毒剣 胡蝶蘭 4
クロスロードには、いつくかの貴族学校が存在するのだが、その中でも最古の歴史を誇るのが、このロードウィル士官学校である。上町のほぼ中央に存在し、貴族や富豪の子息が集まる、この学び舎は、クロスロードでも名門とされ、多くの名騎士や政治家を輩出しているのだ。
「本当に? アドルパス様の紹介なのか」
「おお、うちの親父と色々親交があってな、田舎から出てきて、屋敷に間借りしてるのさ、しかし、あの熊親父も大した事は無いのだぞ、適当にあしらえば、何とでもなる手合いさ、ワハハ」
学友に囲まれ、質問責めに合う御用猫であったのだが、その、何とも堂々たる態度は、既に学級の中心たる存在感を放っているのだ。途中編入とあって、最初こそ警戒されたものであるのだが、そこは野良猫の社交術、うまく取り入り、たった一日で、周囲に溶け込んでしまったのだ。
「まじか、なら、アルタソマイダス様やリリィアドーネ様とも、お近づきになれるのか? 本当なのか、羨ましい……」
「あぁ、よせよせ、あいつらは、本当に鬼だぞ、俺も剣術には、多少、自信あったのだがな、あれらは、そう、鬼だ、まじでな、手加減というものを知らないからな」
「そうなの? でも、凄いね……フィオーレさんとも、知り合いなんでしょう……あぁ、羨ましい……」
どうやら、この学校では、フィオーレも神格化されているようだ。御用猫を案内した彼女が、この学級へ現れた時など、歓声が湧き上がったほどである。少々、面食らう事ばかりではあったのだが、彼は、この貴重な体験を、楽しむ事にしていた。
(なんと、純粋な奴らばかりであるな……それとも、この学校では、そうなのかな、もう少し、絡まれるかと思ったのだが)
濃い灰色の制服は、騎士の着ているものと良く似た意匠であった。出身地や身分によって、自前で改造や色の変更も許されているらしく、確かに、目立つ服装の者がちらほらと見受けられるが、これは、それなりに地位ある家の子女であるのだろう。
これは、上級貴族の自己顕示欲を満たすと同時に、身分の違いを明らかにする事によって、いらぬ争いを防ぐ目的もあるのだ。クロスロードの貴族社会においては、子供同士の喧嘩が、親の殺し合いに発展する事も、決して考え過ぎでは無いだろう。
「おいみんな、校庭で姫が試合してるってさ、観に行こうぜ」
「姫? なんだ、誰だそれ」
「知らないの? あ、そっか……えっとね、たまにしか来ない先輩だよ、猫さんもいってみようよ」
ぐい、と赤毛の女の子に手を引かれ、御用猫は椅子から立ち上がる。入学の際に受けた学力試験により、彼は十二、三歳が中心の学級に編入されていたのだが、勉強などには縁遠い野良猫としては、寧ろ、自身の学が意外に高く評価された事に驚いていたのだ。
「うわぁ、やってる! 今日も凄いなぁ」
「女王もいるよ、もう三人抜きしたのかな、凄いねー」
校庭では、成人前の上級生達が、腕試しの手合いを行なっているところであった。流石に貴族学校だけあって、騎士を志す者も多いのであろう、皆、中々に筋が良さそうであったのだが、その中でも、ひと際に目立つ達者なものが二人、次々と挑戦を受けては、その尽くを蹴散らしているのだ。
「あ、女王がまた一人抜きした、すごいすごい、さっすがテンプル騎士だね」
(って、フィオーレじゃねーか! あいつ、きちんと仕事してんのか)
ふわり、と柔らかな灰金髪を後ろで括り、小楯と竹刀を振るう彼女は、汗ひとつかいた様子も無い。話には聞いていたのだが、やはり、彼女程の腕前ならば、学校内では敵無しなのだろう。
そして、もう一人。機敏な動きで相手を翻弄し、手首や膝を的確に叩いてゆくのは、長い黒髪を馬尾に纏めた、小柄な少女。
「姫も久しぶりだね、最近、滅多に登校しないから、もう叙勲されてるのかなぁ」
(サクラじゃねーか! ……そういや、成人するまでは、たまに顔出すとか言ってたな)
全ての挑戦を退けた二人は、まるで打ち合わせでもしていたかの様に、向かい合って竹刀を、ちょん、と合わせると、そこからは、獣の様な笑顔にて、泥沼の戦いを始めるのだ。見守る少年少女は、手に汗握る一騎打ちに、興奮しきりなのだが、御用猫としては、何か。
(……なんだろう、なんか、恥ずかしい)
何か、身内の恥を晒しているような、そんな気恥かしさを覚えるのだ。これは、もう観ない方が良かろうと、彼は踵を返し、教室に戻る事にする。
「猫さん、観ていかないの? 」
校庭に背を向け歩き出した御用猫を、赤毛の少女が、とてとて、と追いかけてきた。名は、何と言ったか。
「……名前、何だっけ、悪いな、まだ覚えてないんだ」
「フゥーディエ、だよ」
「フーちゃんか」
ぼりぼり、と後頭部を掻きながら、御用猫は答える。いかな野良猫の記憶力とはいえ、賞金首でも無い一般人を、いちどきに、大量に覚えるのは、流石に無理があるだろう。
しかし、フゥーディエと名乗った少女は、特に気を悪くした様子もなく、少しそばかすの残る顔に笑顔を浮かべ、彼の横を並んで歩く。どうやら、学内に慣れぬ御用猫を、道案内してくれるようだ。
(ふぅん、貴族なんてのは、ダラーンみたいな奴等ばかりかと思っていたが、子供の頃は、こうした、気の良い者も多いのだな……そのうち、貴族社会に揉まれて、ああなるのか……ま、人の事は言えぬが)
卑しい育ちの野良猫とて、生まれた頃は純粋であった筈なのだ。世間の悪意に塗れ、こうして、卑しく成長しただけで、もしも、真っ当に育っていたのなら、真人間になれていただろうか。
「フーちゃんは、どこの……ん? 何だ、ありゃ」
「あっ! 」
校庭から死角になる辺り、建物の陰に、何人かの生徒の姿が見える。一人の少年を、数名の男女が囲っているようだ。
反射的に飛び出したフゥーディエは、何か叫びながら、手を振り回して囲いの方へ走り寄るのだ。
(あぁ、これが、いじめってやつか……貧乏人も金持ちも、ま、やる事は同じだな)
しかし、石もて追われる事など、日常茶飯事であった御用猫は、のんびりとしたものである。素通りしても良かったのだが、同級生のフゥーディエが首を突っ込んでしまったならば、散らすくらいはしなければなるまいか。
「やめて、何してるの! 先生を呼ぶわよ! 」
囲いをすり抜け、壁際にうずくまる茶髪の少年に覆い被さるフゥーディエは、上級生らしき生徒達を、きつく睨み付ける。
「なんだ、またお前か……おい、こいつ、誰だっけ? 」
「えー? 知らない……どっかの貧乏男爵とか、それこそ、こいつみたいに、平民じゃないの? 」
くすくす、と笑う少年少女達の中から、体格の良い、黒髪の少年が進み出る。黄色に染めた制服には、豪奢な鎖が取り付けられており、西町の有力貴族の縁者であろうと、御用猫にすら想像できるのだ。
「おい、優等生」
「あっ、痛っ」
ぐい、と赤い髪の毛を掴み上げられ、フゥーディエが悲鳴をあげる。しかし、それでも目を逸らさない辺り、普段の間伸びした雰囲気とは裏腹に、彼女も相当に気が強いのだろう。
「ここはな、貴族学校だ、貴族様の学び舎ってやつなんだよ……お前ら平民ごときが、通えるだけでも、有難いと思え……そうだな、お前らは、隅っこで大人しくして、憂さ晴らしに俺に殴られてりゃ、それでいいんだよ」
「……殴り返すのは、ありなのか? 」
あぁん、と振り向いた少年は、一度、口元に笑いを浮かべる。これは、自分より一回り小さな御用猫の体格を見て浮かべた、余裕の笑みであったろう。
「……そうだな、やってみるか? 構わないぞ? ……サルバット公爵家に、逆らう度胸があるならな」
「またかよ! お前んとこは、そんなんばっかだな……あぁ、もういいから、どっか行けよ、イスミに免じて、フーちゃんに狼藉を働いた事は、見逃してやる」
しっし、と手を振る御用猫に、黒髪の少年は、いきなり拳を振るう。どうやら、喧嘩慣れはしているらしいのだが。
「うわっ! 」
殴った勢いを利用され、見事に宙を舞うのだ。受け身はとれたのだろうが、背中から地面に落ちた少年は、転がって呻きながら、地面を叩く。
「貴様……今のは、公爵家に対する……」
「あなた達、何をしているのですか! 」
忌々しげに御用猫を睨み付ける少年は、遠くから聞こえた声に舌打ちし、仲間を連れて走り去る。
「やべ、サクラだ……フーちゃん、こっちも逃げるぞ、あれに捕まったら、長い説教になる」
「え、でも……」
未だうずくまったままの、茶髪の少年に、視線を走らせるフゥーディエであったのだが、御用猫に手を引かれ、不承不承、といった風に走り出す。
(……殺気だけは、大したもんだったがな……あれは、どうか)
背中にサクラの叫びを受けつつ、駆ける御用猫が考えていたのは、サルバット公爵家の少年では無く。
うずくまりながらも、異様な殺気を周囲に振り撒く、茶髪の少年の方であったのだ。




