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目覚めた先は森でした  作者: 七星
第一章 目覚めた先は森でした
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3 寝坊と懺悔と魔法指南


 次の日、私は普通に起きて庭に行った。朝日が眩しい。部屋の時計を見るにおそらく朝の七時くらいだと思うのだけど、一応後で読み方を教えてもらわなくてはならないだろう。


 ロイはまだ来ていなかった。早く来すぎただろうかとそのまま待った。なんと待つこと二時間、カップ麺四十個分待った。



「いや遅くない!?」



 気づくのも遅すぎた。これは完全に寝過ごしているに違いない。教えると言っておいて熟睡なんていい度胸しているじゃないかと意気込んでロイの部屋へと行く。



 ココココココン! というノックの連打をしたあとにすうっと息を吸い込む。



「朝で……! ……違った。朝だよーー!! 起きてーーーー!! 魔法教えてーーー!」



 早速敬語云々を忘れそうになってなんとか言い換え、ものすごい勢いで扉を連打するけれども気配もない。そのまま起こし続けること五分。彼は全く起きてこなかった。


「ちょっと、ロイ!?」


 怒りが立ってドアノブを回すと、抵抗なく扉は開いてしまった。え、と声がもれる。鍵くらいかけておいてあるものだとばかり。


「ロ、ロイー?」


 開いてしまったものは仕方が無いので彼の部屋にそろりと足を踏み入れると、そこは薄暗い空間だったが、部屋の中央にぼんやりと光る球体が浮いていた。うわ、と声が出る。



「……これも魔法、だよね?」



 完全に浮いている球体に目を奪われつつもベッドに向かう。よく考えたら凄いことをしてるのじゃないかと思ってしまいながらも彼の肩を揺さぶった。


「ロイー、起ーきーてー!」


 男の人の体はやっぱり重い。揺さぶるのが精一杯だ。女みたいな顔しててもきちんと男なんだなあと思いつつ揺らし続けていると、呻くような声と共に眉間に皺がよった。

 お、と思った瞬間目が開かれる。藍の瞳は寝起きのせいなのかうまく光が宿っておらず、私をぼんやりと捉えた。ほっと安堵の息をつく。


「ロイ、起き────わ、あ!?」



 急に腕をぐいと引かれた。


 一瞬でぐるんと世界が反転し、ロイと私は上下が逆になる。衝撃に体は固くしたが目はばっちり開いていたので、何が起きたのかはきちんと理解していた。


 つまりはあれだ、押し倒すというやつである。


 そしてここまで冷静に解説をしてきた私だけれども頭は混乱の極みにいるのだ。だって昨日今日で私の恋愛指数が上昇しすぎてるとは思いませんか。一生分のときめきが一気に襲ってきている気がする。飽和状態どころか蒸発中だ。



 けれどそこではたと気づいた。ロイの手が、震えている。

 暗い部屋だから目を凝らさなくてはならなかったけれど、彼の顔は盛大にこわばっていて、甘い雰囲気なんて微塵も感じられなかった。

 彼はベッド脇にあるチェストに手を伸ばし、その引き出しに手をかけようとしている。その間もずっと彼の片手は私の両手首を押さえつけていて、ちょっと痛い。いやかなり痛い。寝起きだから加減が出来ていないのかもしれない。


 けれど私は声を上げることもなくロイの顔をじっと見ていた。私より痛そうな顔をして、震える手で助けを求めるようにチェストに手を伸ばしている。でも私の顔から視線を外さないから手は虚しく空を切っていた。

 どうしたのだろう。どうしてこんなに痛そうなのだろう。

 けれど、私もそろそろ限界だ。


「……ロイ、ロイ!」


 声の限りに叫んだ刹那、はっと彼の目が見開かれる。


「……ハル?」

「うんハルだよ、離してもらえると嬉しい!」


 やけくそみたいに叫ぶとロイがさらにはっとした顔になって手を離す。私はゆっくり体を起こした。腕を見ると薄暗いけれど赤くなっているのは分かった。力強いんだね、ロイ。多分跡は残らないだろうけれど。


「……悪い、寝ぼけた。あと敬語じゃなかったから気づくのが遅れた」


 なにおう、自分で言ったくせに、と言いかけて口を噤んだ。彼は白い顔で私の手を見つめていた。

 自分の手を伸ばして恐る恐るといった調子で私の手首を掴みながらロイが手のひらをかざす。光が柔らかく私の痕を覆って、春風みたいな暖かさが顔を吹き抜ける。



 目をやると、手首から痕が消えていた。



「痛くないか? 大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 ぐっぱっと手を握ったり開いたりする。ついでにぐるぐると手首を回してみる。うん、痛くない。

 にこっと笑うとやっとロイの顔から力が抜けた。


「良かった……」

「……言っとくけど私そんな脆くないよ?」

「……分かってる。ただ俺は寝ぼけて木製の手すりを破壊したことがあるんだよ」


 怖っ!


 思わず一瞬絶句してしまった私だけれど、すぐ笑えた。大丈夫だ、こういうのには慣れてる。

 元の世界で保育園に保育士体験をしに行ったときの気分だ。昨日の頼れる様子はどこに行ったんだろうか、今から幼稚園児と同じ扱いをされるとは思うまい。



「折れてないよ」


 手首を指し示す。真っ白なそれは自分のものじゃないんじゃないかってくらい綺麗に治っている。


「折れてないから今回のは問題じゃないし……折れたくらいじゃ人は死なないし、折れても多分ロイなら治せるんじゃないかなって今見て思ったから、大丈夫」


 いくらなんでも常時そんな怪力なわけないから、何か理由があるんだろう。私はそれを聞かずに魔法教えて魔法教えてと詰め寄った。


「教えてもらったらさっきみたいなことも自分でできるよ! 教えて!」


 泣きそうな子供に必要なのは安心感だ。安心感は断定から生まれる。私はそれを知っている。

 彼は私を長いこと見つめ────ぽんっと私の頭を撫でると、そっぽを向いてベッドから降りた。


「庭に行ってろ」


 幾分か柔らかくなった声に頷いて、私は部屋を出る。


「二度寝は駄目だからね!」

「しねえよ」

 苦笑する雰囲気を感じる。多分、もう大丈夫だ。

 私は廊下を駆け抜けた。






 ぱたぱたと軽い音が消えていった先を見つめて、俺はベッドに突っ伏した。かたかたと震える手を毛布に押し付ける。

「……」

 怖かっただろうに、痛かっただろうに、笑顔で去っていった少女の顔が目に浮かんだ。



 脳裏に蘇るのは、俺が手にかけた名もない者達だ。伝わらない言語で叫びながら、命をすり減らし襲いかかってくる憐れないきもの。


 そんなことも少なくなった今ですら、朝になると彼らの咆哮が耳にこびりついて離れない。朝に隣に誰かがいると瞬間的に正常な判断が出せなくなる。

 忘れていた。│あいつ(・・・)以外にこの家に誰かがいることなどなかったから、忘れていた。

 全ての言い訳を詰め込んだため息を一つ吐いて、俺はしばらく取り留めもない懺悔を心の中で繰り返していた。






 庭でストレッチをしていた途中、丁度いい感じに足を捻った直後にロイがやってきた。呆れた顔をしながら足を治してくれた。ありがとう。

 まさか怪我をしないためのストレッチで怪我をするだなんて、どれほど私は運動神経の神に見放されているのか。


「……じゃあまず魔法の種類についてだが」


 全てをスルーして授業を始めてくれて嬉しい。足も治してくれたし。いい人だ。



 すっかりとは言わないまでもそこそこ通常運転に戻ったらしいロイは空中に手のひらを上にした状態で腕を固定していた。私はそれをじいっと見つめる。


「四代魔法が主だな。火、水、土、風」


 言いながら手のひらに炎やら水の塊やら土の彫刻やらミニ竜巻やらを出現させられて私は目を輝かせた。おおお、と声が漏れる。高校生の私だけど四大元素くらいは知っている。それを元にしたものなのだろう。


「人によって得意不得意が違うからな……とりあえずお前の適性を見るか」

「適性?」

「どの魔法が得意なのかだよ」


 なるほど、と頷いて手のひらをばっと空中に突き出す。それじゃあ早速。


「えっと……炎!」


 しん、とその場が静まり返る。あれ? 煙一つ出ないんだけど?

 ぱちりとロイがひとつ瞬いた。


「言っとくけど、願っただけじゃ魔法は発動しねーぞ」

「えっそうなの!?」

「そんなんでぽんぽん発動してたらキリねえだろ。あと初心者は水魔法からな」


 火は危ない。万国共通だ。火事になったら逃げること。

 そりゃそうだと頷く。


「で、どうやるの?」

「あー、感覚的なんだよなこれ……繋げるか」


 繋げる? と首を捻った私の左手ががしっといささか乱暴に掴まれた。じんわりと伝わる暖かさとごわごわした感触が男の人だという事実を告げてくる。待って、免疫ついてない。

 意識が完全に左手に集中してしまった私を怪訝そうに見つめて、おい、と声がかかる。



「ハルも右手かざせ」

「へっ? あ、こう?」

 同じように右手を天に向ける。

「そうだ……見てろ。あと感じてろ」



 感じるってなんだろうと思っていると、ロイが魔法を発動させた。水の塊が何もない場所からじわじわと湧いてくる。その瞬間、


「へっ?」


 驚いて手を引きかけた私だが、ロイが離してくれなかった。


「離すなよ。縁が切れる」

 縁……ってなんだろう。

 でもそれが今の状況の原因なら、確かに離すわけにはいかないだろう。



 なにせ私の右手からも湧き出ている水はとても私には制御できそうにない。


「って、なにこれ!? 水出てるんだけど!? 私は出してないけど!? いや、でも腕の中に何か通ってる……はっ、これが血流!?」

「面白い発想だな……それがハルの魔力で出来た水魔法だよ。俺の技量で動かしてるけど、俺は命令を出してるだけで、魔力も精度もお前のものだ。つまりは、お前の努力の範囲内で俺のこれに最大限近づけたのが、それってわけだ」


 自分の水の玉と私の水の玉を交互に指さしてロイが言う。しかしそれも私はぼんやりとしか聞いていなかった。


「ぐ、ぐうう……」


 分かる。多分これが魔力の流れってやつだ。腕に流れてるのを感じる。でもこんな小さな水の塊を生み出すだけの感覚ですら私には馴染みが薄くて感じ取るのが難しい。



「……大丈夫か?」

「話しかけ、ない、で、もらえると……」


 言いつつ、なんだかこの感覚に覚えがあるなと記憶を探る。なんだっただろう。でもきっとすごく身近な……


「あっ、バケツだ!」


 叫んだ瞬間ぱしゃんと水が割れた。なんて儚い命。呆気なさすぎて唖然としてしまう。手が濡れたし、あんなに綺麗だったのに。けれどメンタルが強いのが私の自慢だ。掴んだ感覚にきっと間違いは無いはず、と頭を切り替える。



「バケツ……がなんなんだ?」

「ロイ! ごめんちょっと手離して!」



 ぐいぐいと手を引っ張って握られた指を外す。早く試したい。説明してる暇はない。

 理解不能という顔をしながらも彼は素直に離れてくれた。



「見てて!」



 ぐっと右手に意識を集中させる。

 私が想像したのはバケツというか、正しくは水の入ったバケツをぐるぐる回すアレだ。つまりは遠心力である。

 手を固定したまま、バケツを回している感覚を想像する。どこに力が働いてるのが意味不明なアレは未だに苦手だ。物理の先生すみません。

 ふーっと長く息を吐くと同時に手の上に水の塊が出来上がった。途端にロイがそれをのぞき込む。



「おっ、すげえ」

「えっそうなの!?」

「すげえすげえ」



 頭をポンポンと撫でられ笑顔を向けられるというダブルコンボに集中が切れかけた。

 水がたわむように揺れてしまう。危ない危ない。


「お前飲みこみ早いんだな」


 わしゃわしゃと撫でられた頭がちょっと痛い。多分力加減を知らないのだろう。でも嬉しかった。褒められただけだけど、それが何よりも嬉しかった。

 嬉しすぎて集中がとけた。


「あ」

「あ」


 ぱしゃりと手が濡れる──かと思ったら何が起こったのか、水が爆発した。顔が水浸しになる。


「……」

「……えっと」

 ロイが顔をそむけた。

「……まあそういうこともあるだろ」

「……目を見て言って!?」



 ねえねえねえねえと詰め寄るとやかましいと両断された。





 その後も四代魔法を教えてもらったけれど、一番簡単なのは火の魔法だった。マッチを擦るような感覚だ。強さは小学校のとき使ったガスバーナーの要領でできた。けれどこればっかりは微調節が必要で、身振り手振りをしながらじゃないと上手くできない。

 別に手のひらの上に出現させなければならない決まりはなかったから良いけれど、ロイに不思議そうに見られた。なんだか微妙な手つきなことは分かってる。


 次に得意だったのは風魔法だ。なぜだか知らないけれどこれはコマ回しだったり凧揚げだったり羽子板だったりという正月の行事をやる感覚が必要で、最初はすごく手間取った。だって凧揚げなんてやったことほとんどない。というか今どき凧揚げ上手な高校生ってなんとも言えないだろう。

 保育士体験に感謝だ。最初に思い浮かんだのが凧揚げだったんだから仕方ないけれど、これには不満が募る。ロイがそこらへんは協力してくれた。『繋いで』くれてありがとう。自分の手汗が気になりました。


 最後は土魔法で、これは泥遊びに似ていると思う。つまりはすごく簡単だ。でも私はデザイン性と想像力がないせいで、人形が土偶みたいになった。驚愕だった。呪いの人形かとロイに呟かれたときは流石に泣きそうになった。



「ハルは飲み込みが早いが……なんか奇妙な使い方するんだな」

「いや私だって出来るならもうちょっとかっこよく使いたいよ……」


 一通り終わってぐったりと息をつく。

 やりたくてやっている方法ではない。凧揚げの動作で風魔法を発動させるなんて好きでやっている人はただの変人だ。

 もう少し素敵に使えるのが魔法だと思っていたのに、使えば使うほど間抜けを晒しているみたいだ。理想と現実を隔てる壁が意外と高い。


「まあ落ち込むなよ。何度も言ったがお前の飲み込みは早いんだ」

「人に見せられたものじゃないよ、この発動方法」


 がっくりと肩を落としたとき、ふいにロイが静かになった。不思議に思って顔を上げると、彼の表情が硬い。


「ハル。ひとつ言っておくけどな」

「え、うん」

「魔法ってのは人に見せるためのものじゃねえよ」


 投げやり口調のそれは何か怒っているみたいだった。私は反射的に謝る。


「ご、ごめん」

「……なんでお前が謝るんだ」


 なんでって。

 思わず口を噤む。怒っているみたいだったから、なんて言ったらさらに機嫌を損ねるだろうか。

 でも私はやっぱり嘘をつくのが苦手なようで、真剣に見つめられて勝手に口が開いてしまった。たどたどしく理由を言った私にロイから呆れのような視線が向けられる。


「お前は物事を悪いほうに考えるの癖か? なんとかしたほうがいいぞ」


 くっと笑って、彼が私の頭をわしゃっと撫でた。相変わらず力加減がなってない。ぐわんと頭が揺れた。


「お前が知らないことはこの世界で多くある。知らないことは罪だけどな、お前はお前の世界の常識で生きてきたんだ。急にこの世界のことを考えて生きようなんてのは無理がある。だから別にそのことでいちいち気を落とさなくていい……俺の言い方もきつくなった。悪いな、ちょっと嫌なこと思い出して」


 苦く笑った彼は何も語らなかったけれど、私は深く聞かずに頷いた。彼が何も言わないのなら、それはそっとしておくべきだ。ただでさえ異世界人の私はここの生活もルールもよく知らない。そんな状態で深く彼の事情に踏み込んで、更に状況を悪化させることは避けたかった。

 もしかしたらここでは他人の事情を深く探ることは、しかも女の子が探ることは非常にはしたないことなのかもしれないし。年齢制限レベルで恥ずかしいことなのかもしれないし。


「ハル」

「え?」

「魔法なんてのはな、ないほうがいいと思ってんだよ、俺は」

「そう、なんだ?」

「別にそれ単体だったらな、自然現象みたいなもんだし、人体に害があるわけでもねえし良いけどよ……人間が使うと、歪むからな、魔法は」


 どこか沈鬱な表情で吐き出された言葉は、なんとなくわかる気がした。



 私の世界にだって科学があった。それ自体は自然の理を人間にわかるように説明したものばかりで、何も害はない。でも人間が科学を使って毒ガスを生み出したこともあるし、化学変化を利用して爆弾を作ったこともある。物理だって戦争に利用されなかったことはない。


 全部人がそうしてしまった。せめて生きるために、生き残るためにする戦争なら良かったのに、そもそもそんな戦争は一つもない。


 人間が歪ませる。自然は無作為に猛威を振るう代わりに人間を止める術を、意識を持たない。



「魔法があるのはただの偶然だ。人間のためのものじゃない。魔力は言い換えれば精神力みてえなものだし、人に見せるために人は魔法を学ぶんじゃない……それだけは覚えとけよ」

「……うん、分かった」


 彼は笑って、最後にまた私の頭を撫でた。

 やっぱり力加減はおかしかった。




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