毒剣 胡蝶蘭 12
「ふむ、それで貴様は、どうしたいのだ」
アドルパス邸の客間にて、御用猫とアドルパスは、打ち合わせを行っている。これまでの調査結果と、現状の報告をしただけの、簡単なものであったのだが、アルタソマイダスは、少々怠惰な彼に対して、これを義務付けていた。
「どう、と言われてもですね、とりあえずは、もう少し調べる他はないでしょう、そもそも、怪しいと思ったのは、私の勘であってですね、まだ彼が犯人とは、決まっておらぬのですから」
確か、今回の仕事は、彼女の「お願い」であった筈なのだが、と、御用猫は、剣姫の強権的な態度に、思うところが無い訳でもないのだ。しかし、金を取ると言った以上、雇い主の意向も、聞き入れねばならないだろうか。
(まぁ、こうした事態ならば、多少、止むを得ぬところもあるか……アドルパスもそうだが、いつもより、余裕が無い)
「ぬるいな、その餓鬼をひっ捕らえて、吐かせれば済む事であろう」
「ほらきた」
思わず声に出してしまった御用猫の頭を、テーブル越しに、がっし、とアドルパスの手が掴む。生命の危機を感じた彼は、即座に謝罪し、この、熊ライオンの気を逸らすために、話を続けた。
「私が現地で調べた感触では、どうも、今回の件、姫様を狙ったものでは無さそうなのですよ、テンプル騎士が殺されたのも、偶然やも知れぬのです、仮に、敵が王女の護衛を排除した、というのであれば、次に狙われるのは、むしろ私でしょう……それに、仲間が居ないとも限りません、下手にエディを確保した場合、姫様にも、いらぬ危険が及ぶ可能性が……」
「なればこそ、しゃん、とせい……貴様は、殿下のお守りも、いい加減だと聞いているぞ……何処かの小娘にかかりきりで、送り迎えもしないとな……その辺り、分かっているのか? 」
流石に、電光の眼力である、ぎろり、と睨まれた御用猫は、巣穴の出口で虎に出くわした穴兎の如くなのだ。これは、フィオーレの告げ口か、それとも王女からの嫌がらせだろうか。
「それは、ええ、もう、充分に承知しておりますがね……しかしですね、これは分業なのですよ、守りはフィオーレ、しかし、私の仕事は「攻め」なのです、二人して護衛をしていたのでは、後手後手に回るだけかと」
汗をかきかき、御用猫は説明を続けた。しかし、これは早めに動かなければ、王女の前に、自身の生命が危ないであろうか。
(おのれ、やはり、引き受けるべきでは、無かった……アルたそめ、次は、決して騙されぬからな)
彼女からの呼び出しも、次回からは無視しようと、そう、御用猫は心に決めるのだ。
「まぁ良い……そもそも、殿下をお止め出来ぬ俺にも責任はあるのだしな……しかし、なんとも奔放にお育ちなされたものだ……昔は、じいや、じいや、と……」
少々呆れたように、溜め息を吐き出し、まだ、シファリエル王女が聞き分けの良い娘であった頃を、懐かしむ様子のアドルパスであったのだが。言葉とは裏腹に、その、だらしなく緩めた頬が、彼の心情を吐露しているだろう。
「……なぁ、アドルパス様よ」
「ん? なんだ」
面倒な話は終わりだとばかりに、ぐい呑みに酒を注ぐ御用猫である。アドルパスは、片方を受け取ると、それをひと息に飲み干した。
「あの、姫様が、奔放に見えるのか? 」
「それは、シファリエル殿下の事であるか……うむ、思い起こせば、最初に襲われた時から、お変わりになられたような……おいたわしや、その時の恐怖が忘れられぬのか……あの自由な振る舞いも、いつまた狙われるやも知れぬ、ご自身のお立場を理解なさったから、であろうか」
以前、国王と王女二人の暗殺未遂事件が起こった際に、その場に居合わせなかったアドルパスは、未だ、その事を悔いている様子であるのだ。犯人はロンダヌスであろうと決め付け、単身飛び出そうとした彼を宥めるために、三十人以上のテンプル騎士が被害を被ったと、御用猫はアルタソマイダスから聞いたことがある。
「自由でも、奔放でも無いよ」
くい、と御用猫は、追いかけるように酒を呷り、二人分の酒器を再び清酒で満たす。やはり、子供の身体には、少々、酒の回りが早いであろうか、と彼は感じていたのだが、その感覚も、新鮮ではあるのだ。
「うん? それは、どういう事だ」
こちらは底無しのアドルパス。再び酒を飲み干すと、手酌にて次盃を満たしてゆく。
「二人とも、まだまだ、餓鬼のままさ……見てくれだけは、随分と立派になったがな、それでも、籠の中で、きゅうきゅう、と鳴いているよ……出してはやれぬのでしょうが、分かってやれる人間は、必要なのです……まぁ、もう暫くは、おじいさまが、助けになってやってください」
「む、それは……そうか、そうかも知れんな……いかんな、どうにも、近過ぎるのか、それとも、お二人が、しっかりとし過ぎているからか……そういった事にも、気を回して差し上げねばな……」
酒の満ちたぐい呑みを、口に運ぶ途中で止めたままに、アドルパスはその水面を、回しながら見つめている。その表情は、テンプル騎士団団長としてではなく、なにか、家族として、娘や孫を案じるものに、似ていたであろうか。
「おう、辛島よ、やはり貴様は近衛に入れ、殿下の側仕えとして働くのだ」
突然放られた言葉に、かくり、と御用猫は傾くのだが、これは酔いのせいではあるまい。
「やだよ、何でだよ、いいからやれよ、それは、おじいさまの仕事だろう」
「馬鹿野郎、きさま、いつまで老人に頼るつもりだ、貴様がやれ、貴様が、辛島ジュートは、殿下の勅命騎士であろう」
「いやどす、面倒くさい、そうだ、リチャードを回してやるから、そっちに頼んでくださいね」
「ん、リチャードか……そういえば、そろそろ、ゆっこと婚約もせねばならんな、日取りはどうするか、田ノ上が戻ってくる前に決めてしまおうか」
「あ、それなんですけどね、奴め、最近はフィオーレにも浮気してるみたいですぜ、他に、エルフの娘もたらしこんでるし……全く、とんだすけこましだ、一体、誰に教わったのやら」
「何だと! 奴め、責任を取らぬつもりか! おのれ、明日にでも話を付けに行かなければ、いや、稽古をつけてやるべきか、その軟弱な性根を、叩き直してやろう」
「いいぞ、やれやれ……あ、そうだ、稽古といえば、あんまりゆっこを鍛え過ぎないでくださいよ、昨日、こっそり覗いたら、なんか、ヒエンソードの練習してたんだけど」
「お、分かるか、流石は俺の孫だ、中々に才能がある、もう、カイエンまでは振りこなすぞ」
「だから、それをやめてくれって言ってんですよ、サクラとかフィオーレみたく、ゴリラになったら、どうしてくれんだよ」
「近衛に入れればよいであろう」
「ばかやろう」
ついに、すぱん、とアドルパスの頭を叩いた御用猫であったのだが、孫自慢の最中である、このおじいさまは、その程度で機嫌を損ねる事は無い。
しかし、先程の話をアドルパスから聞いた三人に、御用猫が懲らしめられるのは、そう遠くない未来であったのだ。




