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続続・御用猫  作者: 露瀬
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あやまち 17

 マンゾウの住む長屋に、もう一人のヒャッコが訪れたのは、それからしばらくしての事である。イスラ子爵の家人を引き連れ、現れたのは、線の細い、優しげな美男子であった。


(こりゃ、大した色男だ……)


 マンゾウとて、容姿には多少、自信を持っていたのだ。実際、ハボックと並べば、百人の女の内、九十九人が彼を選ぶであろう。


 残りの一人が、ニムエであったならば、の話であるのだが。


「……セン、久し振りだね」


 声の方にも、実に、色気があるだろうか。この、ヒャッコという貴族について、マンゾウは女房から、詳しく聞く事も無かったのだが、もしも聞いていたならば、とても遊び人とは思えぬ、と感想を覚えた事だろう。


「……申し訳ありませんが、突然、この様な汚い所にお出でになられた、訳が分かりません……私は、貴方様に、とん、と見覚えが無いのです」


 頭を下げたまま、センは視線を合わせる事なく、そう、答えるのだ。


「女、貴様の事には調べがついておる、隠し立てするのは、身に覚えがあるから、であろう、息子はどうした、此処へ呼べ」


「実は、旦那、聞いてくだせえ」


 こちらは、正座しているものの、はっきりと頭を上げたマンゾウである。その目には力が宿り、貴族相手にも、全くに、気遅れした様子は見られないのだ。


「これは、大井屋、うちの会長の、大井スキットさんから聞いた話でございまして、なんでも、俺っちの息子が、そこな若旦那と、同じ名前であるとか……こりゃいけねぇ、と、畏れ多いと、つい先日、改名の手続きをしたばかりでございまして……どうにも、勘違いをさせたみてぇで、申し訳ありやせん」


「何を馬鹿な……」


 イスラ子爵の家人が、言いさして止めたのは、目の前に書類が突き出されたから、である。些か失礼な事であり、彼は腹を立てたのだが、その書類に、内務大臣カエッサの署名を見とめ、驚愕に目を見開いたのである。


『西町十二番街ニシカタ長屋住み、マンゾウとセンの息子ヒャッコ、その改名を認める』


 クロスロードの住民名簿は、主に徴税の為、厳しく管理されており、そう簡単に、改名などは行えないのだ。何かの理由で、それを行うならば、それなりの伝手と、時間が必要なのだが、内務大臣直筆の文書があるならば、明日にでも手続きは済むであろう。


「これは……いや、しかし、馬鹿な……」


 まさかに、偽物でもあるまい、もしも偽造であるならば、もう少し現実的な人物の名を借りるであろう。しかし、彼らにとって重要なのは、この書類の真贋では無いのだ。


 真実、重要なのは、この夫婦に、内務大臣の名前を借りる事すら出来る程の、強力な後ろ盾が存在する、という、その事実。


「若殿、これは、本物でしょう、大井屋は、義理に篤い男だとか……おそらく、従業員を守ったのでしょう、しかし、なればこそ、奴の顔もあります、後々の問題になる事も無いかと……」


「そうかい」


 背後の優男に耳打ちし、家人はしかし、内心にて首を傾げるのだ。人情家の大井屋が身内を守るのは理解できる、しかし、なぜ、これ程までの大物の力を借りたのか、内務大臣カエッサは、元商人である、大井屋と知己であったとしても、不思議では無いのだろうが。


(カエッサ大臣は、かなりの腹黒だという……頼るにしても、それ相応の見返りが必要な筈……いや、考えるに、詮無い事か)


 老獪な家人は、そこで考えるのをやめた。調べなければならない女は、まだまだいるのだから、楽に済むならば、それに越した事は無いであろうと。


「……分かった、私は、お前達夫婦とは縁も所縁も無い男さ、今後、会う事も無いだろう」


 優男の宣言は、この事態の終息を意味し、マンゾウとセンは、大きな溜め息と共に、その胸を撫で下ろすのだった。


「……とはいえ、このまま口約束だけ、ともいかぬのだ、証が欲しい……それは、分かってくれまいか……時間はとらせぬ、ついて来てくれるかい? 」


 センに向けられたヒャッコの目は、十年前と変わらぬ、優しげなものであった。


「っ、それは」


「あなた、大丈夫だから……待っていて、明日には、また、いつも通りの、ね、美味しいもの、作ってあげるから」


 立ち上がりかけた亭主を、センは、そっと押さえる。いつもと変わらぬ、恋女房の笑顔に、マンゾウは腰を落とし、座ったままに見送った。




(あぁ、これで、これで終わりだ……明日には、全て元通りになる……ちくしょう、ざまぁみろ、確かに色男だったが、俺が勝ったんだ、ちくしょうめ……)


 ごろり、と大の字に転がるマンゾウの、目端から、一雫の涙がこぼれ落ちた。彼にも、その理由は分からなかったのだが、今は。


(どうでもいい……なんもかんも……あぁ、酒が飲みたいなぁ……)


 明日は、ハボックを誘ってみよう、などとマンゾウは考えるのだ。色々と迷惑もかけたし、力も貸してもらったのだ、明日くらいは、センも許してくれるだろうと。


 事実、次の日からは、取り戻したのだ。


 男は、幸せな日常を。





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