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続続・御用猫  作者: 露瀬
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同たぬき 1

 クロスロードの東町、その三番大通りを歩くのは、金髪碧眼の美少年、リチャード キンブレである。十五の成人を迎え、やや、表情や雰囲気にも、男らしさや精悍さが、感じられるようになったであろうか。


 しかし、どうした事か、今日の少年には、普段のような華が無いのだ。少しばかり俯き加減に、細く息を漏らす姿は、何か、餌を貰いそびれた子犬のように頼りない。


「……もう、リチャード、いい加減に元気を出してくださいまし、なんだか、わたくしまで、滅入ってしまいますわ」


 隣を並んで歩くのは、彼に負けぬ程の美少女である、フィオーレ カイメン。リチャード少年よりも、ひとつ年下の彼女であるのだが、小さく肩を落とす、今の彼と比べてしまえば、姉弟だと勘違いする者も居るであろうか。


「……そうだね、うん、そうなのだけれど……若先生の姿を見てしまうと、何と言うか、その、申し訳ないというか」


 再び溜め息を零す少年に、彼女は呆れるばかりであるのだ。先日の仕事について、詳細を把握していたフィオーレである、隣を歩く少年が、彼の敬愛してやまぬ師匠の、その力になれなかった事を、酷く気に病んでいたのは承知していたのだが。


「もう、仕方のない人ですわね……ゴヨウさまから脇差しを頂いて、昨日までは、あんなに喜んでいたでしょう? もしかして……わたくしと二人で行く、というのが、不満なのかしら……」


 フィオーレの言葉が、尻すぼみに勢いを落としてゆく。柔らかそうな長い灰金髪を指で摘み、ぷくり、と膨らむ、艶やかな唇の側で捻り始めるのだ。


「あ、いいえ、そんな事はありません、フィオーレと一緒なのは、僕としても嬉しいのですが」


 慌てて手を振ると、リチャード少年は、彼女の言葉を否定する。フィオーレの方は、どうだか、と拗ねた様に顔を背けたのであるが、彼から見えぬ方向では、頬に紅をさし、満更でも無さそうな様子であるのだ。


「その……若先生からは、なにも聞いておりませんが……しかし、あまり、気持ちの良い仕事では無かったのだと、若先生の様子を見て、そう、理解していました……助けになれなかったのは、僕の力が不足しているから……それは事実ですし、もう、仕方ありません……ですが……」


 この少年が、気落ちしているのは、まさに、そういった理由であろうと考えていたフィオーレである。なので、これは、彼女にとって意外な発言であったのだ。


「でしたら、どうして? ゴヨウさまも、私の見る限りでは、以前の様子に、戻られたような……すこぅしだけ、戻り過ぎのような気もしますけど、ね」


 今朝の騒ぎを思い出したものか、くすり、とフィオーレは笑う。その名の通り、花のように艶やかな笑顔は、道行く者を振り返らせる眩しさである。


「……フィオーレ、笑わないで、聞いてくれますか? 」


「ええ、もちろんですわ」


 即答する少女の、その、余りの早さに、リチャード少年は、思わず笑みを零した。そして彼は、ゆっくりと自らの頬を揉みほぐし、少しだけ、ばつの悪そうな、困ったような表情にて、言葉を紡ぎ出すのだ。


「今朝の若先生は、確かに、いつもの通り、だったのです……ならば、マルティエに戻られる前に、昨日のうちに、お気持ちを切り替えられたのかと……だとするならば、その……何と言えば良いのか……」


「それは、嫉妬ですわ」


 ぴしゃり、と言い放つフィオーレは、今度こそ、本当に不機嫌そうに、つい、と顔を背けたのだ。


「もう、みなが皆して、同じ反応……口惜しいのでしょう? ゴヨウさまの支えになれなかったのが……サクラだってそう、もう、本当に、分かりやすい方々ですこと! もう! 」


 大股で歩を進めるフィオーレは、リチャード少年を置き去りにせんばかりの勢いであるのだ。しかし、それを言うならば、こうして、御用猫に嫉妬する、彼女の反応とて、皆と似たようなものであるだろう。


 もっとも、フィオーレ自身、その事には、未だ気付いていない様子であるのだが。


 苦笑して走り出したリチャード少年が、彼女の隣に再び落ち着くと、フィオーレの方も歩みを揃える。互いに、気の利く者同士、中々に、相性が良いのかも知れない。


「笑わないでと、言ったのに」


「笑ってはいませんわ、ただ、呆れただけです」


「ふふ、頬が緩んでいるよ、フィオーレ」


「え……そんな……ああっ! また、からかって、もうっ! リチャードは最近、もうっ! 」


 ぱしん、ぱしん、と彼の肩を叩くフィオーレは、確かに、楽しげな表情であろうか。しかし、何とも、美男美女の揃いなのである、これ程じゃれついているというのに、すれ違う者達の顔にも、妬みの色は見られない。


(これならば、仕方ない)


 道行く誰もが、そう思ってしまう程に、似合いの二人であったのだ。


 なのだが。


「おうおう、昼間っから盛ってんじゃねぇぞ、餓鬼どもが」


 とはいえ、全員が、そうだとも限らないだろうか。突然に背後から、柄の悪そうな声が、二人に浴びせられる。


「さっきから、天下の往来で、人目も憚らずに、ちゅっちゅこちゅっちゅこ、しやがって、なぁ、俺も混ぜろよ、妬ましいだろが」


 しかし、先を行く二人は、さして気にした様子も無い。いや、むしろ、そんな声など届いていないかの様に、楽しげに会話を弾ませながら、歩き続けていたのだ。


「……おい、せめて振り向けよ、無視されると寂しいんだぞ、というか、お兄さん馬鹿みたいだろうが」


「みたい、ではなく……いえ、何でもありませんわ、ごきげんよう、ウォルレンさま」


「お久し振りです、ウォルレンさん、今日はお一人ですか? 」


 どん、と真ん中に割り込み、二人の肩に手を掛けるのは、これまた、滅多に見ぬほどの美青年であった。金髪碧眼なのは、リチャード少年と同じであったのだが、しかし、彼がこれから、どれだけ軽薄に成長したとしても、この青年のようには成れぬであろう。


 青ドラゴン騎士が、ウォルレン バーンナドは、絵に描いて額に飾った様な、軟派男であったのだ。


「おうよ、お兄さんだって、たまには一人の時もあるのさ……んで、何処いくの? 退屈だから、ついて行ってやろうか、いや、ついて行くぞ、不純異性交遊なんてのは、騎士として見過ごせんからな、でも、どうしてもって言うなら、リチャード君には、穴場の青か……」


 全て言い終える前に、フィオーレの猿臂が、彼の鳩尾の辺りにめり込んだ。密着した状態からであったのだが、両手を組んで、腰の入った肘打ちは、見事な体重移動にて、彼女のゴリラちからを、全てウォルレンに伝えているようだ。


「ごめんあそばせ……手元が、狂いましてよ」


「ぐぅ……狂ってない、狂ってないよ……恐ろしく、いいとこに、入ったでぇ……」


「一撃で、昏倒させるつもりでしたのに」


「あたまが狂ってた! 」


 ひぃ、と怯えるウォルレンに、しかし、リチャード少年は、僅かな違和感を覚えたのだ。それを確かめるべきかと、彼は逡巡したのだが、結論が出る前に、その思考は遮られる。


「……何だ貴様は! 俺を、誰だと思っている! 」


 何やら、聞き覚えのある声に、三人は顔を見合わせると。


 一斉に、それを顰めたのであった。





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