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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 6

「なんだか、聞いていた話とは、随分、違うお人ですね」


 上町の屋敷までリリィアドーネを送り届け、帰路についた御用猫の隣に、さんじょうが現れた。いや、現れた、という表現は間違っているだろうか、彼女は気配を消す事もなく、街路樹の下にて、彼が戻るのを待っていたのだから。


(なんと、常識的な……)


 さんじょうは、白いブラウスに灰色のセーター、その上に小豆色のカーディガン、スカートは短めの紺色で、厚手の黒タイツに裏起毛の茶色いブーツを履いている。これは先日、着物の代わりにと、御用猫の買い与えた物であったのだが、その時は、みつばちだと思い込んでいた為、彼女にしては服の選び方が幼いと、不思議に思ったものである。


「リリィの事か? いつも、あんな感じだが……ちなみに、みつばちからは何て聞いていたんだ」


 興味本位で尋ねたのだが、さんじょうは、しかし、何やら口ごもり、困った用に眉を寄せた。それだけで、何とは無しに理解した御用猫は、彼女に、内緒にしといてやるから、と笑いかける。


「あの……リリィアドーネという女騎士は、不倶戴天の敵であり、決して、油断をするなと……む、胸が小さいくせに、猫の先生に無駄な色目を遣う破廉恥な女だと……性格は短気で暴力的で、ゴリラの様な生物だと、あと、通称は「大平原の小さな騎士」で、手の空いた時には、この名を広めておくように、と」


「うわははは、予想以上だった」


「げはは、うける」


 それな、と腹を抱えて笑いながら、御用猫はチャムパグンの小さな背中を叩くのだ。しかし、隣のさんじょうは、短く悲鳴をあげ、びくん、と弾けたように飛び退る。


「うはは……あ、お前は初めてだったか? どうも、おチャムさんです」


「よろしこ」


 両脇に手を差し込み、御用猫は卑しいエルフを持ち上げる。だらしなく脱力した卑しいエルフは、緩く波打つ金髪の隙間から、長い耳を揺らし、肘から先だけ持ち上げて、挨拶するのだ。


「あ、は、初めまして、さんじょう、です」


「おう、よろしくな、ねーちゃん、まぁ精進せいや」


 げすげすげす、と笑う卑しいエルフを、右へ左へ振り回し、立ち去る御用猫の背中を見送りながら、足を止めたままのさんじょうは、しかし、底知れぬ恐怖に身体を震わせる。


(おかしい……絶対におかしい、あり得ない、あんな隠形……気配も、呪いの残滓も、何も、感じなかった……チャム? 誰? 森エルフ? そんな報告、どこにも……駄目、あれは、脅威になる、なぜ、誰も気に留めていなかったの? ……いや、あれ? そうか……あ、見落としてた、そうよね、うん、そうか、何も、不思議な事なんて無かったのよ)


 途中から、靄がかかったように混濁する記憶であったが、数瞬後には、その混乱のあとさえ、彼女の脳内から、綺麗に消え去ってしまったのだ。


 彼女は、少し離れてしまった御用猫の背中を追うべく、小走りにて駆け出した。





「おはようございます、リリィアドーネ殿、お返事は、頂けましたか? 」


「断る」


 宮廷に続く花の門をくぐる前、リリィアドーネは、呼び止められる。そのまま、足を止めずに進もうとしたのだが、隣を歩くニムエが振り返ってしまった為に、仕方なく彼女も、それに倣らう事にする。


「おや、今日は、どうされました? 随分と機嫌が良さそうだ、もしや、色よい返事が、頂けたのでは? 」


「ハボックさん、いい加減にしたらどうなのですか、ラース、貴方からも、言っておいてと、昨日も頼んでおいたでしょう」


 ぷりぷり、と拳を振って怒りを表現するニムエであったが、相変わらず、迫力、などというものには縁の無い様子である。


「……天使かよ、いや、天使だな、おいおい、ハボック、もう諦めろって、確か、二、三日前に言っただろう? 」


「言ってないじゃない! 」


 痴話喧嘩を始めた二人を叱りつけると、リリィアドーネは、少し離れた場所に移動するのだ。テンプル騎士ともあろうものが、蒼天号内で騒ぎ立てるなど、謹慎ものであろう。


「……この際、きちんと言っておくぞ、ハボックよ、金輪際、私に関わるな、これ以上の無礼不埒は、貴公に責を問う事になる」


「それは、困ります、まだ、お返事を頂いておらぬのに」


 その場に居た全員が、余りの事に言葉を無くすのだ。これでは、まるで話が通じておらぬでは無いかと。


「はぁ……良いか? もう一度だけ……」


 言いかけたリリィアドーネを遮るように、ニムエが食ってかかる。下からハボックを、迫力無く睨み付け、ぴしっ、と指を突き付けた。


「良いですか? これ以上リリィアドーネに付きまとうと、辛島さんが、許しませんよ? 昨日だって、貴方のことを叩きのめしてやると、激昂していたと言うのですからね、彼女がその身体をもって、昂りを鎮めなければ、今頃どうなっていたのやら、なのですよ! 」


「ちょっ、ニムエ!?何を! 」


 確かに、今朝、その様な事を彼女に話したリリィアドーネではあったのだが、ニムエは、それを恐ろしく曲解して受け取り、さらに恐ろしく誇張して、ハボックに伝えてしまったのだ。


 しかし、それを聞いた変人は、鳶色の目を大きく見開き、ぽっかり、と口を開けると、次の瞬間には、手を叩いて跳ね回ったのだ。


「おお、おお、そうですか! それは良かった! それは何より、それでは、確かに、お返事、受け取りました、日時については後日、改めてお伝えしますので」


 ぺこり、と頭を下げ、心ここに在らず、といった態のハボックは、くるり、と向きを変え、足取りも軽く歩き始める。


「ちょ、ちょっち待ち、ハボックよ、何だ? 何言ってるんだ? 日時って、なんの事だよ」


 友人の肩を慌てて掴み、ラースが問いかける。こうした奇行に慣れぬリリィアドーネとニムエは、理解不能なハボックの言動に、動く事も出来なかった。


「うむ? なんの事、と言われても」


 これまた、理解出来ぬ、といった表情にて首を傾げ、しかし、ハボックは淡々と。


「決闘の日取りに、決まっているだろう」


 そう、告げたのだった。




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