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目覚めた先は森でした  作者: 七星
第一章 目覚めた先は森でした
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2 名前と部屋と美形耐性

 意外にも内装は普通だった。二人分の料理が並べられそうなテーブルに、綺麗なカウンターキッチン。外観はこじんまりしているとはいっても結構広めに感じられるくらいシンプルな部屋で、天井が高めだった。


「誰か一緒に住んでるんですか?」

「ああ、まあな。家を空けがちだけど」


 微妙に歯切れが悪そうな感じだったけれど私はスルーした。残念ながら空気を読んだわけではない。そのときちょうど目に付いたものに釘付けになってしまっていただけだ。



「これ……何で動いてるんですか?」



 つんつん、と突っついてみたのは宙に浮く謎の球体だった。硝子のような見た目だけど触るとそこから水面に石を投げたみたいに波が起こる。中には普通の時計のように長針と短針と細い秒針が入っていて、それだけ色硝子で出来ていた。薄青色のグラデーションだ。


「ん? 何って……動力源は俺の魔力だけど」

「え、やっぱり魔法なんですか!? なんですかこれ!」

「時計」

「やっぱり! うわあ初魔法! わ、すごいこれ動く! 硝子の中で硝子が! 動く!」

「お前人生楽しそうだな……」


 少し呆れを含んだ声だった。しまったはしゃぎすぎた、と振り返ると、彼は面白そうにこちらを見つめている。怒ってはいない、と思う。多分。


「時計一つでそんなに楽しめるならここでも元気に暮らしていけるだろうよ」

 その言葉にはたと私の手が止まる。そうだ。目下の心配事はそれだ。


「あの……私は家に帰れるんですか?」


 なるべく平然と聞いてみると、彼はすいっと目を泳がせた。



「あー……」



 彼は綺麗な髪をがしがしと掻く。粗野な動きにちょっとびくりとした。


「今んとこは、無理だな……お前を元の世界に戻すには始点と終点をぴったり合わさなきゃなんねーし、魔力がなー」

「すいません、馬鹿にも分かるようにお願いします」

「別にお前は馬鹿じゃねえだろ。知識がないだけだ。卑下はやめろ」


 さらっと再び格好いいことを言う。やめてください! 免疫が以下略なんです!


「まあそうだな、お前の世界にも緯度とか経度とかはあんだろう。お前が元いた場所の緯度と経度にこっちの緯度と経度を合わせなきゃなんねえんだよ。砂漠の中から宝石探すみてーなもんだ。針じゃないだけまだマシだが」


 やっぱりよく分からなかったけれど、要するにすっごい精密作業ってことらしい。うーん。


「じゃあ無理しなくていいです。なんとかこっちで生きてくんで」


 そう言った途端、ロイが目をぱちりと瞬いた。ずるい、イケメンは何をしても格好いい。



「……おい、自暴自棄になるにはまだ早いぞ。別にそんなになんでもかんでも諦めなくても人生なんとかなるぞ。手始めに俺がなんとかしてやるから諦めんなよ」



 駄目だこの人、攻略対象決定だ。

 どうしよう、絶対王道の王子様ルートだ。実は皇帝のご落胤でしたとか言われるやつ……! 私が一番避けたいルート……でも往々にして物語の真相が解明されるから泣く泣くプレイしてるルート……!

 後光がさして見える彼を見ていられなくて顔を隠した私をどう勘違いしたのか、優しげな手がぽんっと頭を撫でた。


「無理すんなよ。とりあえずうちにいていいが、お前のことは元の世界に返してやるから」


 違うんです。私の精神が超弩級ちょうどきゅうに安定しているだけなんです。普通にこの世界での将来の展望を立てていました。



 そんなことが言える雰囲気ではなかった。

 とりあえず顔を隠しているのにも限界はあるので、私の精神云々については後で話そうと切り替えつつ、私は「よろしくお願いします」と彼の好意に甘えることにした。

 いやだって、この世界で生きていこうと決意したとはいえ家は欲しい。屋根が欲しい。安心して眠れる場所が欲しい。


 それを考えると彼に言われたことはこれ以上無いくらいの好条件だ。打算七割感謝三割ほどの決意を秘め、私はこの家に暮らすことになる。








「よし、じゃあそうと決まれば」


 私の滞在場所がこの家に決まったところで、ロイがにやりと笑って立ち上がった。自然な動きで私の手を取り、奥の部屋へと続く扉を開く。


「どこに行くんですか? ていうか家広いですね……」

「お前はもっと危機感を持ったほうがいいな……つーかお前、名前は?」


 問われてぱちくりとする。そういえば教えていなかったかもしれない。


橘遥香たちばなはるかです」

「タチバナ……やっぱ聞き慣れねーな。本当に異世界人なんだなお前。まあおのぼりさんって感じ滲み出てるけど」

「えっうそ!?」



 愕然とする。東京に来たばかりの田舎者みたいな感じだろうか。ショックだ。


「ハルカっつーのもあんまり聞かねーしな……どうするかなー」

 すたすたと廊下を歩きながら首を捻るロイに、私も首をかしげた。

「なにかあるんですか?」

「いや、お前今戸籍ないわけだからさ。どうにかしないとと思って。そうすると異世界人って丸わかりの名前はあんまりお薦めしない」


 言われて初めて気づいたけれど、そりゃあそうだろう。私は今ひどく宙ぶらりんな存在だ。

 思わず考え込んでしまった私だったが、そのとき唐突に彼は歩みを止めた。勢い余って鼻から激突する。痛い。

 どうしたのだろうと思いつつ顔を上げると、彼はある部屋の前で立ち止まりこちらを見ていた。



「ハルカ。この世界でのお前の仮の名前、俺が付けても構わないか?」



 言葉でも目線でも問われ、私はきょとんとしながら頷いた。


「いいですよ? 別にそこまで頑なに自分の名前が好きだってわけじゃないですし」

「いいのか?」

「はい、それで生きやすくなるなら」


 にこっと笑えば難しい顔をされた。そんなに良心が痛むようなことなのだろうか。

 確かに両親がつけてくれた名前ではあるけれど、命より大事だなんていうわけじゃない。どこぞの高尚なお貴族様じゃあるまいし


「……そうか、じゃあ今からお前の名前はハルシアだ。ハルシア・タチレーヌ、とでもしておこう」

「ハルシア……」

「あんまり元の名前からかけ離れすぎるのもな。良くある名前ってわけじゃねえけど、まあ大丈夫だろ。俺はハルって呼ぶから」

「わ、分かりました」


 とんとん拍子に話が進んでいく。私は顔が赤くならないように注意した。遥香という名前なのだからもちろんハルちゃんと呼ばれたこともあるのだが、あるからこそこんな美形にあだ名で呼ばれるのはなんかこそばゆい。心做しか体が痒くなってきたような。


「何してんだ? 早く入れ、お前の部屋だ」


 腕をかきむしるようなことをしていると訝しげに呼ばれた。すんっと「何もしてませんでしたよ顔」をして、扉をくぐる。部屋の中はすっきりとしていて、ベッドやテーブルなど、白い家具が取り揃えられていた。


「まあ好きに使ってくれ。カーテンとか壁紙とか、色が気に入らなかったら言えよ」

「いえ、清潔感があって素敵です」


 本心だった。白は好きだ。

 そうかよ、と笑って彼はぱたりとドアを閉める。



 あれ?


 彼は何故か部屋の中に入ってこちらを見ていた。


「あの、もう一人で大丈夫ですよ?」


 彼は何も言わない。私がことりと首を傾げると、彼はおもむろに歩み寄ってくる。そして、近づいて来た彼の腕が自然に肩に絡みついた。長い髪が視界の端で舞い、さらりとした感触が手に伝わってくる。



 抱きしめられた。



 ひょへ!? という悲鳴はなんとか飲み込んだ。しかし体が硬直する。なんだろう、これはあれだろうか、この国の挨拶だろうか。アメリカでもハグはするけれど、こんなしなだれかかるようなものなんだろうか。


 ぐるぐると考えてしまった私をロイは頭をもたげて見据えた。そして今度は彼が訝しげに私を見ている。


「……おいお前、逃げろよ」

「はい!?」


 予想外の言葉だ。一体どこに逃げろとおっしゃるのか。

 しかし彼は心配そうな視線を私に向けている。


「お前……そんなんじゃ男に襲われるぞ。お前の世界ではどうだったか知らないが、こっちの世界では密室で男と二人きりなんざ食ってくれって誘ってんのと同じだぞ」

「くっ……!?」


 それが何を表すのか分からないくらい疎くはなかった。どんどん頬が熱を持っていく。


「うん、そのまま固まってるのも顔が赤くなってくのも直した方がいいな。せめて急所に蹴りぐらい入れねえと」


 この人は私に一体何を求めているのだろう。蹴りって。大体生活場所提供してもらった人に蹴りなんて入れられるわけない。


「格闘技……は無理か、枝みたいな腕だし。武器はそもそも扱えそうにねえし、むしろ怪我しそうだし……つーかハルはどこもかしこもガリガリだしなー……」


 聞こえてます。

 せめて細いって言ってほしかった。ガリガリって。骨じゃん。


「よっし、やっぱ手っ取り早いのは魔法だな」


 ぶつぶつと何事か呟いた後に、彼はそう宣言した。


「ハル!」

「はい!」

「いい返事だ。明日の朝起きたら庭に来い。魔法を教える」

「魔法、ですか」

「そうだ。お前はどうも体が勝手に動くタイプじゃなさそうだしな。手っ取り早く痴漢を撃退するには魔法が一番いい」


 痴漢って。

 とりあえず頷いたけれど、まさかさっきのロイの行為は痴漢を目標にしたのかというパンドラの箱的疑問が浮かぶ。冗談じゃない。あんなことされた日にはされた方が捕まるに決まってる。美しさは罪であり同時に免罪符になりうるのだ。


「よし、そうと決まったら寝ろ。あと敬語辞めとけよ。明日の朝敬語でおはようございますなんて言ったらまた抱きつくからな」

「あ、はい……って、はい!?」

「よし、いい返事だ。それも『うん』にしとけよ」



 ぱたんと扉が閉まる。静寂が落ちた。

 呆然とそれを見つめて、嵐のように告げられた明日の予定と注意事項を反芻はんすうして──私はベッドに倒れ込んだ。



「……寝よう」

 疲れた。

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