第十話「下町散策」
朝食を食べ終えた私たち三人は、早速、町へ繰り出した。
少し人気のない場所を通ってから、繁華街へでる。
美味しそうな食事処や茶屋、呼び込みをかける魚屋に八百屋、何を売っているのか分からない怪しい店。
右に左に並び立つ店々に興味を惹かれて、あちこち見て回る。
以前は、通り過ぎるだけだった店に、今日は寄れるのだ。
楽しみで、仕方なかった。
「椿、あまりはしゃぐと、手拭いが飛んで行っちゃいますよ?」
「あ、ごめんなさい」
そっと、手拭いの位置を直してくれた紫白に謝って、私は手で布を押さえた。
いかん、いかん。
家を出る前に、わざわざ頼んで、念のため用意してもらった手拭いなのだ。
ちゃんと被って、村人に気づかれないようにしないと。
被るのも周りから浮くのでは、とも思ったが、私のように顔を隠したい女性は割といるらしい。
埃除けかもしれない。
皆、手拭いをそのまま頭に被せている。
浮くどころか、周囲にも溶け込めて、良い変装だった。
手拭いが飛ばないよう気をつけて歩く。
ある玩具屋の前に来ると、店主が福兵衛を呼び止めた。
「福ちゃんじゃないか! 新作の妖怪かるた、売り上げ絶好調だよ。双六も良かったが、こっちも凄い人気だぞ!」
「久しいな、亭主。それは、良かった。妖怪は面白いからな、少しでも皆に広まれば良いと考えたまでだ」
「はぁーー! 馬鹿売れだってのに、威張りもせずにこの余裕。流石、売れる物を作るお人は違うねえ」
何やら、次回作について話し込み始めた福兵衛と店主の会話についていけず、紫白に小声で訊ねる。
「ふくさんって、けっこうすごいひと?」
「そうですね。僕も最近知ったんですが、彼はこの町じゃ結構有名な妖怪作家なのだそうです。書物や瓦版を始め、妖怪の玩具や雑貨品まで色々な物に関わっているのだとか」
「じぶんもようかいなのに? ひとのなかにまじるの、こわくないのかな……?」
「彼が言うには、妖怪だからだそうです。人と妖怪の仲を取り持って、互いが住みやすい町を作りたいのだと言ってました。……正直、僕も昨日、町に来るまでは半信半疑だったんです。妖怪に好意的な町なんて、有り得ないって。でも、違います。確実に、昔より良くなっている……、あれを見て下さい」
言われるままに、指された方向を見ると、茶屋の赤い椅子にちょこんと鎮座する三毛猫がいた。
「かわいい……、もふもふだ」
「いや、そうじゃなく。というか、触り心地なら僕も負けませんし……。さあ、よく見て」
じっと眺めていると、何か違和感を感じた。
「あっ! しっぽが二ほんある!」
よく観察してみれば、猫の尻尾の先は二本に分かれている。
つまりは、猫又と言う訳か。
しかし、道行く人は、誰も動揺する気配がない。
そればかりか、時折、茶屋の客が猫又の頭を撫でていた。
猫又は、のどをゴロゴロ鳴らしている。
「みんなには、しっぽ、みえてないのかな?」
「いいえ、皆、分かっていて、ああ接しているんです。すごいですよね。昨日は、雪女に温度管理をさせていると、豪快に笑う農家の方にも会いました。八百年前からは、とてもじゃないが、信じられない。……都は、変わった」
遠くを見つめる紫白は、今、何を想っているのか。
何か、すごいことが起きているのは私にも分かる。
だが、昔を知らない私には何も言えず、口をつぐんだ。
でも、世間が妖怪に好意的になっているなら、尚更、ゲーム中で紫白が必ず討伐される理由が分からない。
謎は深まるばかりだ。
とりあえず、妖怪に対する悪評を無くそう作戦は、様子見かな。
しばらく、二人で行き交う人を眺めながら、福兵衛が戻って来るのを待つ。
ようやく話を終えて、こちらに戻ろうと歩き出した福兵衛は、再び別の人に捕まった。
町娘といった風貌の若い女性集団だ。
黄色い歓声を上げながら話す彼女達に、福兵衛はやんわりと優しく対応している。
これは、いつになるか分からないな……。
「ふくさんって、おんなのひとにもにんきなんだね」
「あ、惚れちゃ駄目ですよ。彼、来る者拒まず、去る者追わずの女泣かせで有名ですから」
「へえ、そうなんだ」
確かに、そんな設定だった気がする。
正直、ゲーム内の彼のルートは、初戦ラスボス単騎出陣と妖狐結局討伐事件のインパクトが強すぎて、他の印象が薄かった。
移動するか、まだ待つか悩んでいると、視界の端に何か黒いものが映り込んだ。
「クロ……?」
黒い身体に、ふさふさの尻尾。
愛嬌のある眉毛のような模様。
可愛らしいが、凛々しい柴犬。
見覚えのあるその姿に、目を瞬かせた。
しかし、次の瞬間には、その姿は人混みに掻き消される。
見間違い、か。
そうだよね、クロは前世であの川岸まで私が運んだのだ。
こちらの世界に居るはずない。
「椿、ぼーっとして大丈夫ですか? 人酔いしました? 福兵衛はまだかかりそうですし、さっきの茶屋へでも行ってみます?」
「あ、うん。そうしようか」
心配してくれる紫白に、大丈夫だと告げて、二人で猫又のいる茶屋へと向かった。
外にある席を確保して、団子とお茶を一応三人分頼んでおく。
「おだんごとおちゃを、三つください」
「はいよー!」
「すみません、お代は向こうの店で女性に囲まれてる奴に付けてください」
少し緊張気味に話す紫白の言葉に、女将さんは目を丸くした。
「あらやだ。あんたら、福兵衛さんの連れかい! お代はいらないよ。福兵衛さんと、それにみけのおかげで、うちは連日大盛況さ。看板猫ならぬ、看板妖怪ってね。妖怪様々だ!」
女将さんは、快活に笑う。
そして、注文の品を持ってくると、「ゆっくりしてってね」と言い残し、別のお客さんの所へ去って行った。
今度は、こちらが目を丸くする番だった。
「ほんとに、ようかいをうけいれて、せいかつしてるんだね」
「ええ、本当に。すごい世の中になりました。こればかりは、福兵衛に感謝するべきですね」
感心していると、さっきの猫又がこちらに擦り寄ってきた。
もふもふの誘惑に耐えきれず、優しく撫でると、猫又は気持ち良さげに目を細めた。
「ふぁ〜、かっわいい」
「僕の方がふわふわですよ」
「うんうん、しはくもすきだよー。また、かえったらさわらせてね」
そう言えば、少し不機嫌になっていた紫白の機嫌は元に戻った。
相変わらず、可愛い狐さんだ。
一通り猫又を触って満足し、そろそろ団子を食べ始めようかと思った時、それは現れた。
突然、猫又が起き上がり、ぴょんっと店の奥へと引っ込んで行く。
「きゅうに、どうしたんだろ?」
「危ない……っ!」
叫び声と供に、紫白の側へと引き寄せられた。
途端、先程まで私が居た場所に黒い塊が降ってくる。
ドスンと大きな音がした。
危機一髪。
もう少しで、私は謎の塊の下敷きになっていた。
恐怖で頬を引きつらせながらも、紫白にお礼を言う。
「あ、ありがとう、しはく。たすかった……」
「いいえ、このくらい何てことありませんよ」
紫白は、やんわりと微笑んだ。
いやいや、紫白さん、マジでありがとう。
討伐される前に、事故死するとこだったわ。
心臓のドキドキが治まるのを待っていると、黒い塊がむくりと起き上がり、何事か呟いた。
「……み、ず。……だん、ご」
悲壮感を漂わせる呟きを、なんだか不憫に思い、そっとお茶と団子を差し出す。
「ちょっと、椿」
「いいの、いいの。またちゅうもんしよ」
紫白に咎められるが、気にしない。
団子は三人分だが、福兵衛はまだ戻って来ないし、本当に必要としてる人にあげた方が良いだろう。
というか、これ、本当に人? 何かの妖怪か?
全身黒ずくめの物体は、凄い勢いで渡されたお茶と団子を平らげた後、更に私の持っている団子を見つめた。
いや、顔は見えないので、そんな気配がしたという感じだが。
暫く、見つけられて、根負けした私は、自分の分の団子も差し出した。
また、凄い勢いで食べ進めていく。
よほど、お腹が空いていたみたいだ。
途中、物音を聞きつけた女将さんが覗きにきたので、追加の団子を注文した。
遠慮が無くて、すみません。
最悪、福さんにちゃんと代金払ってもらおう。
黒い物体の食欲は、留まることを知らず、追加の分までどんどん平らげていく。
君は、ちょっと遠慮してくれ。
予想以上に、急激に減っていく団子。
……これ、私の分無いな。
流石に、何度も追加注文するのは、気がひけるし。
紫白は、言わんこっちゃないという表情で、こちらを見ていた。
「食べたいですか?」
「たべたい……」
「では、どうぞ」
満面の笑みの紫白が、自分の分の団子をすっと私の口元に差し出した。
食べたければ、このまま食えと。
紫白は、手ずから食事させるのが好きなのかね……。
団子の皿をチラリと見ると、残り数本になっていた。
そうしている今も、黒い物体の中へどんどん吸い込まれていく。
少し悩んでから、団子をぱくりと口にし、もぐもぐと味わった。
もっちりと甘くて、美味しい。
空の皿と団子の串は二桁を超えた。
それら全てを完食すると、黒い物体はがばりと立ち上がり、顔辺りの布を取る。
「いや〜、助かったっす! 飢え死にするかと思いました。どこの誰かは存じませんが、優しい町の方、ありがとうございました!」
にぱっと笑う、くせ毛気味の髪に、整った可愛い容姿の少年。
頭巾を取った黒い衣装は、よく見れば、見覚えのある忍者の格好そのものだった。
幼いが、間違いない。
彼は関わった時の主人公死亡率、堂々のナンバーワン。
ショタ系イケメン、忍者の次期頭首。
攻略対象キャラ、その人だった。
屋根の上から忍者参上!
次回より忍者編、参ります。




