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体育館に近付くに連れ、心地好い振動音が聞こえてくる。
「昨日結局一人で行ったんだよね。どうだったの?」
「基礎練習やって、試合混ぜてもらった!あ!いたいた!先輩!!」
「おっ!昨日の!」
「うっす!春山っす。こいつら俺の友達で入部希望のやつらっす!」
ちょっと!何勝手に決めてるの春山。
「だから、俺は入るか検討中っつってんじゃん。ハル記憶力悪すぎ」
「えー!」
「でかっ!春山もでかいけどお前もでかいな1年生!」
「あんた誰?」
「…あんたって…。俺は3年だぞ。年上には敬語使え」
「何で?この高校のルールって年功序列だっけ?違うよね」
「…分かった。今すぐ着替えろ。この高校の原則に基づいて従わせてやる」
「めんどくさい。帰る」
「ま…まあまあ!こいつ口ちょっと悪いんすよ。すんません」
春山が割って入った。
「…ったく春山が謝ってどうすんだよ。まあいいや。他にも1年来てるからまとめて案内する。見学だけならそこのベンチ座っとけ」
「うっす!」
「…って何で二人ともベンチ向かってんだよ!!」
当たり前だ。男だらけの部室で一緒に着替えるなんてとんでもない。一瞬でバレてしまう。着替えなんて持ってきてない。
「着替え持ってきてないので。楽しんできてください」
「何で敬語!?距離感感じるよ渚!!嫌だ!」
大型犬…そんなうるうるした瞳で見ないで…。
「そうだよハル。早く着替えて来なよ」
「いや、君は行けよ」
「は?何で?」
「春山君とゴールデンコンビだったんでしょ。付き合ってあげなよ」
「えー着替えないし」
「着替えなら予備あるし俺貸すよ!バッシュも!」
「…用意周到すぎ」
「哲ならサイズ大体同じくらいだし貸せるだろ!へへっ!…渚にはちょっと大きいかもな~ごめんな」
こちらこそごめんね。
「いや、気にしないで。ザンネンダナア」
二人に手を振り、ベンチに座り、目を瞑る。
ドリブルの音、身体に響く振動。
懐かしい…。胸が高鳴る。
「あれ?君も見学来たんだ」
「げっ…」
「おはよう。げっ、とは随分な挨拶だね。傷付くなあ」
大路ーーー!なんでここにいるの!?
「…オハヨウゴザイマス」
「あはは。何でここにいるのって顔してるね」
「エスパー…!?」
「そんな能力使えたら便利だよね。あぁ、でも人の意思を読み取るんじゃなくて人の意思を意のままに操る能力が良いなあ」
こわっ!
やっぱりこわいよ!!目が笑ってない!
「涼介。お前何でここにいるんだ?」
佐摩の声が体育館の入口の方からした。部活用のリュックを背負っている。今来た様子だ。
「おはよう、大地。部屋にいても暇だしね。見学しようかなって」
「お前も部活行けよ」
「僕の方は今日お休みなんだ」
「…お前は自主休だろ」
「ふふ。ダメ?僕がいる方が大地も嬉しいでしょ?」
「あのな…ハア。まあ良い。ボールとか結構な勢いで飛んでくるから見学するなら2階で観とけよ」
「動体視力はあるから大丈夫だよ」
「そうだったな。じゃあな」
バスケ入部希望者は皆体験を選んだようで、ベンチには私と大路の二人きりになる。
気まずい…。
「大路…君も部活入ったんですか?」
「そうだよ。何?気になる?」
「はい」
その部活には絶対に入らないように気を付けるので。気になります。
「へえ…。内緒。それより渚は体験参加しないんだね?」
違和感。
前も感じたこの感覚。
「あの…大路君に名前を名乗った覚えがないんですけど…どうして知ってるんですか?」
「どうしてだと思う?」
微笑みながらこちらを見つめ返してくる大路。
「分からないから聞いてるんですが」
「いや、君は知ってるよ」
「言っている意味が分からな」
「ねえ」
大路の目がそらされ、遠くを見つめる。
「僕が知ってるのは君のフルネームだけかなあ?」
「え…」
「どこまで君のこと知ってると思う?」
「どういう」
「どうして、知ってると思う?」
「だから」
大路の手が近付いてきて、頬に手をあてられる。
顔が近付いてきて、おでこにおでこをコツン、とあてられる。
顔近いっ!
だから耐性ないんだってば!
「だから顔近いって言って…!」
「答えはこの中にあるかもしれないね」
色々言及したいのに言葉が詰まって出てこなかった。
大路の表情の変化に気付いてしまったから。
「僕は待つよ。待つのは…得意だからね」
そう言って顔と手を離した大路はいつも通りのにこやかな表情に戻っていた。