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「…ぎさ。渚!」
「うわっ!?」
「なんだよボーッとして!」
むすっとした顔をした春が見える。
今日は八木先輩事件があった週の土曜日。
今週ずっと放心状態になっていた(らしい)私を心配した春山がお昼に誘ってくれた。
まあでもあんなことされた訳だし仕方ないと思う。ファースト床ドン、ファースト壁ドン、ファーストほっぺキスを好きでもない人に奪われたのだ。お嫁にいけなくなったらどうしようって不安で眠れない日が続いた。え?違う?
「ごめんちょっと色々あって」
「色々ってなんだよ?」
「ナンパされた」
ブッと飲み物を噴き出す春山。
「きたなっ!汚いよ!」
「誰に!?」
「…誰になんだろうね」
「教えてよ!えっ!ていうかこの高校…渚そっちの趣味が…?」
「やめてよ。断じて…」
「断じて?」
「…」
否定しようとして思いとどまる。
断じて違うと言い切れば春山の不信感は払拭できる。でも嘘をつくことになる。だって異性として好きになる相手は男の人だし。
そっちの世界に否定的な感情がある訳じゃないけど八木先輩と同類扱いされるのは嫌だーーー!ジレンマ…。
「えっ。まじ?」
沈黙を肯定と解釈した春山の大きな瞳が驚きでくりくり動く。
やめて!そんな綺麗な瞳で見ないで!言葉に詰まるから!!
「あー…」
「おほー…」
「えっと違うけど違わないというか」
「どっち!?」
「それより春山くん。今私のために時間をとってくれるのはとってもありがたいんだけど、部活は大丈夫なの?」
「うん。今日は夕方から!」
うまい回答が思い付かず、春山対策秘技話題転換を使うことにした。見事引っ掛かってくれた春山。ナイス。
「それに…」
「うん?」
「渚と哲、まだ仲直りしてないだろ?」
……………ナカナオリ?
………………………………………あっ!
「え…もしかして忘れてた?」
「…ごめん」
だってそれ以上に衝撃的な出来事があったんだもん。
「えっと…彼が何か文句でも言ってたの?」
「言ってないけど、一昨日渚と仲直りしたか聞いたら帰っちゃって、昨日は部活自体も休んでたから察した感じ。あとは渚も放心状態だったし」
「なるほど」
日浅問題の解決も先送りにしてしまっていた。忘れてた。いかん。
「一応話し合おうとはしたんだけど避けられちゃってるみたいなんだよね」
「ふうん…流石に来週には冷めてる気はするけど…」
「でもそれじゃあ根本的な解決にならないよね」
「確かに。何で怒ってたかは教えてくれなかったの?」
「そもそも避けられてるから話せないんだよ」
「うーん…」
「まあでもお昼とか矢田くんがいるときは普通に一緒にいるから良いよ。私の質問とか話はスルーしてくるだけで」
「ええ…。そしたら哲の部屋まで行ってみれば?そしたら流石に逃げられないっしょ!」
「それはね、実は少し考えてた。でも彼の部屋知らないから諦めた」
「俺知ってるよ!一緒に行こう!」
「えっ。ちょっ…うわっ!」
春山兄弟の悪い癖。
誘拐が発動した。
……………
いつかの入学式前の春山と出会った日を思い出す、そんな光景。デジャブだ。
「てーーつーー!!」
ドンドンと扉を叩く春山。
だからご近所迷惑だってば!
「てーーつーー!!」
「…………なに。うるさい」
ドアを開けて顔を半分出した男子生徒。
……………。
…………………えっ?
「哲ー!居留守使おうとしてただろ!」
てつ…?あれ?この人…日浅?
「うざい」
寝癖なのかいつも隠れてる前髪が斜めに流れていて顔が全て見える。一瞬日浅ではない人が出てきたのかと思い驚きに顔がひきつる。スウェット姿だし寝てたのか?
視線を感じたのか日浅の瞳がゆっくり動き春山から私に移り、見開かれた。
「ちょっ!何でドア閉めようとするんだよ!!」
「帰って!帰れ!見るな!なんでその人いるの!」
珍しく慌てている日浅。顔を引っ込めながらドアを閉めようとするも春山がドアの間に足を挟み、扉が閉まるのをおさえている。春山まさか悪質なセールスマン予備軍か…!?でも今はナイス!味方につくとこんなにも心強いのね!
「話さないとダメだよ!逃げないでよ哲!俺は離れないから!」
「うざい。足…ケガしたいの?」
「したくない!でも二人がケンカしてるのはもっと嫌だ!」
「わがまま」
「そうだよ!」
「分かったから!着替えるから5分だけ待って。足もどけて」
「分かった!」
「…はあ」
パタンとドアが閉まる。閉まったドアの音と少しの混乱が頭の中を渦巻いていた。