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「春山くん、どんな用だって?」
「…さあ?俺はハルじゃないし分かんないけど」
トテトテと足早に日浅について歩く。正確には日浅は歩いて私は小走り。身長差の歩幅って結構出るんだな。
さっきからずっと視界に映る大きな背中。
掌をすっぽり包む一回り大きい掌の感触。
この距離感だから分かる少しかおる汗のにおい。
五感のうち3つが日浅に集中して何だか変な感じだ。
視線を感じた日浅がちらりとこちらを垣間見る。
「なに」
「…何が?」
「視線感じてうざいんだけど」
「そりゃ目の前歩いてたら視線浴びるでしょ。私の目、どこについてると思ってんの」
「うざい」
なんだよ。
「…あいつと何話してたの?」
「誰だよ」
あ、やばい。思わず一人で突っ込むときの口調になってしまった。
「大路」
「は?」
突然の質問に驚く。
「は、じゃないし」
「何で?」
「部屋に鍵閉まってたけど」
そうなの!?知らなかった。
というか、えっ!まさかそれでノックして開けなかったから蹴破ったの?!やだっ!野蛮!!!!!
「何その顔」
「………ベツニナニモ」
「あんたさ、本当顔に出るよね」
「暴力ダメデスヨ」
「知ってるけど」
「あのドア本当にどうするの?修繕費もそうだけど、あのドアで寝るのは流石に大路くんも可哀想だよ」
「そんなのすぐに直してくれるでしょ。あいつ1組だし」
まあ確かに。
って、ん?
「1組ってそんな修繕費とかの補助の特権もあるの?」
「…さあ?ただの予想で言っただけだけど」
「えっ…でも、もし彼が学校に修繕費工面の依頼したら…」
「俺はペナルティだろうね。マイナスポイント」
ええええ!!!!!!!!!!
「いや!それは申し訳ないよ!!私のポイントから引いて貰おう!鳥木先生のところ行こう!!」
「別に俺はどんだけマイナスなっても園上高校退学になったりしないから安心して良いよ」
どういうこと?
「それってどういう」
「俺何でもできるから。マイナスになってもすぐカバーできるし」
憎たらしい子…!!!!!
「それより、あいつに何言われたの」
「よく分かんないこと言われた」
「ふうん」
興味ないなら聞くなよ。
「あんたさ」
「なに」
「汗っかきなの?」
「は?」
「掌湿ってんだけど」
「…!?ばか!!!!!!!!!離せばか!」
本当にこいつはデリカシーなさすぎだわ!
「ほら」
「え」
前を見ると、見慣れた通路。
いつの間にか春山の部屋の前に来ていたらしい。
「着いたよ。ハルの部屋」
そう言うと部屋のドアをノックする日浅。
「ハル。開けて」
「哲?今開けるー!」
扉が開き平和な顔をした春山が顔を出す。
日浅が春山の耳元で何かを言った。
謎の疎外感に居たたまれなくなり、グイッと日浅の前に身体を滑り込ませ、春山の前に身を乗り出した。
「春山くん何の用事…わっ!」
私が言い終わる前に急に日浅の手がトンと背中を押してきた。押し出された身体が春山の部屋に足を踏み入れる。
「ここでちょっと待ってて」
聞こえた声に顔を振り向かせた時には、ドアに阻まれその姿は見えなくなっていた。