は、大人に迷惑をかけてなんぼだ。気にせず休んで行くと良い。我が家なら、多少の追っ手は撒けるだろう」
渋る紫白の発言は、おおらかに笑う福兵衛の言葉に遮られた。
紫白は嫌そうにしていたが、福兵衛の言葉に諦めたようで、もう何も言ってこない。
私達の様子を見て、忍は心底面白そうに笑った。
「あはは! 変わった人達っすね。普通、こんな奴、家にあげようと思わないっすよ。何が起きても知らないっすからね?」
「それはほら、なにもおきないように、きをつけたい」
「はは、なんっすか、それ」
忍は、さっきよりも明るい声で笑う。
「まあ、儂と紫白が居るのだから、そこまでの危険はあるまいよ。大船に乗ったつもりで居なさい」
「へへっ、ありがとう……ござ、い……ま、す」
そう言うや否や、忍の瞼は次第に閉じていった。
眠気が限界だったのだろう。
緊張の糸が解れると同時に、眠ってしまったようだ。
咄嗟に、倒れこむ忍を支える。
このまま、自力で運ぶかと、背中におぶせようとしたところ、紫白に止められた。
「貴方に、そんなことさせる訳には行きません。僕がやります」
「え、でも。……しはくは、はんたいだったでしょ?……いいの?」
「決まった事は仕方ありません。福兵衛もあなたも、一度決めたら、曲げないでしょう? それより今は、貴方が運んで、怪我をするかもしれないことの方が問題です」
そういうと、紫白はさっさと忍を背中に背負った。
彼は、私には、とことん甘い。
「……ありがとう、しはく」
「いいえ、どういたしまして」
そんなことを話していると、タイミングを見計らうように、福兵衛から声がかかった。
「すまぬな、先に戻っていてくれ。少し、野暮用を済ませてくる」
「……? うん、わかった。ゆっくりあるいてるね」
そう返事をしたものの、気になって、福兵衛が歩いて行った方を振り向く。
福兵衛は女将さんと、なにやら話をしているようだった。
「気になるなら、見に行けばいいと思いますよ? 聞かれて困る話でもないでしょうし」
紫白にそう促され、素直に見に行くことにする。
「すぐもどるね!」
茶屋に近づくと、福兵衛はもう会話を切り上げる所だった。
「いや、いいんだよ、こんなの。福さんには、いつも世話になってるんだ。これくらい、させておくれよ」
「む、そうか? では、これは儂の気持ちだ。これで、みけに良いご飯でも買ってあげてくれ」
そう言って、困惑する女将さんに金銭を渡し、こちらに向かって歩き出す。
私の姿を目に留めると、福兵衛は不思議そうな顔をした。
「どうしたのだ? 先に行っていて良かったのだぞ」
「ちょっときになって。あの、ふくさん、いま、だんごだいはらってくれてたんだよね? ありがとう」
「ははっ、なんのことだ? お前が気にすることは何も無いぞ?」
惚けてもわかる。
私にも女将さんにも気を遣わせないよう、あえてそんな言い方をしているのだろう。
やはり、もてる男はやり方もスマートだ。
本当に、福兵衛にも紫白にも助けられてばかりで、頭が上がらない。
四人揃って茶屋を後にし、夕飯の買い出しを済ませ、家路に着いた。
私はその道のりを、これから少しでも何か返していきたいなと思いながら歩いた。




