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5月。
4月の緊張感も少しずつ抜けたのか皆肩の力が抜け始めていた。1年8組の教室も大体仲良しの固定メンバーができてきた。私はというと日浅と選択科目で日浅が仲良くなった矢田君を加えた3人で行動を共にすることが多くなっていた。
矢田君は色白、細見、小柄で眼鏡をかけた少し気の弱そうな男の子だった。
矢田君いわく、選択科目中に他のクラスの生徒にからかわれていた矢田君を日浅が助けてくれたらしい。仏頂面な日浅と違い、正直矢田君は話やすいため私としてはありがたい。
「日向君は図書委員会どんな感じなの?」
「うーんぼちぼちかな」
「ええ?」
「あんたそれ答えになってないから」
矢田君に聞かれた回答について珍しく日浅からまともなツッコミを受けた。
「今週から図書カウンター担当始まるんだけど、順番決めようにもミーティングで候補の生徒が全員揃わなくてさ。もうめんどくさいよ…。っていうかミーティング来ないとかびっくりだよ」
「わあ…大変だね。でも僕も図書委員やりたかったから本当に羨ましいな~」
確かに。矢田君は図書委員感がある。
「結局その場にいたメンバーで順番決めて候補の人が来なかった時は一人で担当するか事前に直談判しに行けって話になったんだよ。責任感…」
「どういう順番なの?吉田君も8組の図書委員だけど一緒なの?」
「いや、それぞれの部活とか最低限の考慮をされた上でアミダくじで決めたからバラバラかな。自分は来週先輩と担当になったんだけど…」
「誰?」
「…3年1組の八木先輩」
「えっ!1組でしかも3年生となんだ!良いなあ~」
良いの!?
「うーん気を遣うというか…同学年が良かったなーとは思うんだよね」
「あんた気遣えるんだ?」
日浅よりは気を遣ってるつもりだけどな。
「あはは。日浅君と日向君は本当に仲良しだよね」
「どうやったらそう見えんの?」
「…同意。はあー…気が重い。八木先輩は仲良くなるまで時間を要しそうだし…」
「僕も付き添おうか?」
「良いよ。部活あるよね?」
「矢田だと頼りないでしょ」
日浅ーーー!
ごもっともな意見だけどせっかく提案してくれたのにその物言いはあんまりだ。
矢田君の目がうるうるする。
「そうだよね…僕だと頼りないか…」
矢田君は目に見えてへこんでいる。日浅め…。
「えーっと…ありがとう矢田君。大丈夫だから。時間と共に打ち解けられるかもしれないし」
「そっか。そうなると良いね」
にこっと笑う矢田君。優しい子だなあ。
私が親ならこの子に優子という名前をつけていただろうな。
「矢田君は委員会何になったんだっけ?」
「僕は保険委員だよ」
…ってことは河井先生と遭遇率高いのか。大丈夫かな矢田君…?心配だ。
「…矢田君こそ委員会はどうだったの?」
「一緒になったクラスの人とはまだ仲良くなれてないけど…委員会は普通に皆出席してたし、頑張るよ」
応援したくなる人だなあ。矢田君。中学の時にいた学級委員長の人こんな感じだったな。
「そっか。お互い頑張ろうね」
ねーっと二人でにっこり笑顔で見つめ合う。
うん。やっぱり矢田君とは上手くやれそうな気がする。クラスにこういう子がいて良かった。
「…どうでも良いけどあんたその苦手な人とは本当に大丈夫なわけ?」
「まあ何とかなるよ。鳥木先生論で言うなら何とかするしかないよね」
「何それ調教済じゃん」
「…ちょうきょう?」
きょとんとした顔をする矢田君。
ダメだ!ピュアボーイを汚してはいけない!
「だからさ、君は本当に表現に気を付けた方が良いよ」
「は?何が?」
「…」
「何なの?あんた敏感に反応しすぎでしょ。ガキかよ」
「君にだけは言われたくない」
「は?」
「け、ケンカはダメだよ二人とも!」
私と日浅の間に身体を挟んで止めに来た矢田君。
「俺、今その人と話してるんだけど。矢田勝手に入ってくんなよ」
日浅が急に冷めた声になり矢田君を睨む。
…何でこんなに怒ってんの?
「矢田君にあたらないでよ。何でそんなすぐに喧嘩腰になるの?そういうところ本当に直しなよ」
「あんたには関係ない」
「関係なくないと思うから忠告してあげてるんだよ」
「何で?あんた俺のことは特に何とも思ってないんでしょ?急に何なの?」
…本当根に持ちやすいな。
「それはまあ言葉の文で言ったことはあるかもしれないけど…はあ。もういいよ」
「良くないんだけど」
珍しくしつこく絡む日浅。
「…次移動教室だから行くね」
腕を掴まれる。
「だから話終わってないけど」
「日浅君!どうしたの?らしくないよっ」
慌てる矢田君が視界に入ったおかげか少し平静を取り戻すことができた。
ゆっくりと日浅に視線を向けると不機嫌そうな雰囲気が伝わってくる。ダメだ。日浅の怒るポイントが分からない。
「何でそんなに怒ってるの?」
「怒ってないし」
「怒ってるよね?」
「怒ってないから」
…いやいや怒ってるだろ!?
「じゃあ何でそんなしかめっ面してるの?」
「…あんた本当…」
「何?」
「あんたと関わると本当イライラする」
「日浅君!ダメだよ今のは!日向君に謝って!」
「うざい」
「…」
最後にこちらを一瞥して日浅は教室を出ていった。おろおろする矢田君。
何なの本当…。日浅の気まぐれにいちいち付き合っていたら身が持たない。…もう気にしないでおこう。




