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「日向」
「うわあ…」
春山達に続き、吹奏楽部へ向かおうとする廊下の途中で鳥木先生に捕まった。
「うわあって何だよ。担任の教師が声掛けてんのに感じ悪いな」
教師っぽくない鳥木先生に言われても冗談にしか聞こえないです。
「すみません」
「否定しろよ。まあいい。で?テストの手応えが良かったのか?浮かれた顔してたみてえだけど」
「それなりには」
でも入試の時も手応えあったのに8組だったし今回もあんまり良くないかもしれない。うう…自信喪失してるなあ。
「…私が言ったことは覚えてるか?」
壁にもたれ掛かり腕を組ながらこちらを見つめる鳥木先生。様になる。
「色々言われたのでどれを指してるのか分からないです」
「忠告したことだ」
「…誰も信用するなってやつですか?」
「そうだ」
「今に始まった話じゃないですけど教師の口から出るべき言葉じゃないですよね」
「口答えすんな。最近、随分楽しそうな顔してるよな。特定の奴等の前で」
「そうですかね」
「そう見えるな」
「それは、先生が誰かを信じて裏切られたから忠告してくれてるんですか?」
「余計な質問すんな」
「すみません」
「こんにちは」
突然割り込んできた声と共に、声の主がつけているであろう香水の香りがフワッと広がる。
「佐久間…」
「お久しぶりですね。せーんせ…と日向くん。二人で何してるの?」
「お前には関係ないだろ。さっさとどっか行けよ」
「俺との逢い引きには乗ってくれないのに日向くんとは会うんだ?妬けちゃうな」
…………チャラッ!!!!
「だからうぜえよ。私の言うこと無視してんじゃねえ」
そして鳥木先生の方もペースを崩されることがない。流石だ。
「先生だって俺の言うこと全部無視する癖に?」
「…それは」
「でもそういうところ好きですよ。他の女の子でそういう性格の人会ったことないですしね。すごく新鮮で」
「…」
「もしかして俺の気を引くためにわざとやってるの?悪い女だね」
「…ぶっ飛ばすぞ」
ドスの利いた声ってまさにこの声をいうんだろうな。
しかし動じずクスクスと笑う佐久間さん。
「相変わらず過激ですね」
「お前には前に言ったよな。二度と話しかけんなって」
「生徒が先生に話しかけたらダメなんて規則は生徒手帳にも書いてないですよ?」
「お前に言った命令だ」
「ああ。俺と先生の二人だけの約束でしたっけ?」
「…わざわざ鳥肌立つ表現に直すんじゃねえよ」
「俺は女との約束は守るけど一方的に言い渡された宣言は守る気ないですよ」
「お前のルールに私が従う義理もねえよ」
「おっとそうくる?」
…何だろう。この二人何か確執でもあるのかな?私がここにいて良い雰囲気がしない。ここは穏便に立ち去ろう。
「…じゃあ自分はこれで」
「おい待て日向!話はまだ」
鳥木先生の手が私の肩を掴む前に佐久間さんの手が鳥木先生の手を掴みそのままに壁に押し付けた。…押し付けた!!押し付けたよあの人!何あの壁ドン…美男美女な風貌のせいかまるでドラマの1シーンみたいだ。
立ち去るつもりが二人の展開が気になり足が止まって注視してしまう。
はっ!ダメだ私!目を掌で覆い隠すも指がっ!指が隙間を作ってしまう!!!
「待つのは先生でしょ」
佐久間さんの声色の低さに身がすくむ。指の間越しにみえる彼の目は冷たい色を放っている。
「あれをここに誘導したのも先生の仕業?」
「何の話だ?」
「興味ないふりして本当熱血先生ですよね。綺麗な顔で本当…」
「………お前は誤解してる」
「じゃあ納得いくまで説明してくださいよ。時間ならたっぷりあるからね。何なら今夜一晩中じっくり話し合う?」
…フェロモーーーーーン!!!!
刺激が強すぎて、でも足が動かず謎の震えが止まらない。どうしよう。何だか止めた方が良い雰囲気になってきた気がする。でも近寄れる雰囲気ではない。
「何してんだ佐久間!!!」
「…!」
聞き覚えのある声とこちらに走り込んでくる足音が聞こえた。
「こんにちは。役立たずのヒーローくん」
新しい声の主に対してにっこりと妖艶に微笑む佐久間さん。
何なのこの展開…。完全に巻き込まれた。