49
八木先輩の目が見開かれる。
「…女?」
一瞬にして嫌悪感の満ちた表情に変化する。
…終わった。
私の学園生活入学して1週間経たずに終わってしまった。兄弟校に転入かあ…。悪くないのかもしれない。
「嘘をつくな」
「へ?」
「お前からは女らしさを一切感じない」
まさかの信じてもらえなかった!?
そして一切って何だよ!ちゃんと女だわ!
「まさか今まで男と関係を持ったことがないのか…?」
「…ないですよ」
本当です。
というか何て質問してくれてるんですかこの人。
「そうか…徐々にならしてやるから。大丈夫だ」
何も大丈夫じゃないよね!?
「いやいやいやもう本当に…!やだってば!誰かっ」
「なーにしてるんですか?」
急に聞こえてきた声に八木先輩が息をのむのが目に見えて分かった。
本棚にもたれかかり、こちらを見つめている見覚えのある男子生徒。
「なっ…!お前どうやって!?ドアの鍵は閉めてた筈…」
「これのおかげでーす」
男子生徒は人差し指でキーホルダーにかかった鍵をクルクルと回している。
「お前その鍵どうやって…!」
「司書の先生と逢い引きしてたら合鍵貰っちゃった。本当はダメなんだろうけどね。鍵かかってたら誘ってると思ってって言われてね。それで入ったらあら不思議」
「お前学内でそんなこと許されると思っているのか!」
「それはこっちの台詞だけど?鍵閉まってるから誰もいないのかと思ったら怪しげな逢い引き目撃しちゃうし?」
「くっ…」
男子生徒はこちらに向かって歩いてくる。
近付くに連れ、香水の匂いが鼻孔を掠める。良い匂い…やっぱり私はこの香りが好きだ。
「あと、その子こわがってるように見えるけど?」
まさかこの男に助けられることになるとは思わなかった。
「佐久間君!俺は…」
「見なかったことにしてあげる。今日は帰った方が自分のためじゃない?」
「…っ」
八木先輩は走って図書室を出ていった。
「…ありがとうございます」
「久しぶりだね」
「…」
フェロモンチャラ男は私のことをしっかり覚えていたようだ。
「あれ?覚えてない?あ、自己紹介してなかったっけ」
「…どなたでしたっけ?」
クリーンな関係を築くためにもあの出来事は忘れている設定にしておこう。
「俺は佐久間 真作。君とは保健室で一度会ってるよ。俺と先生の逢い引き中に君が入ってきたあれだよ」
「…思い出しました。その節はすみません。そしてそんな失礼があったのに今回はその…助けてくださるきっかけについては正直ドン引きですけどありがとうございます」
「ああ。先生がくれた合鍵?」
くれたというか、逢い引きっていうワードだよね。引っ掛かったのは。
「…まあ、ひとまずありがとうございます」
にっこりと笑いかけてくる佐久間…先輩?同級生?どっちだ?
分かんないから佐久間さんで良いかな?それにしても外見とは裏腹に意外と渋い名前だな。ギャップだ。
「男が女の子を助けるのは当然でしょ?」
「え…?」
時の流れが一瞬止まった気がした。
「…まさか君が女の子だったとはね」
「何でそんな…」
「君がさっき自分で言ったんでしょ?」
「…っ」
八木先輩から逃れるために大声で放ったあの言葉だ。
「…いつから図書室に?」
「んー?授業終わってからかな」
ということは最初から全部聞かれていたということか…。
「それにしても…いやあ。驚いちゃったよね」
佐久間さんがくすくすと笑いながらこちらに近付いてくる。
「…あのっ」
まずい。
一難去ったと思ったけど結局また別の一難が訪れてる。
…でもここらが潮時なのかもしれない。
よくここまで頑張ったよ私。
ギュッと目を瞑り、深呼吸をする。
腹を括れ私。
そして、口を開いた。
「実は」
「まさかあんな嘘で切り抜けようとするなんて」
…………はい?
「えっ…と?」
「いやあ面白い子だよね、君。気に入ったよ」
おかしそうにお腹をおさえてくすくすと笑っている。
「ええ…?」
「今度お昼に連れていってあげるよ。もしくは休みの日にイイトコロ一緒に連れていってあげる」
「結構です」
「冷たいね。流石に男と二人で遊ぶのはきついからなあ。そうだ。フリーの可愛い子紹介してあげるよ。それでも断っちゃう?」
間に合ってます。
そもそも私女だし。
「結構です」
「ふうん。じゃあ助けてあげたお礼に連絡先教えてよ」
「…」
…されたことないけど、きっとこんな感じなんだろうなナンパって。
流石に断りづらく、紙に書いて渡した。
「それで?君の名前は何かな?」
「日向です」
「俺が知りたいのは君の下の名前だよ」
「………………日向です」
「ガード固いなあ。おっけー。そのうち必ず教えてもらうよ。あ、あと俺は女の子しか手を出さないから安心して。よろしくね」
…よろしくしたくない。