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「年上がタイプなの?」
音楽室を出て開口一番、日浅が突飛な質問をしてきた。
思いがけない質問に間抜けな顔になってしまう。
以前私が鳥木先生について言及した時の質問と同じ内容のものだ。ストーカー発言の件といい、根に持ちやすいタイプなのか?それともオウム脳なのか?
「どうして?急だね」
「さっき音楽室で先輩と話してる時、妙に目がキラキラしてたから」
それは楽器を弾けた感動からなんだけど。
………………ん?もしかして私男色家だと思われてる!!?
「それは」
「別にどっちでも良いけど。俺には関係ないし」
バッサリと切り捨てるように言い放たれた。
…どっちでも良いなら聞くなよ!
何となく気まずい雰囲気になったように感じ、話題を変えて話を流すことにした。
「意外だったよ。君がピアノを弾けたこと。しかも上手いなんて」
音楽室での感想を率直に伝えた。ちらっとこちらを一瞥し、視線を前に戻す日浅。
「…母親がピアノの先生やってたから。その時に少し習ってただけ」
「お母さん教え方上手だったんだね」
「…別に。あんたには関係ない」
前髪から覗く瞳が、冷たい。
これ以上踏み込むなと威嚇してきている。
自分から話題をちらつかせてきた癖に。何なの…。
でも分からないでもない。知ってほしいけど知られたくない。理解されたいけど理解されたくない。期待を裏切られるのが怖いから。矛盾してるけど秘密ってそういうものだよね。
「…それよりあんたは下手すぎ。最初の演奏聴いたときピアノに恨みでもあるのかと思った」
「なんか上手い人?著名人って鍵盤叩きつけて弾いてるイメージがあったからさ。見よう見まねでやったんだ」
「あんたの言う著名人が誰を指してる言葉なのか全く分からないんだけど」
「形から入るタイプなんです」
「感情伴わずにあれは反ってこわいから。憑依されてるみたいだし。ピアノも可哀想」
ピアノも可哀想…。何かしらの愛着がないと中々出てこない表現だよね。…いや、詮索はやめよう。
「ごめん」
色々な意味を込めて言葉に紡ぐ。全ての意味が伝わるかどうか分からないけど。
「あんた意思弱いよね。ハルも。すぐ謝る」
「…?」
「そういうとこ本当にいらつく」
「うん?」
「直さないと悪い奴に浸け込まれるから気を付けた方が良いよ」
「春山君と一緒にされるのは心外だよ」
「似てるよ。あんたもハルも。危なっかしくて見てられない」
少し開いた窓から風が吹き、日浅の瞳が覗く。
また、この眼だ。少しの温かさを持ったその眼で真っ直ぐ見つめてくる。
「君は良い人なんだろうね」
思わず思ったことが口から漏れた。日浅の真っ直ぐした瞳に充てられたからかもしれない。
「は?」
ぽかんとした顔をする日浅。
「春山君は昔からの大切な友達。大切な友達の友達に当たる私のことも心配してくれてるんだよね?」
「別に」
「でも大丈夫。春山君は分からないけど私は損益勘定の分別もあるから。君が思ってるような人間じゃない」
「そう」
「うん。だから安心して」
「別に心配とか最初からしてないし」
「あはは」
「あとさ」
「うん?…わっ!?」
ぐいっと腕を引っ張られ引き寄せられる。バランスを崩し日浅の胸板にもたれかかってしまうと、そのまま耳元で囁かれた。
「あんた一人称固定させた方が良いよ」
「!!!」
くんっと匂いを嗅ぐ音が耳元で聴こえる。くすぐったい。
「シャンプーももう少しシンプルな香りに変えた方が良いと思うけど」
「…っ!耳元で喋んないで」
「…………男?」
心臓が、高鳴る。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
何に対するやばい、なのか思考が追い付かない。しかし頭の中でサイレンが鳴り響く。これは、警告音。
「そ…うだよっ!」
捕まれていない方の手で胸板を押して距離をとる。
少しの、沈黙。
「顔、真っ赤なんだけど」
相変わらず腕を掴んだまま話を続けてくる日浅。掴まれた腕が熱を帯びる。心臓がうるさい。何だこれ。落ち着け私。
「シャンプーは家にあったものをそのまま持ってきて使ったから!そんなこと指摘されなくても分かるから。それこそ君に言われる筋合いもないし、君の言葉を借りるなら、君には関係ない!」
暫く視線がぶつかり合う。
「…あっそ。俺も知らないから、あんたも知らないままでいてね」
瞳の温度が下がり、意味不明な言葉を吐き出した後、手を離し日浅は立ち去っていった。
掴まれた腕はうっすら赤く跡がついていた。