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続続・御用猫  作者: 露瀬
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毒剣 胡蝶蘭 10

「ひっ、ぐ、えっ……もぅ、むりぃ、はしれ、なぃ……」


 銀髪の少女は、遂に膝を折り、下草の茂る林の中に両手をつくのだ。げこげこ、と胃の中身を吐き出したのは、疲労の為だけではあるまい、見るからに上等そうな外向きのドレスも、股間のあたりが薄汚れていたのだから。


「駄目、足を止めないで! 立って、はやく、追い付かれたら、殺されてしまうのよ! 」


 倒れ込んだ少女を、もう一人の少女が強く引き起こす、良く似た顔付きと、美しい銀色の髪が、彼女らの血縁を示していた。二人とも、いかにも育ちの良さそうな娘であり、肌の色など、果たして今まで、日光に当たった事があるのだろうかと、疑いを持つ程なのだ。


 泣きながら、それでも何とか立ち上がった少女に、もう一人の銀髪少女が肩を貸す。こうして並んでみれば、支えている方の少女は、やや髪が長いであろうか。


 しかし、二人共に憔悴しきっている事には間違いない、まだ年若く、遊び盛りではあるのだろうが、このような状況で走った事など、一度もないのだ。何しろ、裸足で林の中を駆けるのも、武装した狼藉者に追われるのも、目の前で人が死ぬのも、何もかも、初めての事であったのだから。


 突如、背後から、がさがさ、と枯れ木と草を踏み荒す足音。泣いている少女には聞こえなかったようであるが、髪の長い、しっかりとした方の少女は、どきり、と肩を震わせ、振り返る。


「くそッ、まだ、こんな所に居たのか、ちんたらしてんじゃねえぞ! 」


「猫さん! 」


 髪の長い少女は、安堵の声を漏らすのだが、どうも、これで一安心とは、行きそうにもない。林の奥から現れた黒髪の青年は、全身血塗れにて息も荒い、何より、左腕が、だらり、と下がったままで、全くに動かぬ様子であるのだから。


「猫さん、怪我を……」


「いいから走れ、北に抜ければ、テンプル騎士どもがいるはずだ」


「は、はい」


 用意周到に、計画された襲撃であった。おそらく、内通者も一人や二人ではきかぬであろう、北嶺戦役での、戦没者の慰霊は、毎年日を変えて行われていたのだが、日時から道順まで、全て筒抜けであったのだから。


 なにやら情勢が不安な昨今、安全の為にと、急遽、予定を変更したのは、誰が言い出した事であったか。銀髪の少女は、普段ならば、容易く思い起こせるその記憶に、まるで靄がかかっているかの様な、曖昧さを覚える。


(そうか、思考を阻害されて……大規模な呪術結界……これは、エルフ族の呪い? )


 酸素が足りない、糖分も不足している、林の中を駆け回ったせいで、足の裏も、膝から下も切り傷だらけなのだ、それに加えて、この呪いである。なので、いくら回転の速い彼女とて、それ、に思い至らなかったのだ。


 例え近衛とて、テンプル騎士だとて、今は信用すべきでは、無いのだと。


「あぁっ、リッケ! リッケぇ……」


 涙でくしゃくしゃになってしまった、隣の少女が、倒れこみそうな勢いで、前に飛び出る。林を抜けた先に現れたのは、彼女らが最も信頼を置く騎士、昨日はぐれてしまった、近衛騎士団団長、リッケ バイバンであったのだから。


「姫様! よくぞご無事で! お前達、殿下をお守りしろ」


 酒樽の様に太い身体、金属鋲を打ち込んで補強したテンプル騎士の白服、茶金髪を油で後ろに撫で付け、まるで発条のように、くるり、と跳ね上がった立派な口髭。大英雄たる電光のアドルパス、その剣術の師であり、クロスロード最高の騎士と謳われる、偉大な戦士、リッケ バイバン。


 高潔な魂と、不屈の精神とが、鋼の肉体に同居する漢。


「……狙いは、外さぬように」


 その目が、赤く、まるで血のように赤く輝いていた事に、王女達は、気付けなかった。


「くそっ! 」


 咄嗟に飛び込み、少女二人を庇う黒髪の青年。その背中に、弩弓の矢が数本、低い音を立てて突き立った。


「……あはっ」


 長い銀髪の少女は、遂に、ぺたり、と、その場に腰を落とした。彼女に合わせるように、黒髪の青年もずり落ちて、そのまま動かなくなる。


「おう、見事なり、野良猫め……しかし、なんだ? 妙に脆い……以前とは、まるで、別人では無いか」


 まあ良いか、と発条髭を伸ばすバイバンは、にっこり、と王女達に笑顔を見せる。長い銀髪の少女が、いつも揶揄っていた、酔っ払いのような笑顔、である。


(あぁ、終わった……なんて、呆気ない……)


 まるで他人事のように、彼女は感じていた。いかにしっかり者だとて、彼女はまだ八歳になったばかり、自分が、今から死を迎えるなどと、信じられる訳もないのだ。なので、彼女は、ぼんやりと眺めていたのだ、隣で、ゆるゆる、と立ち上がる、自分の姉を。


「まって……待ってください、妹と、猫さんは、関係ありません」


 先程まで、ぐずぐず、と泣いているばかりであった、彼女の姉は、両手を広げ、倒れた二人を庇うように、前に進み出る。片脚を引き摺っているのは、右の太腿に、矢が刺さっているせいか。


「関係無い事はないでしょう、忌まわしい王家の血は、此処で絶やさねばならぬのですから……そこな野良猫めは、まぁ、私怨にて」


「リッケ、いえ、バイバン、お願いです、妹はまだ子供なのです、このまま、見逃してくれるのならば、私一人で許してくれるのならば、リエルは、田舎に隠れ、二度と表に出ぬように、約束させます、だから……」


 クロスロード第二王女、シファリエル ジ オ ロードスルサスは、所謂、天才児であった。何をやっても、何を学んでも、物足りなさを覚え、皆には、しっかり者だと言われてはいたが、その実、他人を恐れさせぬように、子供らしく「手加減」して、普通の優等生を演じていた程であるのだ。


 なので、彼女は、どこか他人を見下していた。実の姉すらも、次期国王として相応しくは無いだろうと、見くびっていたのだ。


(そっか……これが、器、なのかぁ)


 普段は、ぽやぽや、とした、昼間から夢見る少女であった筈の姉が、未だに、ベッドの中に絵本を持ち込み、夜中に、にやけながら読んでいる、あの姉が、武装した裏切り者達相手に、一歩も引かず、自分を守ろうとしているのだ。


(……お願い)


 近衛騎士団団長、リッケ バイバンは、ふぅむ、と、なにやら感服した様子にて、自慢の発条髭を伸ばし。


「いや、お見それしました、大した王器……しかし、そうですなぁ、他ならぬ姫様の頼み事ではありますし……」


(お願い、誰か……神様、六柱の神様)


 にっこり、と笑うのだ。


「私とて、鬼ではありません」


(英雄を……お願い、姉様を救う、勇者(ヒーロー)を……)


 その額に、血管を浮かべ、牙を剥いて。


「華族として、生まれ変わったのですからな! 」


「誰かっ! 助けてぇっ! 」


 絞り出した叫びと同時。一斉射の合図に、ばっ、と手を振り上げたバイバンの、その喉に、太刀が突き刺さった。


「あがっ? 」


 ゆらゆら、と立ち上がったのは、黒髪の青年である。


 黒髪黒目、中肉中背、ただひとつ、目立つ特徴といえば、顔面を斜断する、大きな向こう傷。


「……ちくしょぅ、痛え……なんでだ、なんで、こんな目に……鈍ったからだ……びびってるからだ……ちくしょう、殺してやる……食らいつけ、喉笛を食いちぎれ……はらわたを、引き摺り出せ……」


「ごはっ、やる気になったか? 良いぞ、良いか? ……てェい! 」


 太刀を喉から引き抜いたバイバンの合図に、周囲を囲む騎士から、弩弓の矢が放たれる。それは、黒髪の青年に、次々と突き刺さり。






 アルタソマイダスに、そっと揺り起こされたシファリエル王女は、ぼんやりと目を覚ます。何やら、夢を見ていたような気もするのだが。


「殿下、そろそろ、お支度を」


「ふぁい」


 空中庭園に、新たに備え付けたハンモックであったのだが、これは、すぐさまに撤去されてしまうだろう。何しろ、自分を見つめる姉の目は、随分と呆れている様子なのだから。


「リエル、良い夢を見るのは構わぬが、人前で、その顔は見せぬように」


「ふぁい……ねぇ、姉様、敵の腹を食い破って、内臓を口に咥えた勇者様って、あり、かな」


 妹からの、突然で、あまりな質問に、流石のシャルロッテ王女も、少々、心を乱したようであったのだが。


「……仮に、そのような勇者様がいたとして……絵本には、出来ぬであろうな」


「だよねー」


 彼女の姉は、覚えていないようである。


 ならば、やはり、あれは夢であったのだろう。


 そう、彼女は結論付け、黒髪の少女に変装するべく、下界への階段へ向かうのだった。





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