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目覚めた先は森でした  作者: 七星
第一章 目覚めた先は森でした
4/28

4 森と空と知らない景色


 次の日、ロイは私を森へ連れていった。魔力を初めて使った翌日は体を休めるのが普通なのだとか。まあ連れていったも何も、この家自体周りが全て森なので家から一歩出ただけで森に入ったことになるのだけれど、まあそれはどうでもいい。

 今気にしなきゃいけないことは他にある。



「あそこに成ってる実がレミユ。甘いけど食べすぎると舌が黄色く染まるから気をつけろよ」

「あの」

「ああ、あの実は取るなよ。神経性の毒が入ってる。たまに食べて死んでる鳥とかいるから、その場合は教えてくれ」

「ちょっと、ねえ」

「もう少し先に泉があるけど、そこになんか落とすと二倍三倍になって帰ってくるからどうしても急用で必要なのに足りない消耗品とかは落とせよ」

「そんな便利な池を消耗品作成に使うの!? ってそうじゃなくて! 聞いて!?」


 無視をされているのかと思いきやきょとんとした顔で見つめられた。その目の深い藍色と銀色の髪のコントラストに気圧されつつ、私は冷静沈着に自分の座っている場所を指し示す。

 すうっと息を吸った。


「これなんですか!?」


 全然毅然と出来てなかった。むしろ狼狽しまくりだった。

 そしておかしいな、美形様の顔が「きょとん」から戻らない。


「野生のユニコーンだが、それがどうした? あと敬語使ったら抱きつくって言っただろ」

「私の知ってるユニコーンだとしたらロイは女の人ってことになっちゃうし、私はもう抱きつかれてる!」


 というか馬に二人で乗っていて私が前にいるのだから、抱きつかれていないと落馬してしまう。その手を離したら一生恨む用意は出来ている。





 ロイは朝が苦手だし私は料理ができるから、朝起きてご飯の準備をするのは私の役目になった。なのに早速早起きしたら、何故か徹夜したらしいロイに遭遇して悲鳴をあげたのはつい一時間ほど前だ。

 この人自分の体を酷使するのに躊躇がなさすぎて怖い。その美麗な顔にクマを作ってまで徹夜しないでほしい。泣くよ、私が。


 それから何故か外へ連れ出され、ちょっと待ってろと言われて待つこと五分、角の生えた白馬に乗ってきたロイを見て気絶しかけた。

 なぜユニコーンに男が乗れるのか。あと野生のユニコーンって何!?


 しかし考える暇もなくロイの前に座らされ、瞬く間に出発したので何も言えなかった。手際が良すぎやしませんか。


「なんでユニコーンと俺の性別に関係があるんだ?」

「ないの!?」

「ないだろう、普通」


 それを言ったら普通の馬に角は生えない。というか野生の馬じゃ駄目だったんだろうか。

 処女しか乗れないというか手なずけることもできない、現代にいたら絶対にやばい趣味をお持ちなはずのユニコーン。どうやらこの世界では男も乗れるらしい。


「あんまり騒ぐとこいつが落ち着かなくなるから静かにしてろ」

「うっ……そもそもどうやって手なずけたの? 野生のユニコーンなんて」

「一定量の魔力があれば大体すんなり言うことは聞く」

「……ちなみになかったら?」

「蹴り殺される」

「怖い!」


 アップダウンが激しすぎるこの世界! 平凡に暮らさせてください!

 魔力格差がこんなところにまで及んでいるなんて恐ろしすぎる。多少なりとも魔力があって良かったと心の底から思った。


「ハルは魔力そこそこあるから大丈夫だ。むしろちょっと多いから、抑制する指導もしたほうがいいな」

「へえ、そうなんだ。よろしくお願いします、ロイ先生」

「敬語。あと俺はロイだ」

「えー今のは違うでしょ…………って重い! 重い重い重い! 全体重のっけないで!? 待って今のは違うでしょ茶目っ気ってやつでしょ!?」

「抱きつくって言っただろ」

「これは潰してるって言うんですけど!?」



 ノリで行けるかなと思ったら行けなかった。もう抱きついてるしこれ以上は密着できないだろう、ふふん、とか思った私が馬鹿でした。ぐいんと乗っかられるだけじゃなく顎を頭の上に乗せられてしまった私はじたばたともがくしかない。降参!

 結局ユニコーンにいななかれてやっと離してもらえたけど、ロイは敬語恐怖症か何かなの? もうちょっと乙女の背骨を労わって?

 




 しばらくぽくぽくと(馬が)歩いて、私は色々な植物を目にした。なんというか、調合大好きな薬剤師さんがいたら案内してあげたいなあという雰囲気の森だった。

 つまりは毒も薬もなんでもござれ、という感じ。珍しくてきょろきょろしていたら、ロイが色々と説明をしてくれた。


「ねえねえ、あれは? あの、木から生えてる……草? え、植物オン植物?」

「あれは火傷によく効く薬草だ。あっちは傷と化膿止めだな。似てるけどよく見たら火傷のほうは先が三角形になってる。あの木はものすごい量の養分を溜め込むからな。たまに植物が寄生するんだよ」

「植物が植物に寄生するんだ……? じゃああっちのものすごいビビッドカラーは?」

「びびっと……? ……ああ、あれは毒だ。間違っても食うなよ。食べた瞬間体の中の魔力が調整出来なくなって全身から血が吹き出す」

「怖っ! そんな最大級に恐ろしい毒がなんでこんな牧歌的風景の中に!?」

「よくあるぞ?」


 もはや基準がサバイバル。

 駄目だこの人、この森に住んでどれくらいになるのか知らないけれど染まりすぎている。普通はユニコーンを手なずけようなんて思わないし食べたら全身から血が吹き出すような毒草を野放しにはしない。私だったら全部引っこ抜く。

 暗記は結構苦手なんだけど、毒だけはせめて覚えようと心に決めた。薬になるものは覚えられなくても毒だけは頭に叩きこもう。木苺だと思って食べたら昏倒するとか普通にありそうだ。



 目を皿のようにして毒物だけを覚える私にロイがさらりと尋ねてきた。何やら心配そうな目で。


「誰か嫌いなやつでもいるのか?」

「…………え、いないよ?」

「遠慮するな。誰だ?」

「いやいないからね!?」


 心外すぎる。


「本当にいないのか? この前見つけた毒草とか多分良いんじゃねえかと思うんだが。最初は高揚感に包まれるが後でどうしようもないくらいの絶望感に襲われるやつ」

「それ麻薬!」


 ロイが私を麻薬の売人にしようとしている。この世界には麻薬がないのか、そもそもロイが知らないだけなのか彼は首を傾げていた。え、麻薬知らないの? というかその毒草食べたの?


 どうやって効能(?)を知ったのか謎だけれど、先人は知らぬが仏という素晴らしい言葉を残しておいてくれた。考えるのやめよう。



「着いたぞ」


 唐突に、ロイが馬を止めた。

 地面ばかり見ていた私はその言葉にふっと顔を上げて────息が、止まったかと思った。


 視界いっぱいに広がっていたのは高いアングルから見下ろす街の風景だった。街、だと思う。私の知っている、無機質な機械みたいな高層ビルなんて一つもなくて、協会みたいな美しい建物だらけだ。

 京都の街並みに似ている気がする。碁盤の目状ってやつだ。でもところどころに丸い形の広場があって、噴水があるところが違う。昼間なのに噴水の色は透き通った色硝子みたいな色を吹き出していて、一つとして同じ色の噴水はなかった。

 そして極めつけに、街の向こうにでん、と構える白城が見える。シンデレラ城なんて目じゃないくらいの大きさだ。街一個分くらいあるんじゃなかろうか。

 天使がいる箱庭だと言われたら、多分すんなり信じていた。




「王都のルルシュミーラだ」

「王都……」

 じゃああの城はきっと王城なんだろう。権威と支配を象徴したような鋭く尖った城の上端が少し怖い。

「厳密にはこの森は王都じゃないが、別にここから街に出ても大丈夫だろ。ハルはまだ駄目だけど」

「え、駄目なの?」

「魔法が人並みに使えるようになってからだな」

「そっか」


 ちょっと寂しいけれど、まあ仕方ないかと諦めた。私だって急に異世界人が家に来たらとりあえず常識を叩き込んでからじゃないと外には出せない。


「この森は『黒の森』と呼ばれていて人はあまり来ない。森の奥には魔物がいるからな」

「魔物? 危ないの?」

「人間の縄張りと自分たちの縄張りを理解してるからな、そうでもない。ただたまに人里に降りようとするのも出てくるから、そういう場合は俺が対処してる」

「へえ、すごいんだね」


 何気なく言った瞬間、さああ、と風が吹く。

 木の匂いが混じったそれが通り過ぎても、ロイは何も言わなかった。

 

「? ……ロイ?」

「…………そんなこと、ねえよ」


 それは、ロイが人里に降りようとする魔物の対処をしていることについて、だろうか。

 ぽつりと吐き出された言葉は私の苦手な色を帯びていた。クラスの友達が別の友達を心からけなしているような、そんな、厭悪のこもった声だ。

 不思議だった。ロイは私に苛ついているんじゃなくて自分に苛ついているんだと思えたから。魔物の対処をする自分が嫌いなんだと、声だけで分かってしまったから。


 後ろを振り向くと、案の定ほとんど表情のない顔と視線が交錯した。ロイは自分のことが嫌いになったときこんな表情をするんだなと一つ学んだ。


「ロイは魔物が好きなんだね」

「……は?」

「好きなんじゃないの? だから、魔物が人里に降りないように、閉じ込めるみたいなやり方をしてるのが嫌なんじゃないの?」


 ロイの目がはっきりと見開かれた。違うんだろうか、見当違いのことを言っただろうか。変化球として魔物が大嫌いという可能性もあるけれど、何故かそんなふうには思えなかった。

 ロイがふっと微笑んだ。お兄さんと呼ぶのに相応しい、柔和な笑みだ。でもどことなく歪な気がして、私は真顔で彼を見つめ返した。



「……そんなんじゃねえよ。俺は、魔物なんて好きじゃない」



 嘘は、見えない。

 心から嫌いなわけではないんだろう。けれど好きでもない、とでも言いたげだ。それとも言い聞かせているのかもしれない。誰かといえば、ロイ自身に。

 だって私の頭を撫でる手が嘘のように優しいし、たまに頭の数センチ上をふよふよと手だけが漂っているのだ。完全に上の空なのは分かる。


「そっか」

「……ああ」

「じゃあ、好きになれるといいねえ」


 ロイは一瞬更に藍色の目を見張って、途方に暮れたように私を見た。どう見ても私より背も高くて力もあってできることの幅も広いはずなのに、独りぼっちの子供みたいだ。

 だから私は言葉を選んだ。選んで選んで、一番届きやすい言葉を厳選した。

 ロイが魔物を嫌っているとは思えなかった。普通は嫌いな人に対して悼むような顔はしない。


「好きじゃなくても仲良くはなれるよ。私だってこの子苦手だなーって思う子が転校してきたときもそれなりに付き合ってたし、そこで好きになれそうになったら好きになれたし、無理だったらすっぱり諦めた。好きになる形って色々だよ。誰かと関わるってそういうことだよ」


 私の拙い説明じゃ伝わらないかもしれない。それでも目の前の幼い子供をなんとかしてやりたかった。

 子供の視野って広いときはすごく広いけど突拍子もないところで狭まるものだ。狭いせいで自分の存在を閉じ込めてしまうことだってある。


 彼はきっと私より年上だけど、今は私のほうが教える番なのだという気がしていた。



 ロイは何も言わないまま両の藍の目だけを揺らがせていたけれど、ユニコーンがゆるりと首を動かしたのと同時にはっとしたように目を瞬いて、苦笑気味に笑った。


「なんで俺が励まされてるんだよ。世話ねえな」

「たまには励まされてみるのもいい経験だと思います」

「なんか格好悪いだろ。変だし」

「別に励まされるのは格好悪くないし変じゃないし、ロイは普段人外レベルで格好いいからちょっとくらい格好悪いほうが丁度いいと思います!」


 励まされるのが格好悪いなんて聞き捨てならない。私は社交辞令ですら本気に取る女だ。自己評価は高く、謂れのない非難には耳なし芳一で望みたいと思います。謂れのある非難はそれ相応に落ち込む。


 何の話だっけ。


 頭の中が迷路に陥ったところでロイがきょとんとしてからおかしそうに笑い、私の頭をぽんと撫でた。


「元気だな」

「それが取得です」

「続けてくれ。あと全然敬語直らねえからお仕置きな」

「ん!?」


 声を上げた瞬間、何故か私の腰に手が回されてがっちり固定される。


「え?」

「よっと」

「へ!?」


 ぐらりとそのまま横向きに体を倒すロイ。当然そんなことをすればバランスなど取れるはずもなく、私はひゅっと喉を鳴らした。

 駄目だロイがおかしくなった落ちる! と思ってぎゅっと目をつぶった瞬間、ユニコーンがぐるりとその場を回り出した。



 これも物理法則か何かだった気がするけれど、ロイは私を掴んだまま馬の上で斜め四十五度に体を保っている。できれば適切なバランスを保っていただきたかった。



「なにこれなにこれなにすんの!?」

「飛ぶ」

「と!?」



 どういうこっちゃ、と思った瞬間私の足がふわりと浮いた。ぎょっとして慌ててお腹に回された手にしがみつく。多分風魔法の一種だと思うけれど、昨日やったものとはまるで違う。

 体が浮いているのだ。ロイに触れられてはいるものの、人間の体が浮いているのだ。驚くどころじゃない。



 ユニコーンで遠心力をつけたのは助走をつけたみたいなものなんだろう。そこまでは分かった。それ以上は考える余裕もなかった。シートベルトも安全バーもない、頼りに出来るのはロイの細腕二本だけだ。

 離したら一生恨む。離されたら私の一生が終わってしまうわけだけど。


「無理無理無理無理! なにこれお仕置きの難易度上がってませ……上がってるよね!?」

「学習したみたいだな。これから俺に敬語を使った場合こうなるということを覚悟しておけ」

「テンプレ悪役!」


 魔王とかやっていけそう。高笑いとか……あ、すごいしっくりくる。駄目だすごいぴったりハマる!

 攻略対象候補から一転、悪役エンドが目に浮かんでしまう。悪役に美人を据えると映えるしなあとか考えているのはもちろん現実逃避だ。


「見ろ」


 両腕で抱えられていたのに片方の手が無理やり私の顔を上げてきたので、支えが乏しくなる。電光石火の勢いで顔を上げた私は顎を掴んでいた手をガッと掴み返して定位置に戻した。


「……悪い」

「……分かっていただけてなにより」


 なんでもするから離さないでほしいし支えを増やしてほしいし離さないでほしい。

 どうしようもないくらいの心臓の高鳴りに気づいてくれたのかどうか知らないが、やりすぎたことには気づいてくれて何よりだ。



「……っ!」

 

 

 気を取り直して顔を上げた先には空から見る王都が広がっていた。爽やかな風が吹き抜けていく中、ロイは上手くその場に留まっている。

 水平に見るのと垂直に見るのでは外観が全く違うのだと、私は恐ろしさも忘れて見入った。


 まるで街一つが一つの芸術品だ。小さい頃、宝物だよと言われて珊瑚礁と色硝子の詰まった箱を見せてもらったことがある。あんな感じ……いや、本当はもっとすごいのだけど、喩えとして引っ張り出せる記憶がこれくらいしかない。私の想像力が貧困なだけじゃなくて、見たことがなさすぎるのだ。

 別世界だ。いや正しく別世界なのだけど、そういうことじゃない。外国にもこんな景色はあるのかもしれないのに、外国みたいだとは思えないくらい、現実にあると思えないような風景だ。


 私の中を通り抜けていく風に紛れて甘い匂いがする。結構離れているはずの街から漂うそれは蜂蜜を思わせた。

 風が、喜んでいる。



 太陽が高く登っているからか柔らかな光が降りそそいでいるルルシュミーラは全く知らない世界なのに、泣いてしまいそうなほど綺麗だった。

 私の胸を内側から叩いている何かがいるんじゃないかと本気で思う。同時に、私はこの世界で独りぼっちなのだと思うとわけもなく悲しくなって恐ろしくなって、暖かな日差しが嬉しくて、もうぐちゃぐちゃだ。

 じわりと胸からせりあがってきたものが熱となって目に滲んだ。


「綺麗だろ」

「……うん」

「でも、寂しいだろ」

「……っ、うん」

「それでも、ここがお前の暮らす世界だ。少なくとも俺が帰る方法を探し出すまでは」

「分かっ、てる」

「……お前は、強いな」


 へ、と後ろを振り向いたら、はずみなのか風のせいか、ぽろっと一粒涙が落ちた。慌てて誤魔化し笑いをしてそれを拭いさると、ロイがぐっと腕に力をこめる。


「……でも、泣きたいときには、泣いとけよ」

「…………っ」


 反則だ。私の理性がせき止めてくれていたものが溢れてしまうじゃないか。

 堪えきれなくて顔を俯かせる。私の理性を振り切って熱が外へと出ていきたがった。

 人生で一番綺麗だと思う景色を下に、変わらず綺麗な青空を上に。

 排気ガスなど微塵もない、透き通った光に色づいた空気の中で、その日、私はちょっとだけ泣いた。

 

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