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続続・御用猫  作者: 露瀬
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毒剣 胡蝶蘭 16

「よう、エディ君、調子はどうだ」


 膝を抱えた茶髪の少年は、大きなクスノキの下で発見された。御用猫は、彼がもう少し遠くにいるかと思っていたのだが、どうやら、この少年の体力は、平均以下であるらしい。


「……よくねーよ」


 上町の各所に存在する公園のひとつ、ロードウィル士官学校からは、そう遠くない場所であるのだが、ここは新たな貴族が誕生した際に、屋敷を建てるため確保されている、所謂「空き地」であり、あまり手入れはされていない。


「ほら、帰ろうぜ、こんな所に居たら虫に食われるぞ」


 皆が心配しているから、などと、御用猫は口にしなかった。今の少年は、人との繋がりなど、求めていないだろうから。


「……俺は……やってない」


「知ってるさ」


 どすり、と御用猫は、俯いたままの、彼の隣に腰を下ろす。太腿に空いた穴が、再び痛みを刺し込んできたのだが、その程度で、野良猫の動きは阻害されないのだ。


「あんなもんで、人が死ぬ訳無いだろう……ま、多少ふらつきはしたが、ほら、ご覧の通りだ」


 両手を広げた御用猫を、ちらり、と見やり、エディ少年は、しかし、更に深く、顔を沈める。


「……でも、マーフィーは、死んじまった……俺には、そんなつもり……」


 そこまで言うと、エディは、ぶるぶる、と背中を震わせる。小刻みに漏れる吐息は、最初、泣いているのかと、御用猫に錯覚させたのだが。


「ふふ……ふふふ……違った……やっぱ、違うよ……殺したんだ、俺が、おれが、殺したんだよ」


「そうなのか? 」


 何でもないような調子にて、御用猫が尋ねると、次の瞬間には、がば、と顔を上げるエディ少年である。


「そうさ! 俺がやったんだ! そうだよ、だって、殺してやりたいって、思ったんだ! そうしたら……そしたらさ」


 くしゃっ、と顔を歪めた少年は、今度こそ、涙を流し始めるのだ。


「そしたら……あいつが倒れて……動かなくなって……怖かった……逃げ出したんだ……でも、でも、俺は戻ったんだよ? 心配になってさ……それなのに……」


 ついに、御用猫に縋り付いたエディ少年の瞳は、確かに、救いを求めていただろうか。


「……もう、冷たくなってて……起こしたのに、何回も起こしたんだよ、また、ふざけてるんだろうって、あいつは、よくやるんだ、俺をからかって、馬鹿にして……なのに、なのに、たった一度、取り巻きどもに殴られたからって、裏切ったんだ! 俺を裏切って、文句を言うんだ! お前のせいだって! そんなのねぇよ! ひでぇよ!」


 少年は御用猫の襟を掴み、がたがた、と前後に揺さぶる。鼻水と唾を飛ばす少年は、三年分の怒りと悲しみを、全て吐き出す勢いなのだ。


「……ひでぇよ……そんなのって、ないよ……おれたち、ともだちじゃ、なかったのかよ……」


 御用猫は、すすり泣きを始めた彼の後頭部に、そっと手を置いた。今の少年からは、殺気を感じない、どうやらあれは、エディ自身に対し、向けられていたものだろうと、理解するのだ。


「どうだろうなぁ……今となっては、分からんがな、だがな、エディよ、俺と最初に会った時の事を覚えてるか? 俺が声をかけても、殺すぞ、とか言って、お前は攻撃的だったろう……人間な、興奮してると、思わず、誰かに当たってしまうものさ……マーフィーも、そうだったのであろう、次の日には、ばつの悪い顔して、お前に謝ってきたはずさ……きっと、な」


「でも……マーフィーは、もう、死んじゃったよ……俺が、おれのせいで……」


 腕を掴む手に力を込め、エディ少年は、ぶるぶる、と震えるのだ。しかし、これはもう、少年の責任では無いだろう、後は、彼自身の誤解を解いてやれば、一先ずは落ち着くはずである。


(まぁ、問題は先送りになってしまうがな)


 それでも、彼が犯人では無いと確信した御用猫は、胸の内で安堵の息を漏らすのだ。みつばちでは無いが、なんとも甘い事だと、彼は自身に呆れるばかりである。


「お前のせいじゃないよ……エディ、俺はな、マーフィーが死んだ事について、調べる為に、この学校に来たのだ……従兄弟だなどと嘘をついてな……彼が死んだのは、お前のせいじゃ無い、死因は毒なのだ、外傷もあった、今の話が嘘でないなら、お前が目を離した隙に、マーフィーを殺した奴が、他に居るのだ」


 ぴた、と動きを止め、エディが顔を上げる。何か、惚けたような表情は、おそらく思考が止まってしまったのだろう、半開きにした口からは、涎も垂れていた。


「だから、しゃんとしろ、お前に聞きたい事がある、マーフィーを殺した奴に心当たりは無いか? そいつはな、更に騎士を二人、学校内で殺しているのだ、毒殺だ、お前を利用したのかも知れない、変わった奴に、覚えは無いか? 俺の他に、お前に接触してきた人間を憶えていないか? 」


 いちどきに説明したせいであろうか、エディの脳は、状況に追いついていない様子である。しばし、ぐるぐる、と目を回していた少年であったのだが。


「エディ君! 」


「……フゥーディエ……」


 ぱたぱた、と小走りにて近付いてくるのは、フゥーディエとショー少年である。なんと、鼻の良い子供達である、かなりの差を付けていた筈なのだが、此処まで追い掛けて来たのだ。


「エディ君、良かった……大丈夫? どこも怪我とか、してない? 」


「くそ、貴様、おかしな真似をしやがって、まだ足に違和感があるぞ、そんな呪いが遣えるなら、最初から抵抗しろ! そうすれば、俺も嫌な思いをしなくて済んだのに! 」


 エディの横にしゃがみ、その身体を撫で摩るフゥーディエと、なにやら、よく分からぬ文句をつけるショー少年である。しかし、これでは、もう、込み入った話は出来ぬだろうかと、御用猫は、エディの肩を軽く叩いて立ち上がるのだ。


「何だ、エディ君は人気者だな、そうだ、頭が混乱してる今の内に、ショーさまに謝っとけよ、こう見えて、こいつは簡単な男だからな、文句は言うが、許してくれるさ……いや、むしろ、あちらからも謝ってくるかな? 」


「ね、猫! 貴様、余計な事を……」


「……フゥーディエだ……」


 笑う御用猫と、顔を赤くして、彼に掴みかかるショー少年を、ぼんやり、と眺めたまま、エディは、ぽつり、と零すのだ。


「あ、何だって? 」


「……フゥーディエだ……いつも、俺の側に……あれ? 力の向け方と、広げ方……手を握って……春花の術? ……あれ、なんだ、これ……憶えてる……」


 御用猫は、ショー少年を突き飛ばし、愛刀の井上真改二に手をかけたのだが、それを半ばまで抜いた所で、ぐにゃり、と膝が折れた。


 普段の彼ならば、間に合っていただろうか。


「え、猫さん? 大丈夫? 」


 突然に膝をついた御用猫に、少女は心配そうな目を向けてくるのだ。エディは頭から地面に倒れ伏し、ショー少年も、呻きながら崩れ落ちてゆく。


「え、え、みんな、どうしたの? 大丈夫? 」


「ぐう、これは……まさか……」


 よろめきながらも抜刀し、御用猫は、それを地面に突き立てた。一度受けた技である、何とか抵抗しようと試みたのだが、どうやら、根本的に、呪いとは別の力であるようだ。


「猫さん、どうしたの、本当に、大丈夫なの?」


 震える御用猫を案じる少女であったのだが。


「……よく、頑張るね」


 その唇の端は、少しばかり、上がってきたようなのだ。


 



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