第八話「生存戦略」
生存戦略その一。
まずは、主人公と攻略対象の情報を集めよう。
川辺の亡霊イコール私は霊力持ちなわけだから、外見年齢は変わりにくい。
作中どのくらいあの場を彷徨っていたのかは、定かじゃない。
ゲームはもうスタートしているのか?
はたまたゲームスタート前なのか。その辺を知ることが、対処を考える上で重要だ。
生存戦略その二。
攻略対象に近づいて、あわよくば味方に引き入れる。
ゲーム開始前なら、主人公のパーティーに入らないルートへ強制的に誘導するのだ。
なるべく主人公パーティーの戦力を削ぐことで、私達の生存率を上げる。
全員集合ハーレムルートへ突入していた場合も、ともかく彼らと関わりを持つ。
仲良くなれれば一番良いし、そこまでは難しくとも、私達が無害だと分かってもらえるように努める。
それで殺されないよう、情に訴えかけるのだ。
もちろん、この作戦は、まだ村人から川辺の亡霊討伐依頼を頼まれてないことが前提だ。
むざむざ殺されに行く気は、さらさらない。
福兵衛との恋愛を強引に良い方へ結論づける、あの主人公なら、ある程度仲良くなった者を斬り捨てたりはしないだろう……多分。
信じてるぞ、桜華ちゃん!
生存戦略その三。
私と紫白の戦闘力を上げる。
前に紫白は、修行すれば術が使えるようになると言っていた。
なら、それ覚えよう。
決してアニメみたく、炎とか水を出したり、影分身の術がやりたいからとか、そんなことはない。
いや、ちょっとはあるけど、防衛の為だから。本当に。
万が一殺されそうになっても、退けられるくらい強くなるのだ。
そしたら、きっと生存率も上がる。
生存戦略その四。
妖怪に対する悪評を無くす。
どうしたら良いか、具体的にはまだ分からない。
難しいかもしれない。
でも、少なくとも私は、妖怪皆が悪い奴ではない事を知っている。
だいたい、助けてくれた2人はどちらも、妖怪だしね。
少しずつでも私みたいな人が増えれば、紫白も悪い妖怪の親玉なんて呼ばれて、討伐されないだろう。
ゲーム中では、私も妖怪扱いされているとかは、気にしてはいけない。
あと、当然だが、山神信仰の村人には充分注意すること。
私が怨霊扱いされたら、討伐へのカウントダウンが始まってしまう。
こんなものだろうか?
考えがまとまった所で、タイミング良く障子の向こうから声がかかった。
「大丈夫ですか? 食事を持ってきました。食べられます?」
顔を上げると、紫白が障子の隙間から、こちらを心配そうに覗きこんでいる。
手には、食事を乗せたお盆。
「たべる。ありがとう」
そう言うと、お盆が目の前に差し出された。
お盆の上には、梅干しをのせたお粥と一口大に切り分けられた桃、あと湯呑みに入ったお茶がのせられている。
典型的な病人食だったが、久しぶりに見る白米に、私は感動した。
机が無かったので、お盆を畳の上に置き、茶碗を手にとって食べようとして、止められる。
何故止めるのかと、紫白の顔を見上げた。
「熱いので、僕が食べさせて上げます」
ん〜〜?? 今、何て言った?
あーんする、だと。
そんな恋人同士みたいなやりとり、本気でする気なの? 気恥ずかし過ぎるんですが。
「じぶんで、たべれるよ」
嫌々と首を振ると、咎めるように肩を軽く叩かれた。
「舌を火傷したら、大変です。貴方は病人なんですから、これくらいさせて下さい」
紫白は、ふーふーと、お粥ののった匙を冷ましてから、私の口元へと差し出した。
譲る気は無いらしい。
美味しそうなご飯の誘惑と、恥ずかしさを天秤にかけて、私はご飯を選んだ。
早く、食べたかったのだ。
差し出された匙を口に含む。
優しい味が、全身に染み渡った。
次は、切り分けた桃を運ばれる。
桃も瑞々しくで、ジューシーだった。
そして、温かいお茶!
これは流石に、自分で飲ませてもらった。
ちゃんと調理された食事達の、なんと美味しいことか。
美味しさに免じて、恥ずかしさには目を瞑ろう。
彼にとっては、雛鳥に餌を与えるような気持ちなのかもしれないし。
「おいひぃ〜」
私が幸せを噛み締めていると。
紫白も、次の匙を運びながら、顔を緩めた。
「良かった……。貴方が倒れた時は、本当にどうしたらいいのかと。不甲斐ない自分を責めましたが、こうして元気な姿を見れて、ほっとしました。他に、何か僕に出来ることがあれば、何でも仰って下さいね」
「あ、じゃあ、しはく、きつねがたになって。おおきいきつねって、なれる?」
「大きな狐ですか?」
「うん。いつもより、おおきいやつ」
「ええ、成れますよ。ちょっと待って下さいね」
匙を置いた紫白が、パチンと指を鳴らして、白煙が消えるのを待つ事数秒。
現れたのは、普段の倍ほどの大きさの九尾の狐だった。
普段が、大型犬並みなら、今はその倍程度の大きさだと言えば、分かるだろうか?
ビンゴだ。
その姿は、見事にゲームの中の妖狐そのものだった。
憶測が、事実に変わった。
「キューン……?」
私の顔色が悪くなっていたのか、紫白は心配そうにこちらを見つめている。
「だいじょうぶ。なんでも、ないよ」
そうなだめて、もふもふ感も倍増した尻尾に、顔を埋めた。
やっぱり、もふもふは落ち着くなぁ……。
リラックス効果があるよ。
私はしばらく、そうして心を落ち着けた。
******
紫白が、人型に戻りたがったため、もふもふタイムは終了だ。
まあ、満足した。
「すみません、あの姿だと、話せないのがもどかしくて。ご飯も残ってますし。貴方が、あちらの姿を気に入ってるのは分かっているんですが……」
「いいよ。わたしもむりいって、ごめんね。ありがとう。つづき、たべよう」
狐型をしない代わりにと、今の紫白は青年型だが、獣耳と尻尾付きだ。
また、しゅんと、耳が垂れている。
「他は、他には何かして欲しいこと、ないですか? 何なら、甘いものとか取ってきますよ? 福兵衛の戸棚にあったのを見ました」
残りの食事を、私の口へ運びながら紫白が訊いてきた。
いや、それは取るっていうか、盗るだろう。
ダメだよ。
私は代わりに、お願いしようと考えていたことを、紫白に伝えた。
そう、生存戦略その三、戦力強化作戦だ。
「いまは、とくにないよ。でも、げんきになったら、じゅつのしゅぎょうをつけてほしいの。おねがいしてもいい?」
「術ですか? 良い、と言いたいところですが、僕は誰かの師になったことがないので、上手く教えられるかどうか……。因みに、理由を訊いても?」
殺されるから、死なないために……とは、正直に言えなかった。
前世のことは話したが、この世界がゲームの世界だとは、伝えていない。
私がもし、未来を知っていると伝えたら、彼は信じてしまうかもしれない。でも、貴方は近々死にます、なんて話を、本人に教えたいとは思えなかった。
言葉を選びながら、話す。
「えっとね、そう。こわい、ゆめをみて……。わたしとしはくが、ころされちゃうゆめ。だから、しなないために、つよく、なりたいっておもったんだよ」
「そう、でしたか……」
紫白が慰めるように私の背をそっと撫でていると、突然人影が現れた。
「良いのではないか? 今の世の中、己が身を守れるのは、自分自身しかいない。夢が現実になる可能性も、無いわけではあるまい」
気配なく、私達の目の前に座っていたのは、福兵衛だった。
突然の登場に、二人して、悲鳴をあげる。
いつから? いつから居たんだ。
気配も姿も、全くなかったんですけど!?
「おお、すまんな。つい、癖で。で、椿ちゃん。良ければ、妖怪の総大将と呼ばれるこの儂が、直々に術を指南してやるぞ?」
「福兵衛、貴方は、毎回毎回……! 何度驚かせれば気がすむんですか。いい加減にして下さいよ!」
「む。儂は、ぬらりひょんだ。ひょっこり現れるのは、仕方のないことではないか? して、紫白、師事のことだが、儂に任せておけ。お前の師を教えたのも儂だ。教鞭には自信があるぞ!」
「ちょっと、開き直らないで下さいよ。意識すれば、気配の出し入れなんて簡単なことでしょう? わざとやってるの、知ってるんですからね。……師事は、まぁ、貴方に教えてもらうなら良いかも知れませんが……って、違う。話をそらさないで!」
手を戦慄かせながら、怒る紫白と、マイペースな福兵衛の会話の応酬に、私が口を挟む隙はなかった。
暫く、眺めていると、福兵衛から「どうだ、椿ちゃん?」と尋ねられたので、「おねがいします」と伝えておいた。
紫白もありだって、言ってたしね。
そういう紫白は、まだぷりぷりと怒っていたけれども。
とにもかくにも、体調を万全にして、明日からに備えよう。
私は残った食事を自力で完食した後、喧騒をBGMに布団へ入り直した。
ちなみに、食事を作ったのは紫白さんで、食材を選んで材料費を出したのは福兵衛さんです。




