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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 7

 クロスロードの新王城、蒼天号の尖塔のひとつ、蒼穹の塔。ここは天辺の屋根を取り払い、芝生と花壇、小さな東屋と、奥森から運び込まれた一本の櫂の木により、庭園が形作られていた。


 壁は無く、木製の手摺りに囲まれ、首都を一望する事のできる、この「空中庭園」は、見晴らしこそ格別であるのだが、高所を苦手とする者には、少々近寄り難いであろうか。


(最初は、足が竦んだものだが)


 しかし、ひとたび慣れてしまえば、まさに、別世界の眺めであろう。リリィアドーネは、シャルロッテ王女の手ずからに淹れた紅茶を口に運ぶ、ふわり、と香る茶葉と、これは、何か香草の匂いであろうか。


(お茶の淹れ方も、習った方が良いだろうか……そういえば、あの人も紅茶だけは、好んでいるような)


 まさか、シャルロッテ王女に習うわけにもいかぬであろうが、と、リリィアドーネは、心中にて苦笑するのだ。この、空中庭園での、ささやかな茶会は、王女の唯一の楽しみであり、息抜きであり、また。


「アルタソマイダス、その後の調べは、どうか」


 余人に聞かせる事の出来ぬ、内密な打ち合わせの場でも、あるのだ。


「は、情報の出所は、未だ不明です、しかし、取り逃がした間者は、おそらく、ロンダヌスの者かと……」


「そうか……我がテンプル騎士を疑うのは心苦しいが、こうも不祥事が続けば、アドルパスの嘆きも、分かるというもの……くれぐれも、調べには、妥協無きよう……」


 リリィアドーネは、頭を下げ了解の意を示すアルタソマイダスから、王女に視線を移す。


(……それにしても、なんたる美しさ、だろうか)


 ほう、と口から零れた吐息は、紅茶の熱が理由ではあるまい。


 シャルロッテ ジ オ ロードスルサス。病に伏せる現国王に代わり、実質的なクロスロードの国家元首を務める少女。


 リリィアドーネとは、同じ歳であるはずなのだが、その威厳たるや、一癖も二癖もある、王宮の妖怪達も、思わず頭を下げる程であるのだ。クロスロードの至宝と称され、その姿を一目見ようと、大陸中の王族から、面会希望は後を絶たない。


 肩まで伸びる銀髪は、まるで重さを感じさせぬ細やかさで、ふわり、ふわり、と緩く波打ち、青玉にも例えられるその碧眼は、観る者の魂まで吸い込んでしまいそうな、深さと、透明度なのである。妹のシファリエル王女や、アルタソマイダスと共に「四美姫」などと称えられるリリィアドーネではあるのだが、正直、彼女らと並び立てば。


(……私ごときに、あのような市井の評価……本人達を目の当たりにした事が無いからこそ、で、あろうな)


 茶器を手にする、自らの硬く膨れた剣だこに目をやり、リリィアドーネは、再び、心のうちに苦笑するのだ。


 しかし。


(それで構わない……わた、私には、わたしだけを、見てくれる、ひ、ひとが……ぐぅ)


 思わず、頬が緩みそうになり、彼女は歯を食いしばるのだ。殿下の御前で、なんたる気の緩みようか、と、自らを叱咤しながら。


 僅かに頭を振り、気をとり直そうと、紅茶を口に含む。


「そういえば、リリィを賭けて、また決闘するんだって? 辛島ジュートが」


「ぶふっ」


 はしたなくも、紅茶を噴きこぼし、リリィアドーネは、自らの薄い胸を叩く。少し気管に入ってしまったのか、むせながらも非礼を詫びようと、頭を下げた。


「も、もうし、ごほっ、ありません、んんっ、このような! 」


「あはは、もてもてだね、でも、辛島ジュートって、私、ちゃんと見た事ないんだよね……ねね、どんな人なの? 格好良いの? 姉様は叙任式もしないって言うし、ちょっと、気になるんだよね」


 けらけら、と、屈託無く笑うのは、クロスロードの第二王女、シファリエル ジ オ ロードスルサス。姉によく似た美しい顔立ちであるが、まだまだ、幼さの方が勝っているだろうか、緑の強いその瞳に、いたずらっぽい光を湛え、楽しそうに、リリィアドーネの醜態を眺めている。


「リエル、また盗み聞きか、感心せぬが」


 シャルロッテは、咎める様な視線を妹に送る。彼女は、言葉遣いこそ、王のそれであるのだが、口調は柔らかく、こうして注意する際にも、高圧的な印象は受けないだろう、むしろ、高貴さの中にも、耳にすんなりと通る、心地良ささえ覚えるのだ。


「だって、姉様、前の決闘の時には、遠くからだったし、直ぐに消えちゃったし、ガリなんとかの替わりに、テンプル騎士に入れたって聞いたけど、姉様の勅騎とか言って、お城にも顔出さないんだもの、街では噂になってるよ? 学校でだって、良く話題になってたもの、気にするなって言う方がむりだよぅ」


 小さな握りこぶしを、細かく上下させ、シファリエルはその不平不満を表現している。


「ごほっ、シファリエル殿下、それは、誤解というものです、確かに、テンプル騎士ハボックは、立ち合いを望んでいる様なのですが……ね、辛島殿には、まだ、話もしておりません、そもそも、決闘なぞ、する必要が」


 テーブルを拭き終え、ようやくに、平静を取り戻したリリィアドーネは、気持ちを切り替えようと、再び紅茶を口にする。


「そうだよねー、決闘するなら、リリィとアルタソだよね……ね、どっちが正妻になるの? 」


「ぶふぅっ」


 再び噴き出したリリィアドーネは、鼻に入ってしまった紅茶を手で押さえ、地面に膝をつき、咳き込み始める。


「リエル、憶測で語るのはよしなさい……誰か、布巾を」


 ぱん、と手を叩き、シャルロッテは自らかけた、遮音の呪いを解く。この空中庭園には、他にも制温や防風の呪いもかけられているのだが、それらは全て、王女自身の力で行われた術式であったのだ。


 祈りの神子でもあるクロスロードの王には、六柱の神から、特別な力が与えられるという。そういった伝説ではあるのだが、少なくとも、シャルロッテ王女には、確かに、呪いの才があるだろう。


 階段で待機していたものか、即座にメイド服の侍女が現れる。ここはシャルロッテ王女の私的な空間であり、今居る四人の他には、専属の庭師と呪術師、あとは数人の侍女以外に、立ち入る事は許されぬのである。


「ごほっ、も、申し訳、ごほっ、お見苦しい、ところを」


 涙目のリリィアドーネは、余りの恥ずかしさに、王女と目を合わせる事も出来なかったのだが、もし、その目を見ていたのならば、彼女の瞳の中に、僅かながら、不機嫌さを見とる事が出来たであろうか。


「よい……しかし、そうか、アルタソマイダスよ、先の話、辛島に申し付けよ……名誉騎士の働きに期待する、と添えてな」


「は、そのように」


 御用猫の話題が出た為に、顔を上げたリリィアドーネであったが、そこで目にしたのは、既に、いつもと変わらぬ、美しき、王女の姿であったのだ。





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