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「どうぞ」
「おー!遅いよ哲!」
「…お邪魔します」
普段の日浅が扉を開けて部屋に通してくれた。
意外と綺麗だ。失礼ながら男子の部屋だし、もっと汚いと思っていた。下手したら私の部屋より綺麗かも!?
「で!!」
「なに」
「本題!」
「だから何」
「渚のこと無視してるって話!」
いや少し語弊があるけどね!?
「しょうがないじゃん。俺その人苦手だし」
突然の右ストレートに私のガラスのハートは砕け散った。
ストレートすぎるよ日浅…。
「ええっ!?」
驚愕する春山。
その驚きは日浅の物言いに対するものなのか、私に苦手意識があることに対してなのか…。春山の場合多分後者だな。
「連鎖反応って言うんだっけ」
「れんさはんのう?」
「自分に対して苦手意識持ってる人に好意持つ奴とか頭おかしいでしょ」
「つまり…?」
「めんどくさい」
それって何か…。
「話割り込んでごめん。その言い方は、私が君に対して苦手意識を持ってるみたいに聞こえるんだけど」
「そうだよ。あんた俺のこと苦手だよね?」
…まあ得意ではないけど。
でも良い奴だなとは思うし苦手という表現は語弊がある。慣れてないんだよ。甘ったれた言い方かもしれないけど人見知りなんですよ!
「苦手というか…」
「そうなの渚!?でも二人でも行動してたよね!?」
…………そうか。
少し、分かった気がする。
日浅の物の言い方。そして春山と日浅の関係の良好さ。目には目を。歯には歯を。こんな簡単なことにどうして気付かなかったんだろう。
「苦手ではないけど、距離感が分からなくて接し方に困ってる」
言った後に手が震える。結構失礼なことを言った気がする。でも多分これが正解。
「…どういう意味」
「そのままだよ。君は親切にしてくれるのに距離を空けたがる。だからどこまで近付いて良いのか分からなくて戸惑うことがある。戸惑いを苦手意識だと錯覚させてしまったのかもね。その点はごめん。でも、苦手ではない」
「…へえ」
日浅がこちらに顔を向ける。視線を向けられるのが久し振りすぎる気がして心にじんわりとした気持ちが滲む。
「…何でそう感じたの?」
「色々あるけど…具体的なところだと、名前で呼んだことないよね、私のこと。あんたって人称代名詞でしか呼ばれた記憶がない」
「…だから?」
「だから私も君の名前の呼び方が分からない。心を許した人にしか名前を呼ばれたくないのかなって思うから」
「…」
この話については踏み込みすぎると良くない気もして話題を少し逸らすことにした。
「正直矢田くんの方が先に名前を呼ばれたことには少し嫉妬したんだよ」
「…………何言ってんの。気持ち悪いんだけど」
「人とは一定の距離を保ちたがってるのは分かるよ」
「近付かれて困るのはあんたなんじゃないの?」
「…え?」
真っ直ぐした瞳。射抜かれそうなんて言葉が思い浮かぶ。
「んー?とりあえず二人ともごちゃごちゃ考えないでもう少し気持ちをぶつけ合った方が良いってこと??」
痺れを切らしたかのように春山が口を開いた。
ざっくり纏めすぎだろ…。でもその通りかもしれない。
「…良いけど。あんたは何て呼ばれたいの?」
「は?」
突然の質問に間抜けな声が漏れる。
「だから俺に何て呼ばれたいの」
「…何ですか急に。何でも良いけど」
「あんたこそ何急に敬語になってんの」
くっと噴き出す日浅。
「うっ…るさいな!君が急に…っ。急に話しかけてくるから」
「質問の答えになってないんですけどー」
敬語返し…だと!?もしかしてバカにされてる!?
「何でも良いよ。日向も渚も両方気に入ってるから本当にどっちでも良いよ。君の呼び方に合わせる」
「ふーん…。あんたさ、一人っ子?」
「違うけど。双子の妹が一人いるよ」
「…へえ」
急な質問で驚いて素直に答えちゃったよ。何だよ急に。本当こいつの質問っていつも突拍子もなくて驚かされる。
「双子なら苗字読みだと訳わかんなくなりそうだね」
「まあね。じゃあ」
「ちび」
「は?」
「ハルの兄貴もそう呼んでたよね確か」
まてまてまてまて!
この流れだと下の名前で呼ぶのかと思ったんですけど!?
春山兄と同じにしても"ちゃん"が抜けていまいか!?
「何かつけ忘れてますよ~」
「何?ちび」
いらっ。
「あんたで良いよ!!ちびとかやめてよ!」
「何で?ちびがあんたって呼び方気にくわないって言ったんでしょ」
「…あっそう」
「犬の名前みたいだよね。ちびって」
「………」
その名前で呼ばれたら返事しないからな!ちゃんが抜けると可愛さ激減!むしろこのデカ男にちびなんて呼ばれてたらいじめられっ子に見えるわ!
「…ちび?」
「…」
「気に入らないの?んー…じゃあ…………マル」
「何でマル!?」
しまった!反応しないつもりが思わず突っ込んでしまった。
「秘密」
「…まあ良いや。ちびよりましか。じゃあ改めてよろしくね。トール」
「…うわあ」
根に持ってる訳じゃないよ?