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 保健室に向かっていると声をかけられた。


「あれ?ちびちゃんどしたの?」


 春山兄だった。


「おはようございます」

「おはよ~遭遇率高いね~。もしかして俺達運命の赤い糸で結ばれてる?」


 こんな寒い台詞を言ってもシラケないのは春山兄の独特なキャラのせいかもしれない。

 役得だなあ。


「先輩こそ何でこんなところにいるんですか?授業中ですよね?」

「あれれ?まさかの無視?あとでマーマに慰めてもらおーっと」

「返事をするなら気持ち悪いですって言葉になりますが、流石に先輩に対して失礼な言葉だなと思ったので封印しました」

「結局言っちゃってるし~。ちびちゃんなかなか言うねえ」

「それより先輩はどうしてここに?」

「サボり~」


 私にはオブラートに言葉を包めと指摘する割にはストレートだな。


「堂々とサボりますね」

「人には厳しく~自分には甘く~って素敵な言葉だと思わない?」


 確信犯…!



 フンフンと鼻唄を歌いながら先輩は歩き始めた。


「…って先輩そっち1年の教室しかありませんけど」


 まさか春山を見に行くの…?まさかそこまでブラコンだったか!恐るべし春山兄弟…。


「ちびちゃんくるくる表情変わるねえ。かーわいい」

「ぅえっ!?」


 かっ…かわぅ!?

 悲しい話だけど、生まれてこの方一度も可愛いと言われてきたことのない私。

 双子の妹ひなたは細くて背も高くて可愛らしく思わず守ってあげたくなる印象だ。そのせいか親戚の集まりでもひなちゃんは可愛いね~渚ちゃんは逞しいね~なんて嬉しくない褒め言葉をかけられた記憶しかない。

 そんな私が可愛いなんて言葉をかけられたら、それはもう舞い上がってしまう。


「よく聞こえなかったのでもう一度お願いします」

「んふふふ。そういうとこも可愛いんだよ~」


 んおおおおおお!!!至高!!!!

 嬉しいです。


「ケンケンも見習うように調教し直さないとな~」


 一瞬不穏な単語が聞こえた気がしたが気のせいだろ。疲れてるのかなあ。


「あ、そういえば先輩。保健室ってどこですか?」

「…分からないで行こうとしてたの?」


 春山兄にしては珍しく驚いた表情をした。おお、新鮮。


「教えてあげても良いけど、1つ教えてもらっても良い~?」

「何ですか?」

「ちびちゃん8組なんだよねえ?」

「そうですが」


 何でこのタイミング…?

 8組だったら弟と関わるなとか牽制してくるつもりなのか?


「ふーん…なるほどねえ。トール君とケンケンとはどこで知り合ったの~?」

「え」

「運動は苦手でバスケ部で知り合った訳でもないんだよねえ?」

「あ~…。春山君とは寮の部屋が近くて」

「なるほどねえ。トール君とは?」


 私の口で言ってしまっても良いのか?何となく日浅の組を勝手に教えてしまうのは申し訳ない気がする。そもそも日浅本人の問題なわけで、気にしないかもしれないけど気にするかもしれないし…。うーん…。


「春山君が間に入ってくれたおかげで喋れるようになりました」


 嘘ではない。

 我ながら完璧な回答だ。


「ほーん」


 まじまじとこちらを見つめてくる春山兄。


「本当です」

「じゃあもう1つ質問して良い?」

「はい」

「鳥木先生とは何か話した~?」

「え?」


 予想していなかった名前が急浮上してきたことに驚きを隠せず、間抜けな顔になる。


「お~?その顔は何かを物語りたがっているな~?」

「なんでとりきせんせい???」


 思わず声も間抜けになる。動揺を隠せない。


「ん~?担任でしょ?鳥木先生」


 やはり言葉に詰まってしまう。

 春山兄って先生のことは流石にあだ名で呼ばないのかな?今まで統一されてただけに違和感が残る。


「えっと…まあ話したような話してないような?」

「…鳥木先生、昔男子生徒に告白されて振ってからあることないこと色んな悪い噂流されたらしいよ~」

「ええっ!何その男!だっさ!」


 心の声がそのまま漏れてしまった。


「だよねえ。しかもその噂部活経由でずーっと残ってるとこもあるらしいんだよねえ。たまに変な噂聞いても気にしちゃダメだよ~」

「勿論ですよ」


 しかし残る疑問は春山兄は何故こんなことをわざわざ私に伝えたのか、だ。


「鳥木先生バスケ顧問として優秀らしいからね~。ケンケンの成長の邪魔になったら面倒だしなあ。皆に共有しといてねー」


 そう言うと春山兄は歪な笑みをみせた。

 やはり春山兄は重度なブラコンだった。

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