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目覚めた先は森でした  作者: 七星
第一章 目覚めた先は森でした
8/28

8 再会と初対面

 起きたときにはもう夜だった。窓の外から差し込んでいるはずの光がないことに気づいて仰天して、起きた場所がロイの部屋だったことに再び仰天した。

 だって周りが全部ロイの香りで満たされている空間に閉じ込められるなんて、それだけでもう軽くパニックだ。私の体臭が変わったんじゃないかと最初本気で思った。


 仰天のサンドイッチに出会った私は一度深呼吸をして、恐る恐るベッドから降りる。なんで私はここにいるのかという問いは未だ消えないけれど、兎にも角にもロイに会わなくては。

 がちゃりとドアを開けた先に誰かがいてどんっとぶつかった。反射的に顔を上げた先にあったのは、金髪碧眼。


「あれ、かわい子ちゃんじゃん」

「ぎゃあ!」


 可愛さの欠けらも無い声が出た。ものすごい勢いでドアを閉めて彼の横をすり抜け、リビングに突っ込むようにして入る。目の前にぎょっとしたロイが立っていることに心底安心して笑みが零れる。


「ロイ!」

「はっ? ちょ、ぐっ!?」


 勢い余って首を絞める形で抱きついてしまったらしい。ロイから死にそうな声がひり出た。


「わっ、ごめん!」

「げほっ….…え、笑顔で首を締めるなよ。恨みがあるんならせめて睨みながら締めてくれ」

「え!? ないよ!? 恨みないよ!?」


 ものすごい誤解が進行していた。必死に弁解する私の横で、がちゃりと扉の開く音がする。


「ひどいなあもう。僕のことはガン無視?」

「ぎゃあ! 出た!」

「出たって……」


 出た以外の何があるというのか。エマージェンシーとでも叫べばいいのか。

 呆れたような声の持ち主に向かってロイがため息をつき、私を後ろ手に庇うように立つ。


「自業自得だろ、馬鹿の極みかお前は」

「えー、酷くない? ねーねー酷くない?」

「酷くないと思います至極妥当です」

「真顔怖いんだね……」



 突っ立っているだけならただの優男に見えるファルカンは私の言葉を苦笑いで受け流した。顔だけ後ろを向いて、大丈夫だ、と言うロイの言葉を信じて、恐る恐る彼の方を見た私はきょとりとする。


「それ、何ですか?」

「ああ、これ?」


 彼は右目から頬にかけてくっきりと浮かんだ青あざをとんとん、と叩いた。


「いやー、帰ってきたら玄関にロイが立っててさー、何も言わずにこう、がつんと」


 殴る仕草をするファルカン。意外と平気な顔をしているけれど多分相当痛いのだろう。右頬だけ引きつっている。そして予想していなかったけれどロイは結構過激派だった。

 恐る恐る彼を見る。


「な、殴ったの?」

「俺は誰でも彼でも殴るわけじゃねえよ。ただハルがあんな目にあった原因がへらへらしながら女の臭い撒き散らして帰ってきたら、そりゃ殴るだろ」

「………………うん、なんか、ありがとう」


 頭をぺこりと下げた。殴ることにはやっぱりちょっと納得出来ない部分はあるけれど、私だってそんな状況になったら多分魔法を発動させるくらいのことはするだろう。朝っぱらから何をしているんだ、いい大人だろうに。



「うん、それについてはごめんね、ハルちゃん。ロイから聞いたよ」


 あまりに素直に謝ってくるのでちょっと驚いた。目を丸くした私にへらりと笑ってファルカンは言う。


「僕みたいにこう、顔が良いとさ、色んな女の子が来ては去っていくから、今回もあんまり気にしないで放っといちゃったんだよね、ごめん」

 台無しだった。唖然とする。

「色んな女の子……去っていくって……え?」


 ロイを見上げる。彼は決意の表情で頷いた。

 数秒後、ファルカンのすねが思いっきり蹴られる音が家の中に響いた。今度ばかりは自業自得だと思った。痛そうではあったけど。



「悪いなハル、ちょっとこっち来い」


 悶絶しているファルカンは放置されたまま私はロイの部屋に案内された。というか、疑問に思う暇もなく引っ張りこまれた。

 わけが分からなかったけれど、多分ファルカンと私が一人きりにならないようにしてくれたんだと思う。


「なんで俺、あいつと一緒に暮らしてんだろう……」


 さて、それはそれとして、部屋に入るなり頭を抱えたロイがちょっと可哀想になる。きっと今までにも色々と後処理をしてきたに違いないのだ。あの優男と一緒に暮らしている美女みたいな容姿の男。ことある事に立ってほしくないフラグが立ったに違いない。

 ベッドに座って項垂れたロイの肩が異様に小さく見えて、私はそろりと近づいた。やっぱりロイは時々子供みたいだと思う。

 私の母性が刺激されてしまったのか、気がついたら銀糸に包まれた頭を撫でてしまっていた。つい、保育士体験のときの名残が。

 当然、弾かれたように顔を上げたロイと目が合う。



 まあ、気まずいことこの上ないわけで。


「…………なんか、ごめん。これは」


 手を離そうとしたのに逆に勢いよく手首を掴まれた。何故なにゆえに。

 びっくりして動きを止めた私に向かって、ロイが呆けた顔で言葉を打った。


「……それ、定期的に頼む」

「へ!?」


 定期的!? 定期的ってどういう要求!?

 驚きすぎて固まった私の目の前で彼は立ち上がり、ぐっと一回伸びをした。笑顔で私の頭を軽く撫ぜたロイはもういつも通りに戻っていた。


「悪かったな。目え覚めたときびっくりしたろ。ファルカンは……あいつどうしようもない女好きだから、お前の部屋に一人でお前を置いとくわけにはいかなかったんだよ。俺の部屋は俺の結界が張りやすいけど、お前の部屋は元々ファルカンのものだから勝手が違うしな」

「え? どういうこと」

「あいつ女癖酷いし平気で朝帰りするし一週間帰ってこないとかザラなんだよ。こっちは後処理に走り回ることもあるし、この顔だろ? 女に殴り込みに入られることもある」


 全く関係ない話に話題が飛んだのに、私はうわあ、と顔を顰めていた。それは……酷い。あの優男、いっぺん女難の刑にあったらいいのに。


「ただこっちもやられっぱなしは性に合わねえからな。俺は定期的にあいつの部屋をごっそり消す」

「……わーお」


 地味すぎるけど嫌すぎる。魔法をみっちり叩き込まれた私にはどうやるのかも予想がついた。どんな風になるのかも予想がついた。だからあのモデルルーム並の綺麗な部屋だったのだろう。状況的には多分部屋をまるごと燃やしているのと大差ないと思う。

 失礼ながら、二人とも実は精神年齢近いんじゃないかなと思った。


「まあ、あいつの部屋はなんとかなるだろ。部屋一つくらい、この家が勝手に作ってくれるだろうしな」

「え?」


 この世界では家が自身のリフォームをしてくれるのだろうか。なんて便利な家。我が家にも一件欲しい! 今はこの家が私の我が家なわけだけど!


「この家は俺が作ったんだが、どこをどういじくり回したのが原因だったんだろうな……なんか意志持つようになっちまって」

「ファンタジー!」


 意志のある家。わくわくが止まらない。


「ちなみにこの家もファルカンのことが嫌いだから安心しろ。俺がやらなくても定期的にこの家があいつの部屋をごっそり消す」

「……わーお」


 作り主に忠実な家に敬礼。

 くっくと悪人結社の幹部のような笑みを零しつつ、彼は家の壁を愛おしそうに撫でた。顔が綺麗な人がそういう表情すると迫力がすごい。


「お前もあいつの部屋なんか作るの癪だろ。俺が一ヶ月頼み込んでやっとあいつの部屋作ってくれたんだもんな」

 筋金入りのファルカン嫌いだ……! 友達になれそうだ。家だけど。

「だから今回作るのはハルの部屋だ」


 へ?

 きょとんとした私に慈愛に満ちた微笑みが向けられる。あっ待ってそういうのも破壊力すごい。大体何をしても心臓にくるので自重してもらいたくとも限界がある。


「ハルの部屋だよ。それだったらまあ一時間くらいでできんだろ」

「仕事早っ!」


 私の部屋を作る所要時間、一時間。ファルカン、一ヶ月。

 どうしよう、私の感覚だとファルカンのほうが普通だ。私の場合は詐欺だと一発で分かる手抜き工事だ。

 一気に不安になった私に「楽しみにしてろ」とロイが笑う。だから破壊力がすごいんだってば。


「あ」


 そう言えば、と唐突に気がついた。全く関係のない話だけれど聞かないわけにもいかないことが私にはまだ残っている。


「ねえロイ」

「ん?」

「私……なんか変なの?」



 手を握ったり開いたり光に透かしたりしてみる。そんなことをしても意味が無いのは分かっているけれど、だって疑問に思わずにはいられない。

 裏路地で男達が口にした言葉がぐるぐると頭をめぐる。「王族」とか、「化け物」とか。ロイだって私のことを精霊とのハーフだとかなんとか、変なことを言っていた。あれはなんだったんだろう。


「あー、もしかして、俺が怒鳴ったときに言ったこと覚えてないか?」

「…………ごめん、怒られてることしか分からなかった」

「いや、いい。思い出すな、今から説明する」


 ロイは俯いた私の頭をするりと撫でると、どっかりとベッドに座り込んで隣を指さした。私は大人しく指し示されたそこに座る。


「……そうだな、人には魔力量の限界があるって話をまだしてなかったな」

「うん」

「人が一生のうちに使える魔力には限りがある。それはみんな共通だ。でも、大抵の奴らはその限界の半分も出さずに一生を終える。扱いきれねえからだ。それが人の魔力量の差として現れるんだ。俺は────ハルの魔力の量が桁違いなのには気づいてた。異世界人だからってわけじゃねえだろうな。そんな話は聞かねえから。ただ、こっちの世界に来るには一定量の魔力を放出できないと無理だ。お前はたまたま、その魔力量どころか王族並の魔力量を持ってたんだろうな。だからすげえって言っただろ」

「あれそういう意味だったの!?」



 あれだけで読みとれって、結構無理があるんじゃないですかね。というか、誰にも無理だと思う。


「お前、驚かねえのな」

「驚いてるよ!?」


 これのどこが驚いていないように見えるというのか。


「お前が驚いてんのは魔力量に関してじゃねえだろ。お前の魔力は王族並みだって言ってんのに、そこには何も思わねえのか。喜ぶとか」

「え、だって。魔力量って人それぞれなんでしょ? 生まれたときから決まってるものにどうこうなんて思わないよ。そりゃ多いほうがいいんだろうけど……ぶっちゃけあんまり良く分からないし。魔力がなきゃ生きていけないってことじゃないなら、正直どれくらいでもいいかな」



 きっぱりと言い切る。顔が綺麗な人だって苦労しているのだ。魔力が多い人だって苦労しているに決まっている。安易に喜ぶのは何か違う気がするのだ。

 ロイは虚をつかれた表情のまま固まっていた。私は首を傾げる。


「それにロイがあんまり気にしてなさそうだから、大丈夫なのかなって…………あれ、私なんか変なこと言った?」


 いつまでも黙っているロイに首を傾げると、彼は黙って首を横に振った。


「いや、何でもない。ちょっと……新鮮だっただけだ。お前が気にしてねえならそれでいい。まあ王族並みの魔力なんてばれたら身動き取れなくはなるんだろうが、上手く隠れてれば普通に暮らせるだろ。そこはまあ訓練だな」


 私はちょっとほっとした。ロイはそれを悪いことだとは考えていないみたいだった。恐ろしいことだと思っているなら、表情なり仕草なりにそれが出るはずだ。ロイは平然としている。


「つーわけでお前、これから精霊とのハーフってことにしとくぞ。それだったらその馬鹿でかい魔力にも説明つくし、ここは精霊信仰の国だからな。ばれても無闇に王族に突き出されることはねえよ」


 やっと納得した。そこまで瞬時に考えて男達に言ってたんなら頭の回転が早すぎる。ロイすごい。


「ありがとう、ロイ」


 笑顔で返せば一瞬目を丸くしたロイが、ふっと笑ってくしゃりと頭を撫でてきた。じんわりと嬉しさがロイの手から伝わってくる。そうだこれだ。この遠慮がない触れ方が嬉しいのだ。



「あ、そうだロイ」

「ん?」

「未遂に終わったんだけど、ファルカンに頭撫でられそうになりました」


 ロイは笑顔のまま固まった。手が離れて、こき、とどこから鳴ったのかわからない音が響く。


「よし、もう一発いっとくか」

「え? ちょ、待って待って待って!」


 またされそうになったら止めてほしいとかそういう意味合いだったのに、何故か青筋を立てて怒り狂っている。なんで!? 私の言い方が悪かった!? なんで!?


「俺がやらなくてもどうせこの家がやるだろうから俺にやらせろ」

「作り主に忠実すぎるね!? 殴るの嫌だって言ったよね!?」

「安心しろ、美女がおっさんに見える呪いをかけてやるだけだ」

「えっそれならまあ……って待って待って待って! トラウマになっちゃうから!」


 納得しかけたけれど流石にそれは胸が痛い。私にだって良心くらいあるのだ。ちょっと妥当かなとか思っちゃったけど! 思っちゃったけどね!






 結局止められずにロイは部屋を飛び出し、ようやく落ち着いてきたらしいファルカンと取っ組み合いの喧嘩を始めた。魔法で。私は一方的に殴られることが嫌なだけなので、殴り合い──というか魔法の掛け合いならまあ許容できないこともない。男は拳で語り合うものらしいし──いや、この場合拳じゃないんだけれども。

 そんな感じで現実逃避していたとき、ピンポーンとチャイムの音が鳴り響いた。


「あ、はーい」



 家の本来の主に声をかけられる雰囲気でもなかったので、私が出た。

 ぱたぱたと廊下を駆けてドアを開ける。ちょっと扉が重い気がしてなんだろうと首を傾げたけれど、そんな疑問は目の前に立つ人を見た瞬間に吹っ飛んだ。


「あら? どなたかしら?」


 開口一番そんな疑問を投げかけてきたのは美少女だった。この世界では貴重なはずの絹をたっぷり使ったワンピースに、これまた貴重なはずの化粧品をたっぷり使っているだろうその顔。

 どこからどう見てもお貴族様だ。

 冷や汗が吹き出した。なんでこんな辺鄙なところにこんな綺麗な人がいるのだろう。年は私とそう変わらないように見えるけれど、それでも洗練された動きがただの一般人ではないことを告げてくる。


「どうしたのかしら? 黙り込んで」

「あ、いえ……」

「……まあいいわ。ファルカン様はいらっしゃる?」

「えっ、あ……」


 なるほど、ファルカン絡みだったら納得だ。にしてもこんな貴族様にも手を出すなんて、一体どこまで守備範囲を広げているのか分からない。


「今、取り込み中でして……」


 まさかこの家の主人と魔法で喧嘩中ですなどとは言えない。曖昧に笑って誤魔化していると、訝しげな顔をされた。



「ふーん……? ねえあなた」

「はい?」

 彼女は実に自然に、天気の話でもするかのように空を見上げてこう問いかけた。

「あなたも、転生者?」

「えっ…….」

「この場合、召喚者かしら? 召喚されたほうではあるけれど」


 息が詰まる。はくりと飲み込んだ空気が泡となって気管を通り過ぎるのを感じた。

 バレた? 誰から? どこまで伝わってる?

 一気に疑問が頭の中を駆け巡る。そもそも嘘が苦手な私はどうすればいいのか分からないままに困惑顔を作るので精一杯だ。


「私の名前はフロリアと言うのだけれど……元の世界では普通の庶民だったわ。それが何故かこんな世界に呼び出されて……多分ここは『精霊王の愛し子』の世界だと思うのだけれど……私あれ、まだ最後まで攻略していなかったのよね……隠しキャラがここらへんにいるとは思うけれど……」


 私は嘘が苦手だ。学校の成績もそれほどいいとは言えない。けれど、人の会話から状況を読み取るのだけは得意だった。本が大好きだったから。

 彼女──フロリアは考え込むと周りが見えなくなるタイプらしく、後半部分からぶつぶつと私には目もくれずに呟いている。

 喜ぶべきか肩を落とすべきか、ここはやはり乙女ゲームの中の世界だったようだ。


 そう言えば、最近発売された乙女ゲームの名前がそんな感じだったように思う。魔法のある世界に召喚された主人公が精霊王の愛し子だと言われていて、王城の中にいる攻略対象たちと恋をする……みたいな、そんな内容だった気がする。

 なるほど、発売直後のゲームだったために攻略も十分に出回っておらず、攻略しきれてないうちにこの世界に飛ばされてきてしまったらしい。



「全く、まだ召喚されて全然日もたっていないのにいきなり貴族の養子になんてされて、息が詰まるったら……あなたも知っているでしょう? 最近召喚された『愛し子』がいるって話くらいは」


 全く聞いたこともなかったけれど、空気をぶち壊すつもりもないので曖昧に頷く。どうやら召喚されたという話は庶民にも伝わるものらしい。

 はあと息を吐く彼女は滅入っているようではあったが、そこには確かな優越感も含まれていた。とてもこの世界に来て日が浅いとは思えないような完成された貴族の雰囲気を漂わせられるのだから、要領が凄くいい人なのだろう。零している文句もどちらかと言うと嬉しい悲鳴と言った感じだ。


「……まあ、どうやらあなたは違うみたいだし、そんな話は関係ないわね。ていうか、ゲームの中にあなたみたいな人いたかしら?」

「げーむ、ですか?」


 なるべく舌っ足らずな声で返す。困惑顔で笑え。馬鹿の振りをしろ。ここの世界に昔からいる人のように、ただの住民の一人になれるように。

 大丈夫だ。悲しいことに、馬鹿の振りなら難しくない。少なくとも賢い人の振りよりは何倍も簡単なのだから。


 呆れ返った目で見て、彼女は手を振った。


「ああもういいわ。あなたと話してても意味なかったみたいね。それはそれで好都合よ……あら」


 彼女の視線が私を通り過ぎて後方に向かう。視線を追うとそこにいたのはきらきらしい笑顔のファルカンだった。途端にフロリアは花がほころぶような笑顔になって、私はぎょっとしそうになった。私を見ていたあの獲物を狙う獅子のような視線はいずこへ……女性が恐ろしいのはどの世界でも共通なのか。


「おや、フロリア嬢。こんな所まで御足労いただいてすみません」

「あら、いいのですわ。移動魔法で飛ばしてもらえば一瞬ですもの。ファルカン様こそなんだか面白い化粧をしていらっしゃるのね」

「色男は大変なんですよ」

「お上手ですこと」


 軽口を叩きあいながら彼らは実に自然に去っていった。私はぽかんと見送る。ファルカンは何者なのだろう。王城に召喚された「愛し子」だという少女と仲がいいなんて。これ以上考えたら駄目なやつかな。



 いや、多分これは偶然ではないのだろう。ここまで来るとファルカンも攻略対象のはずだ。

 と、いうことは、もしかして彼女はこれからもこの家に来るのではないだろうか。


「うわあ……」

「どうしたハル」

「うわあ!?」


 同じ悲鳴が違うトーンで吐き出された。ぱっと後ろを振り向くとロイが立っている。苦々しげにファルカンの去っていった方向を見つめていた。


「あいつ、今度はどんな女引っ掛けてきたんだ」

「あ、えっと……なんか、王城に召喚された女の子だって」

「はあ!? また面倒な身分のやつを……! 何やってんだよ、あいつ守備範囲広すぎだろ! いつか後ろから刺されても知らねえぞ……つーかいっぺん刺されろ」


 それには深く同意だった。

 全く、とぶつぶつ呟きながら家の奥に引っ込んだロイに苦笑しながら、私も家に入って扉を閉める。開けたときとは裏腹にすんなり閉まった扉を見て、もしかして、と首をかしげた。



「あなた、私に忠告してくれたの?」


 何も無い扉に話しかけると、そこにすうっとにっこりマークが浮かんできた。私は目を丸くする。


「そっか……ありがとう。あの子が来たら、またお願いね」


 するりと壁を撫でるとただの丸が現れた。オッケーってことだと思う。多分。



 私は奥の部屋へと進む。頭の中を整理しなければならない。私は私の頭と記憶しか頼れない。ロイを頼っても、あの少女は私の世界から来た人なのだから、結局は私の感覚が頼りになることもあると思うのだ。


「なあ、ハル」

 奥からひょいっと顔を出したロイにぎくりとする。


「な、何?」

「お前の部屋出来たぞ。着いてこい」

「え!?」


 仕事が早すぎる。


「いや、お前のことを案外この家が気に入ったみたいでな」


 そんな好み云々でこんなに早く出来るものなのか。すごい。確かに、思い返せばこの家に入るとき心做しか少し大きく見えたような気がする。


「こっちだ」


 さっきまでは存在しなかったはずの二階に通されてますます仰天する。思わずきょろきょろと周りを見回していた。私の部屋なんて隅の隅で良かったのに、何故二階まで作ったのか……甚だ疑問だ。嬉しいけれど。


「はい、この部屋な」


 いつの間にか着いていたらしい。がちゃりと開け放たれた部屋の中が好みすぎて驚愕した。モデルルームのようなあの綺麗さはそこに無く、私の好みのモチーフがふんだんに使われた家具が置いてある。



「え、何これ」

「お前の趣味をこの家が再現した。お前の独り言とか、そういうところからだろ、多分」



 え、すごい恥ずかしくない? それ。

 当たり前かのようにさらりと語られて硬直する。

 そうだ。家が意思を持つということは、自分の独り言やら仕草や癖も全て聞かれ見られているということだ。うわ、考えるとすごい恥ずかしい。なにその羞恥プレイ。


 無言で悶える私の視界の端にあの籠が見えた。ああ、持ってきてくれたのか。そういえば私がさっきまで使っていた部屋にあったはずのものがちらほらと見える。


「足りないものがあったら俺にでも家にでも言ってくれ。まあ家に言ったほうが早いだろうけどな」


 ぼんやりと新しい部屋を見つめ、話半分でロイの言葉を聞きながら頷く。

 するとぼんやりしていることに気がついたのか、耳元で囁かれるような声がした。


「よく聞けよ、明日から魔法の指導を制御の訓練に変えるからな。ハルの魔力は想像してるよりずっと多い。ある程度制御できるようになるまで、街には降りるなよ」

「あ、分かっ……え!?」

「ん? なんかあんのか?」


 振り向きかけて顔が近いことにぎょっとし、慌てて首を振った。髪の毛がロイの顔に当たりそうになって彼が飛びすさる。


「……どうした」

「申し訳ないです」

 自分のことながら忙しなさすぎる。

「いやその……そんなに、多いんだと思って、びっくりして」

「めっちゃ多いぞ、覚悟しとけよ」


 にやりと笑って部屋の外に消えていったロイを、呆然としながら見つめた。嘘ではない。街に降りてはいけないほどの魔力量なのかとびっくりしたことは嘘じゃない。

 けれど、それ以上に衝撃なのは。



「仕事、どうしよう……」



 雑貨は作っただけでは駄目なのに。届けなければならないのに。きっとロイがそれを許さない。ロイが心配しているのは私が街に降りることではなくて街に降りて人に会ってしまうことなのだと思う。

 ここは王都だし、だとしたら貴族が訪れる場所もあるはずだ。私の魔力量が貴族に知られたら大事おおごとなのはいくらなんでもわかる。


「なんとか、しないと……」


 ぶっちゃけロイの目を欺ける自信は全然ないのだけれど、どうにかしなければどうにもならない。

 よし、と意気込む。とりあえず、朝ごはん食べてから考えよう。もう夜だけど。





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