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第一話「山神様の子」


「山神様、山神様。御所望のお子をお捧げ致します。どうか、我ら村々に御加護と恩恵を御恵みください」


 念仏のような祈りの言葉が紡がれる。


 しゃがれた声で必死に祈りを捧げる村人達を無感情に眺めていると、背後からドンっと強く押された。


 途端、水飛沫の中へ落ちて行く。

 冷たい水に身体が包まれる。

 次第に息が出来なくなって、口から泡が漏れた。


 "苦しい"


 川の流れは急だ。

 子供の力で這い上がるのは難しい。

 だけれど、幼女は助けを求めない。

  否、求めることを知らない。

 そういう風に育てられたから。


  "苦しい……"


  遠のく意識の中で幼女が生まれて初めて抱いた気持ちは、生きることへの渇望だった。


 "嫌だ……、死にたくない!"


  そう願った瞬間、目の前がチカチカと強く光った。

  身体が沸騰したように熱い。

  耳元で、知らない女の人の声がした。


 ーーその願い、聞き届けましょうーー


 幼女の意識はそこで途切れた。



******



  はい、どうも。

  私、生きていた頃は、普通の大学生でした。


  特に目標もなければ、夢もない。

  なんとなく都会に憧れて、都会の大学に進学した。けれど、別に何かが変わるわけでもなく。生きるために生きているような、そんな日々を送っていた。

  日々の楽しみといえば、ゲームや漫画、アニメ……所謂、オタクな文化に没頭すること。後、通学路の途中にある神社で、犬を可愛がる事くらいだ。

 動物は良い。もふもふ最高。マジ癒し。

 それに、彼らは裏表が無い。好きなら好き、嫌いなら嫌いと、全身で表してくれる。

 人も、動物と同じくらい素直なら良いのに。

 もしくは乙女ゲームみたいに、選択肢や好感度エフェクトが出ればなぁ……。


 話を戻そう。


 そんなある日、学校から帰ると、普段神社にいる犬が見当たらなくなっていた。いつも夕方になると、鳥居の近くで座っているのだが……。

 心配になった私は、神社の周辺を探すことにした。

 すると、神社の裏手にある川で、犬が溺れているではないか。


  助けなきゃ!


 割と泳ぎが得意だった私は、ノープランで川に突撃したのち、見事犬を救出することに成功。


 ……ここまでは良かった。


 しかし、その日は前日に雨が降っていて、川の流れが少し早かった。

  犬を川岸近くまで連れてきた私は、あろうことか脚が攣ってしまい、そのまま沈み、流されて……。

 まぁ、つまり御陀仏した。

 享年二十歳。

 親の反対を押し切って都会の大学に進学したのに、こんなに若くして亡くなってしまった。親不孝な娘ですまないと、心から思う。


 あ、もちろん、犬は無事に川岸へたどり着いていた。

  着いたのを見てから沈んだから、間違いないと思う。私の意識が遠のくまで、鳴き声がしていたし。

 賢い子だったから、私を助けようと応援を呼んでいたのかもな……。神社で末永く可愛がられてるといいなと思う。


 そうして、私の人生は幕を閉じた。


 閉じた……、と思ったのだが。

 目が覚めると、私は再び水の中にいた。

 あれ?  私、死んだんじゃなかったっけ?

 そう考えながら、とりあえず苦しいので、水面へと這い上がる。

 その際、動かした手足が、なんだかいつもより短いような気がした。


 混乱しながらも、水難防止訓練の知識をフルに活かして、重い着物を脱いだ後、薄い襦袢一枚になり、仰向けでぷかぷかと浮いた。

  服の中に空気を入れているので、安定している。


 落ち着いて考えてみる。

 知らない記憶がいくつかあった。

 手足を持ち上げる。

 小さくて、ぷにぷにだ。


 私は理解した。

 輪廻転生。

 これは、そういう類のものだ。

 私は一回死んで、幼女に生まれ変わったのだと。


 前世に未練も後悔もない。

 いや、嘘です。家族とか犬の事、後、貴重なオタク友達のことは少し気がかりだけど。

 しかし、彼らは私が居なくても普通に暮らして行くことだろう。


 まぁ、いいや。

 死んだんだから、どうにもできない。

 私は、今世はせめて寿命を全うしようと心に決めた。


 どんぶらこ、どんぶらこ。

 私こと幼女は、流れるままに川を流されていた。

 なぜ一人称が幼女かというと、ぶっちゃけこの子の名前が分からない。

 生贄用に育てられたから、山神様の子としか呼ばれた記憶がないのだ。

 物心つく前からすでに監禁生活。ご飯もろくに与えられず、両親も居らず、誰と話すこともない生活だった。

 そんな中育てられたからか、幼女は感情が非常に乏しい。

 ついでに言うなら、私が前世の記憶を取り戻さなければ、話すことも出来ない子だった。


 胸糞悪すぎる。

 こんな幼女になんて酷い仕打ちをするんだ。

 幼女は真綿に包むように、愛でて育てて頂きたい。


 ちなみに、幼女というのは、自分の身体をざっと見た感じの推定だ。

 生まれてこのかた、鏡を見たこともないので、確かな外見年齢は分からない。

 覚えている限りでは、生まれてから片手の指で数えられる程度しか生きた記憶はないが、赤子時代とかその辺思い出せないので、正確じゃないのだ。


 いやー、しかし、前世で水難事故防止研修受けてて良かった。前世では使えなかったけど、今世では大いに役立ったね。

  というか、つくづく川に運がないな。

 だいたい、転生といえば交通事故にあって亡くなるのがセオリーみたいなとこあるのに。


 さて、そうこうするうちに、ようやく川の流れが緩やかなところまで来たようだ。


 川岸の方へゆっくり泳いで行くと、足のつく浅瀬に着いた。

 ん、しょと立ち上がって周りを見渡す。

 辺りは深い森のようだった。


  空はもう日が傾き始めている。

 暗くなって動けなくなる前に、身体が休まる場所へ行きたい。

  小屋とまでは行かなくても、木の穴とかだと有難いね。


  てくてく、てくてく、薄暗い森の中を歩く。

 水を吸った襦袢が、酷く重く感じる。

 どのくらい歩いたのだろうか、木の根が畝る足場は歩きにくく、幼女の体力をじわじわと奪っていく。

 足が重くて、もう歩けないと思った時、ようやく大きな木の穴を見つけた。

 吸い寄せられるようにその中へ入り、ほっと一息ついた。


「あったかい…」


 幼女の身体は相当疲れを溜め込んでいたらしく、徐々に瞼が重くなった。

 その場に横になって、つい前世の癖で枕を探す。

  手にちょうど良い柔らかさの何かが当たった。

  犬の様な少し硬めの毛に、懐かしさを感じる。

 そっと頬を擦り寄せると、それは少し動いた気がした。

  しかし、眠気が勝って、私は意識を手放した。

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