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続続・御用猫  作者: 露瀬
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同たぬき 6

「しっかし! しっかしだ! なんだ貴様! その腹は! まるで狸か土饅頭(どまんじゅう)ではないか! もう、墓に入るつもりか、なるほどな、別れの挨拶というならば、分からぬ話でもないがな! 」


 その、肉食獣の如き目を剥いて、まくし立てるアドルパスは、旧友の腹肉をつまみ、たぷたぷ、と上下に揺すっている。何かの遊びと思ったのか、ゆっこと黒雀も、嶋村老の、少々弛んだ身体のあちこちを触り始めるのだ。


「いや、たはは、これは手きびしい……しかしね、アドルパス、私は、もう二年も前に引退した身、日がな一日、ごろごろ、と、していればね、こうもなろうと、いうものなのだよ」


「馬鹿をいうな、自堕落というなら、田ノ上の奴も似たようなものだが……これはない、これはないぞ! いくら十年以上、会っていなかった、とはいえな、この腹で剣が振れるものかよ! 近付くまで、貴様だと気付かなかったわ! 」


(下ごしらえか)


 嶋村老の腹肉を弄び続ける三人を、叱りつけて引き剥がし、御用猫達は、一先ず、アルタソマイダスの館に腰を落ち着ける事にしたのだ。


「改めまして、嶋村ナリアキラと申します……ヒョーエやアドルパスとは、昔の馴染みでして、ね、私は、西の方で仕官しまして、以来、疎遠となっていたのですが……」


「土饅頭に入りに、戻って来た、という訳か」


「ゆっこ、ちょいと、おじいさまを黙らせてくれないか? 」


 先程から、話の腰を降り続ける、空気の読めない大英雄に、御用猫は孫娘を差し向けた。一言二言、短く説教をされると、アドルパスは忽ちの内に、巨体を窄めてゆくのだ。


「……そうか、アドルパスも、色々と、あったのだなぁ……」


 その姿を見る古狸は、感慨深げに、目を細め、アルタソマイダスの淹れた紅茶を、上品に啜る。最近は疎遠になっていたとは言うものの、友人の性格は、良く知っているのであろう、およそ、似ても似つかぬ母娘と、それを孫と呼ぶアドルパスに、深い事情があるのだと、既に察しているようなのだ。


(……あいつも言っていたが、確かに、これは、真っ当な大人であるな……「腰抜け」ナリアキ、か)


 御用猫は以前に、彼の師から、この古狸の事を聞き及んでいたのだが、この男は、田ノ上老やアドルパスと、互角の力を持ちながら、北嶺戦役に参加しなかった為に、不名誉な渾名を付けられ、クロスロードでの仕官の道を閉ざされたのだという。しかし、それは、混乱に乗じて暴れ回る野盗の類を抑えるためであり、戦にかまけてばかりの騎士団よりも、むしろ、周辺の村々からは、感謝されていたというのだ。


「あれはね、全くに、出来た男だよ……俺の剣は、その基礎は、彼から学んだものなのだ……二十歳までの、生き方もね……尊敬すべき、正き剣であり、そして、唾棄すべき、固い剣さ」


 脳裏に浮かぶ師の声は、笑っていたのか、それとも、蔑んでいたものか。


(まぁ、今となっては、どうでも良いか……なんか、このおっさんも、既に剣は棄ててるみたいだしな)


 最初に、この男の名を聞いた時には、まさか、敵討ちにでも来たのか、と思ったものであるのだが。よくよく考えてみれば、田ノ上老さえ知らぬ話を、西方都市国家群で暮らした老人が、耳にする筈もないのだ。


 そもそもが、剣客同士の決闘に、仇だ何だと、口を挟まれる謂れも無いであろう。


(どうにも、気にし過ぎか……最近、よく、夢に出てくるせいであろう……あいつめ、死んでからも、人に迷惑ばかり掛けやがって)


 ほう、と溜め息を吐いた御用猫は、そこで、はた、と気付くのだ。何やら、全員の視線が、彼に集まっているではないか、と。


「……何ですか、僕は、何も悪いことしてませんよ」


「ゴヨウさん、この方と、お知り合いじゃ、無いのですか? 」


「んん? 」


 そういえば、リチャードも、その様な事を言っていたであろうかと、彼は首を傾げる。この古狸は、田ノ上老の実の息子に、剣の手解きをしていた事があるのだ、その辺りの勘違いで、義理の息子である御用猫とこの老人に、何か関係があるのだと、皆は思い込んでしまったのだろう。


「残念ながら、初対面だな、大体な、俺がクロスロードに来てから、まだ十年とちょいだ、十数年、アドルパス様と会っていない嶋村さんと、知り合いの筈がないだろう? 」


「あぁ、いえいえ、違いますよ、違います、いや、申し訳ない、私の勘違いなのです……ゴヨウさんと申されましたか、貴方が、余りにも、ヒョーエの息子に、良く似ていたものだから……途中まで、そのつもりで話をしていたのです……いや、お恥ずかしい、今日は恥をかくばかりでありますな、年寄りとは、こうしたものだとはいえ……リチャード君、やはり、若いうちに、色々と経験を積んでおきなさい、私などはね、剣術のみに夢中になっていたばかりに、こうしてね、今、なんとも無様を晒しているのですから……明日は、二人に稽古を付けてあげる約束でしたが、それは、早めに切り上げて、ね、フィオーレさんとね、甘い物でも食べてらっしゃい」


「おかしな事が、増えました! 」


 ぱん、とテーブルを叩くサクラを見やり、目を丸くした嶋村老である。しかし、流石は年の功、すぐさまに、何かを察したものか、隣に座るフィオーレに、何事かを耳打ちするのだ。


「へぇっ? 」


 少々、間の抜けた声は、普段のフィオーレらしくもない、鼻から抜けるようなものであった。彼女は、驚いた様に古狸を見て、リチャードを見て、そして、真っ赤になって、床を見る。


「だから、おかしいでしょう! おかしいですとも! ええ、分かりました、明日は、私も行きますからね、喧嘩を売っているというのならもごっ」


「よしよし、サクラは俺が相手してやるからな、話進まないから、ちょっとこっちにおいで」


「……サクラお姉ちゃんは、すこし、聞き分けがないと思います」


 御用猫の膝に引き込まれた少女は、妹分からの駄目出しに、何やら衝撃を受けた様である。ぷるぷる、としばらく震えていたのだが、そのうちに、ぐったり、と大人しくなってしまった。


「あはは、これは、なんとも楽しい方達だ、ヒョーエやアドルパスが、これ程に元気なのも、頷けるというものですねぇ……いや、しかしねぇ、ヒョーエが、新婚旅行だとは……」


 古狸は、微妙な表情を見せていた。しかし、それは、今になって、年甲斐もなく若い女房を捕まえた友人に、思うところがある、というよりも。


(なにか、自身の苦悩が表に現れたような……)


 御用猫には、そう感じたのである。


「しかし、嶋村さん、これから、どうしますか? もしも、時間がとれるなら、私がオランまで案内しても、構わぬのですが」


「ああ、いえいえ……いや、そうですね……特に、期間を決めていた、という訳でもありませんが……」


「ならば、ウチに来い、田ノ上の奴は、ティーナに子が産まれて、その首が座るまで戻って来ぬのだからな、出直すにしろ、滞在するにしろ、部屋ぐらいは貸してやる……どうせ、暇な隠居生活なのだろう……その腹が萎むまでは、逃がさぬからな」


 再び、彼の腹肉を弄び始めるアドルパスは、何やら愉しげに笑うのだ。憎まれ口は叩いても、やはり、旧友との再会は、嬉しいものなのであろう。


「……そうですね、すこし、お邪魔させてもらいましょうか……アドルパスとも、ゆっくり話したいですしねぇ」


「ふん、話すのは構わんが、その腹で、果たして何分もつかな」


 にやり、と笑う大英雄は、やはり、剣での会話を御所望の様子である。


「アドルパス様、公務の方もお忘れなく……嶋村様、支度が整いましたので、今日のところは、ここにお泊り下さいませ、私の手ずからで申し訳ありませんが、お食事の用意も整いましたから」


 私服に着替えたアルタソマイダスが、捲った袖を戻しながら現れた。背後には、給仕の侍女達が続いている。


「くっ……」


「おのれ……」


 リリィアドーネとみつばちが、小さく声を漏らす。二人共に「剣姫」の意外な家事能力は、充分に承知しているのだから。


 確かに、今宵は楽しい宴になるであろう。次々と並べられてゆく皿を前に、今も愉しげに笑う嶋村老であるのだが。


 その笑顔の奥、好々爺然とした、古狸の瞳の奥に、僅かな暗がりを感じとり。


 御用猫の違和感は、増してゆくばかり、なのである。





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