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続続・御用猫  作者: 露瀬
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毒剣 胡蝶蘭 3

 上町にあるアドルパス邸の一室、本来は、この館の主人が身体を鍛える為の広間であったのだが、今は中央に座る御用猫を囲み、数人の男女が、言葉を無くして立ち竦むばかりであるのだ。


「あ、あわわわ……あわわわわ……」


 いや、その更に外側には、みつばちが右往左往している。珍しくも狼狽し、両手を胸の前で組んだまま、部屋の周囲を、ぐるぐる、と回りながら、時折、御用猫の姿を確認し、また、走り出す。


「……みつばち、いい加減にしろ、うっとおしい」


 仏頂面の少年は、肩を回して、自らの具合を確認する。特に違和感などは覚えないのだが、それが逆に、恐ろしいのだ。


「……これは、しかし……なんとも……ううむ、分からん、呪いでは無いのか? 」


 赤い顎髭をさすりながら、館の主人も首をひねるのだ。この、伝説の騎士をもってしても、御用猫にかけられた怪しげな呪いを、見破る事は叶わないようである。


「若先生、失礼します……あぁ、やはり、体格自体が変わっている……変幻の呪い、ですか……しかし、魔獣と人間では、つくり、が違うはず……魔力を圧縮したとしても、いや、出来るはずが……チャムさん、一体、これは? 」


 御用猫少年に近付いたリチャード少年は、自らと同年代にしか見えぬ師匠の身体を触り、興味深そうに目を輝かせている。少々、触り過ぎではないか、と御用猫は思ったのだが、なにやら興奮して上気する少年の顔は、止める事も憚られる程に、屈託の無いものであったのだ。


「おほほ、なに、簡単な事でごぜーますよ、先生ぇの身体を原子レベルで分解し、十年前の姿に組み替えただけですわ、朝飯前ですわ、なんかくれよ」


「ほう、なに言ってるのかは分からんが、殴っても良さそうだな」


 御用猫は卑しいエルフを、いつものように、片手で逆さ吊りにしたのだが、目測を誤って、彼女の頭が床にぶつかる。どうやら、十センチ程、身長が縮んでいるらしい。


「うぅん……まだ、信じられませんけれど、これなら、確かに、疑われる事は無さそうですわね」


 未だに驚き醒めやらぬフィオーレは、こめかみの辺りを揉みながらも、事件の経緯と、仕事の説明を始めようとしたのだが。


「おじいさま、ごはん」


 てこてこ、とアドルパスに近付いた黒雀が、白服の裾を引くと、途端に相好を崩した大英雄は、黒エルフの少女を抱き上げるのだ。


「おぉ、おぉ、済まなかった、まだ食べていなかったのだったな……フィオーレよ、説明は後にしろ、空きっ腹では、話も頭に入るまい、ゆくぞ」


 どすどす、と大股にて退室するアドルパスの背中を見やり、卑しいエルフを担いだ御用猫と、リチャード少年は、笑いながらに肩を竦め、その後を追う。残されたフィオーレは、ちら、と後ろを振り向き、ご飯ですよ、と、一応声をかけてから、扉をくぐった。


 広間にひとり残された女忍者は、部屋の中央に寝転がり、ごろごろ、と右へ左へ転がり続けるのだ。


「あわわ、可愛い、まじ好み……襲うべきか、甘やかすか、どうすれば、このままで、いや、まずは情報の隠蔽を……」


 脳内にて、様々な状況の秘め事を思い浮かべる、その顔は、何とも幸せそうでは、あるだろう。




「……状況はわかった、しかし、基本的には、好きにさせて貰うぞ、その方が遣り易いし、敵も油断してくれるだろうからな」


 食事が終わり、酒を要求した御用猫は、アドルパスに拳骨を落とされた頭頂部をさすりながら、フィオーレに告げる。


「その辺りは、お任せいたしますわ……ですが、ひとつだけ……シファリエル殿下は、何とも、その……奔放なお方でして、警護の目をすり抜け、街遊びなども、その」


「勘の鋭いお方だ、だが、それ故に、先日は助かったのだがな」


 アルタソマイダスが極秘に付けた護衛は、王女に出し抜かれ、その捜索中に闇討ちされたのだと言うのだ。じゃじゃ馬だとは知っていた御用猫であるが、テンプル騎士と御庭番衆の目を晦ますとなれば、これはもう、一種の才能であろうか。


「ま、それについては、任せておけ、これでも、獲物を逃した事が無いのが、唯一の自慢なのだからな」


「若先生、僕はどう動きましょう、共に、学校に潜入しますか? 」


 十五になったばかりのリチャード少年ならば、そのままでも違和感無く入学出来るであろうが。


「いや、リチャードには留守番してもらう、この話も忘れろ、お前は、何かあった時の保険だよ、俺は、新婚旅行の親父殿を追ってオランに行った、とでもしておいてくれ」


 田ノ上夫妻は、出産の為の里帰りも兼ねて、当分オランの領主館で過ごす事になっている。極秘の仕事である為、御用猫は、不在の間を彼に託す事にしたのだ。


「了解しました……僕の力不足、痛感します」


 俯く少年は、拳を握っていた。気の回る彼のこと、おそらくは気付いているのだろう、御用猫が、彼を足手纏いだと、判断した事に。しかし、次の瞬間、リチャード少年の背中が、熊のように巨大な手で、ばしん、と叩かれる。


「ふん、女々しい事を言うな、貴様は、頭の回転だけは早いのだ……いずれ、身体がついてくれば、良い騎士になる」


「ぐっ、う、ありがとうございます、アドルパス様」


 咳込みながら、礼を言う少年に、大英雄は、歯を見せて笑うのだ。いつの間にか、リチャード少年の評価は、アドルパスの中で随分と上がっているようである。


「ま、そういうことだ、慌てる必要は無い……みつばちは情報を集めろ、向こうは手練れだ、慎重にやれ、腕利きだけを使うようにな」


「先生、わたしは? 」


 アドルパスの膝に座る少女が、ことん、と首を傾げる。ゆっこと遊ぶうちに、懐かれでもしたのだろう、先程から、随分と可愛がられている様子であるのだ。


「黒雀には、特別な仕事を頼みたい……手強い敵だが、やれるか? 」


「うん、殺る……ひきっ」


「殺らなくていいからね」


 にんまり、と歪んだ笑顔を見せる少女は、やはり、未だ、死神のままであるのだろう。


 



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