毒剣 胡蝶蘭 8
「ふぅん、エディ君は、そんな昔から虐められてたのか」
「うん……私が入学した頃には、もう、ショーさまに目を付けられてたみたいで……」
フゥーディエと並んで歩きながら、御用猫は、歯で咥えて串から肉を外し、残りを彼女に手渡した。少々、はしたない真似ではあるが、庶民にとっては、別段、珍しくも無い光景であろう。
金の無い学生ならば、なおの事であるのだ。事実、フゥーディエは自然にそれを受け取ると、隣の肉に口を付けぬよう、気を付けながらも、同様に一切れだけを食べると、串を戻してきた。
「しかし、なんでまた、ショーさまは、そんなにエディ君を目の敵にしてるんだろうな」
「それは、エディ君が、特待生だから、かも」
「特待生? なんだそれ」
彼女は、少しばかり驚いた様子であった。大英雄アドルパスの紹介で入学してきた御用猫も、そうであると、思い込んでいたのだろう。
貴族学校に平民が入学する為には、二つの方法がある、それは、金と、実力。つまり、豪商富豪の子息が、将来の縁故の為に入学してくる場合の他は、全て、推薦入学であったのだ。
「知らないの? えっと、例えば、エディ君や私は、呪いが得意だから、学校の方から、うちのお父さんに話が来たみたいで」
「なるほど、知らないな……その辺りの事は、親任せにしてたから」
なら、俺は剣術だな、と御用猫が笑うと、彼女は呆れたように、しかし、どこか羨ましそうに笑うのだ。
「猫さんは、凄いね……貴族さまとも、平気で話せるし……やっぱり、強いから? 」
「ん、どうかな……そうだな、開き直ってるから、かな? いざとなれば、故郷に帰れば、良いだけだしなぁ、最悪、一人でも、なんとかなるし」
「へぇー、なんだか、大人だね……あ、今日は、ここまででいいよ、あんまり家の近くだと、あの、ね、噂になっちゃうから」
少し頬を赤らめたフゥーディエは、ととっ、と小走りに前に出ると、鞄を後ろ手に、小さく手を振るのだ。
「また、明日ね」
「おぅ、また明日、気を付けて帰れよ」
ぱたぱた、と走り去る少女を見送り、御用猫は、上町のアドルパス邸を目指す。先程の半分こした串肉だけでは、少々物足りないと、手近な屋台で、焼き饅頭を一つ購入する。
「はんぶん」
「うわっ」
振り向いた先に立っていた、白いワンピース姿の黒エルフに、御用猫の心臓が跳ねる。こうして、彼女が突然に現れるのも、久し振りの事であろうか。
「なんだ、いきなり出てくるなって、いつも言ってるだろう」
「はんぶん」
梵字を隠している為、真っ白な肌の黒雀は、小さな手のひらを上に向け、短く主張するばかりであるのだ。
「どうした、お腹空いたのか? なら、もう一つ買って……」
「は、ん、ぶ、ん」
ずい、と突き出される小さな手には、絶対に退かぬとの、強い意志が込められていた。よくよく見てみれば、何やら機嫌も悪そうなのだ。
(ううん、元から、自己主張は強い奴であったが)
黒雀が、このような態度を見せるなど、初めてではなかろうか。何か気圧された御用猫は、ヨモギが練りこまれた皮の饅頭を半分に割り、彼女の手に乗せてやる。
「うぃ」
黒雀は、満足そうにそれを受け取ると、ぱくり、と噛り付いた。しかし、もごもご、と咀嚼した後に、饅頭の残りを御用猫に手渡してくるのだ。
「食べる」
「……いや、先生ちょっと、意味が分からないなぁ」
じっ、と片目にて御用猫を見詰める黒雀には、何か、有無を言わせぬ迫力があるだろうか。
「た、べ、る」
「はい」
ここは、とりあえず素直に従うべきであろう、御用猫は、そう判断し、饅頭にかぶりついた。焦げ目が付くほどに挟み焼きした扁たい饅頭は、甘さの控え目な餡子とヨモギの、見事な調和を、口内に生み出すのだ。
(うん、うまい……美味いが……なんだこいつ、なんで、こんなに見てくるんだ……)
饅頭を食べる姿が、そんなに珍しいとでも言うのか。などと、御用猫は頭の上に疑問符を浮かべていたのだが、ふと思い立ち、食べ残しの饅頭を、黒雀に戻してみる。
「ふき」
口に饅頭を咥えたまま、彼にしがみ付いてくる黒雀の、柔らかな黒髪を撫でながらも、御用猫は首を傾げるばかりであるのだ。
「半分」
ずい、と突き出された、みつばちの手をはたき、残りの饅頭を齧りながら、御用猫は帰路につく。
なにやら臍を曲げたくノ一は、御用猫がついに折れ、屋台で串肉を購入するまで、半分、半分と、呪いのように、つぶやき続けたのだった。




