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目覚めた先は森でした  作者: 七星
第一章 目覚めた先は森でした
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1 目覚めたら森と超絶美人


 目が覚めたら知らない場所だった。


「……え?」


 空気が美味しい。肌がいつもと違う空気に触れている。緑が目に優しい。あれ、でも実は緑が目に良いっていうのは嘘なんだって聞いたことがあるなあここどこだろう。


「……え? いや、あの、え?」


 人間は本当に衝撃を受けると言葉が出なくなるのだということを学んだ。ひとつ賢くなった。賢くなった経緯は理解不能だ。

 私はとりあえず体を起こして、そろりと周りを見渡してみる。

 森だ。見た目は森。自分が今座っているのは石畳で出来た……なんというのか、半径三メートルほどの広場というのか。それはもう広場じゃないけれど、広くないけれど、そんな感じの場所だ。そしてその石畳を取り囲むように綺麗な森林が広がっている。呆然としながら木を見つめて、そっと葉っぱに触れてみた。造花じゃなくて本物だ。


 ここはどこで、私はどうやってここまで来たんだろうか。


 うずくまっていてもどうしようもないので、一度頭を整理してみる。私の名前は橘遥香。十七歳の高校二年生。英語が嫌いで音楽が好き。うん、大丈夫、きちんと高校の名前も思い出せる。私は橘遥香だ。

 ついでに記憶も遡ってみた。けれどどうやっても、朝に起きたところから記憶がすっぽり抜けている。服はきちんと普段着を着ているし、着替えをしてからここに来たということなのだろうけれど。


「ピクニックに来たとか?」


 自分で言っておいてなんだが、こんな儀式の間みたいな場所にピクニックって、趣味悪いんじゃないかと思う。帰り道も分からないし。

 それはそうと、石畳で出来た円の周りにあるのは木だけではなかった。どこに繋がっているのか分からない何本かの道ができている。


 これは、乙女ゲームでいうルート分岐みたいなやつだろうか。選んだ道で攻略対象が決まります! みたいな。今流行りの乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生してしまったとかいうあれだろうか。

 それにしては着替えたときの服装のままだし、多分顔も変わってない。十七年この顔だったのだから、鏡がないとはいえある程度は分かる。


 というか乙女ゲームの世界に転生ってなんだろうと常々思っていた。誰かが物語を考える度に平行世界が一つ出来ているのだろうか。世界には七十億人いるのだから、最低で七十億の平行世界。処理能力が追いつかないに決まっている。


 思考の迷路に見事にはまった私がぐるぐると考えているところで、がさりと葉が擦れ合う音がした。

 ひょっこりと顔を出したのは、見事に綺麗な顔立ちをした女の人だった。ぎょっとして飛びすさる。一寸先の樹木が密集した場所から人の顔が出てくるなんて思わない。


「誰だお前、そんなところで何やってんだ」

「……男の方ですか?」

「第一声が性別確認で良いのかお前。俺は男だが」


 律儀に答えてくれた。良い人だ。そして男の人だった。白銀に輝く髪の毛は腰まであろうかというほどだし端正な顔立ちをしていたので、てっきり女の人かと思った。でも声はしっかり男だったのだ。

 その人は全身を私の目の前に現した。女子の中でも決して背の低くない私だったけれど、この人は普通に私より背が高い。全然高い。そして眩しいお顔を向けないでほしい。免疫がないんです。


「ふーん……」

「あの、私怪しい者ではなくてですね」


 一番怪しい言葉だった。綺麗な顔が向いていると思うとつい。

 しかし彼は事も無げに頷く。


「知ってるよ。つーか分かるよ。こんな弱そうな間諜もいたもんじゃないからな」

「はい、弱いです」

「自分の弱さを認められるやつは強いらしいからな。心は強いな」


 褒められたのか貶されたのか。

 満更でもない私をしげしげと眺めて、男の人はいきなり手を掴んできた。反射的に引いてしまうが、そんなのびくともしないくらい強い力で掴まれる。痛くはなかったけれどびっくりした。


「あ、あの?」

「なるほど……」


 そのまま私の手をひっくり返したりして眺めている。何この人、手相見てるの? そこまで幸運な人生じゃなかったと思うなあ。


「えーっと、あのー?」

「ここまで来るとなるとそろそろやばいってことなのかもな……きちんと帰せてたんだが……」

「あのー!? そこの綺麗なお方ー!?」

「ロイだ」

「ロイさん!? 私の手がどうかなさいました!?」


 男の人にこんなに長い間手を握られたことはない。正しい反応が分からなくてわたわたしていた私をまっすぐ見て、彼は落ち着けと呟いた。


「お前の処遇をどうするか考えてただけだから落ち着け。あとロイでいい。さんはいらん」

「あ、それはご親切にどうも……ロ、ロイ」


 ぺこりと頭を下げる。こんな綺麗な人に案じてもらえるほど清く正しく生きていた自信はないけれど。あと呼び捨てって普通に恥ずかしい。こんな美人を呼び捨てって。


「お前、騙されやすそうだな、気をつけろよ」


 哀れみの表情にダメージが加算された。初対面の人に言われるほど滲み出ていただろうか。ちょっと傷つく。


「さて……じゃあまあ、とりあえずうちに来い。ここで蹲ってても餓死するだけだぞ」

「行きます!」


 餓死は避けたい。中学時代に友達と死ぬならこう死にたいランキングで堂々の最下位だった餓死だけは遠慮したい。焼死といい勝負だったけれど苦しい時間の長さで軍配が上がった。第一位は安楽死だった。

 今考えると、厭世的な自分に酔う年頃だったのだろうなと思う。立派な黒歴史の一つである。普通に考えたらまず死にたくない。


「あの、ここどこだか聞いてもいいですか?」


 まだここが乙女ゲームの世界でないという確証はない。この人めっちゃ綺麗だし。攻略対象認定待ったなしに違いない。


「……ざっくりでいいか?」

「はい」

「魔法が存在する。以上」

「すごくざっくり! よく分かりました!」


 残念ながら乙女ゲーム疑惑が膨れ上がった。こんな綺麗な攻略対象いたら忘れないはずだけど。

 さて、乙女ゲームの良くないところはバッドエンドが大体主人公の死で締めくくられることだ。死にたくない。切実に死にたくない。


「あの! 死にたくないです!」

「いきなりなんだよ、お前を死なせる予定なんかねえよ」


 かっこいい言葉を言われたはずなのに、その前に私が支離滅裂なことを口走ったせいでしらけた空気になってしまった。申し訳なさすぎる。


「ええっと……あの……ここどこですか?」


 一周まわって元の質問に戻りやがった私を誰か罵ってほしい。駄目なんです、沈黙ってやつが。嫌いなんです。

 しかし彼は少し押し黙ってから、ぽつぽつとこの世界のことを話し始めてくれた。そういえば歩きにくいはずの森の中なのに、この人が石やら根っこやら動物用のトラップやらを排除してくれているらしく、私は普通の道みたいに歩けている。綺麗な顔をしてさらに紳士だなんて、本当に攻略対象なんじゃないだろうか。間違っているのは私が主人公ポジションにいることだ。


「ここはルルシュナ王国だ。魔法大国。大なり小なりみんな魔法は使えるが、洗練された魔法使いってのは少ない。この王国はそういう魔法使いを多く排出してるんだよ。世界の中心地だ」


 ほうほう、と頷く。つまりアメリカみたいなものだろうか。この世界での魔法の重要度が分からないからなんとも言えないけれど、きっとこの国の名前を知らない人はいないのだろう。


「この国の教育水準は高い。誰でも努力すれば才能の有無に関係なく魔導師としての称号が与えられる。そこから上級魔導師になれるかはまた別だが。だから少しでも上級魔導師を増やすため、国っつーか王は色々やってんだよ。今は臥せってるけど、王子が代わりにやってるはずだ。上級魔導師同士を結婚させたり、魔物の研究させたり、逆に別世界の奴らを転生させたり召喚させたり……まあ、ごく稀に│創作し(つくっ)たりとかもな」

「……つくる? 何をですか?」

「なんだと思う?」


 少し持ち上がった口元にぞくりと肌が泡立つ。思わず息を飲んだ私ににやりと笑って、彼は軽く私の肩を叩いた。


「魔物掛け合わせたりしてんだよ。怯えんなって。癖になるだろ」


 不穏な言葉が聞こえた気がした。しかしすぐに話が再開されたので聞けずじまいになってしまう。


「まあ、転生とか召喚とかはきちんと人間が対象だ。お前は多分召喚の副作用っつーか副産物っつーか、どっかで魔導師が召喚魔法使ったときの歪みにでも落っこちたんだろ」


 本命に巻き込まれたみたいだ。まあここで王宮とかに呼び出されるよりよっぽど私らしい。ちょっとほっとした。


「着いたぞ」


 彼が立ち止まった先へ顔を上げると、そこにはちまっとした可愛らしい家があった。煉瓦のような素材でできていて、壁が綺麗な茜色に染まっている。思わずえっと声を上げた。

 彼の顔が顰められた。


「おい、今似合わないって思っただろ」

「思っ……い、ました」

「正直だな」

「嘘は嫌いなのが取り柄です!」

「いい心がけだ」

「ありがとうございます」


 なんだろう、この会話。予想外にメルヘンな家の登場のせいで、上手く言葉のキャッチボールが出来ない。ただでさえそういうの苦手なのに。


「まあとりあえず入れ。色々説明する」

「あ、はい」


 扉まで可愛らしい。今にもお菓子の家へと変貌を遂げそうなこの家が一体誰の設計なのかは、とりあえず考えないことにしておいた。

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