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続続・御用猫  作者: 露瀬
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あやまち 14

「本当に、ほんとにゴヨウさんはもう、何と文句をつけて良いのやら、流石に言葉が見つかりません! まるで子供ではありませんか、街中駆けずり回って、恥ずかしい! 」


「いや、お前も大概だからな? 最後まで付いて来やがって……まぁ、多少は、体力がついてきたか……頑張ってるみたいだな、良い事さ」


 日中から、市中にて逃走劇を繰り広げた御用猫は、流石に腹を空かせ、サクラに勧められるまま、二人して連れ立ち、マイヨハルト邸を訪れていた。あの様子では、今晩はマルティエの料理にはありつけまいと、彼はサクラの母を、あて、にする事にしたのだ。


「え、ありがとうございま……あぁっ! また、そうやって誤魔化そうと! 騙されません、ええ、もう騙されませんとも! ゴヨウさんの口車には、もう、乗せられませんからね、いつまでも、そうやってあしらえると思ったら、大間違いなのですから、私だって、もう、子供ではないのです! 」


「そうか、ならば次からは、大人の誤魔化し方にするとしよう」


 くい、とサクラの顎先を持ち上げると、一瞬、言葉に詰まる彼女であったのだが。しかし、御用猫の予想に反して、少女は顔を赤らめたり、狼狽えたりはせずに、彼の目を、じっ、と見詰めてくるのだ。


(ん? なんだ、何か悪い物でも食ったか……いや、腹が減ってるのか)


 こうなれば、彼の方が分が悪いであろう、些か、居心地の悪くなった御用猫は、この際、口でも塞いでしまおうかと、サクラに顔を近づけるのだが。


「あらら、ごめんなさい、悪い所で、入ってきちゃった」


「ほわぁっ!?」


 目を閉じた瞬間に声をかけられ、髪の毛を逆立てんばかりに、サクラが飛び上がる。


「そこは、こと、が終わってから、揶揄うものだろ、全く、ハルカはなってないぞ」


 勿論、冗談のつもりであった御用猫は、落ち着いたものである。そもそも、彼女の気配には、とうに気付いていたのだ、サクラの母も、案外、それを察して声をかけたのかも知れない。


「お母様! 違うのです、これは、ゴヨウさんが、余りに遊んでいるから、偶には、少しだけ、こちらから揶揄ってみようかと……いえ、それよりも、人の母親を、呼び捨てにしないでください! お母様もお母様です、この人は甘やかすと、すぐ調子に乗ってしまうのですから、もっと厳しく躾けないと! 」


「愛玩動物か」


 くすくす、と笑いながら、サクラの母、ハルカ マイヨハルトは、湯気の上がる土鍋を、手製の敷物の上に載せた。くたくた、と煮込まれているのは、鶏肉であろうか、御用猫は、帰らずの森への旅の途中、サクラが作った水炊きを思い出すのだ。


「ごめんなさいね、今日は、家に誰も居ないから、手抜きするつもりだったの、お口に合うかしら」


「まさか、お義母様の料理に間違いは無いさ、匂いで分かる……しかし、寒の戻りに鍋料理とは、気が利いてるな」


「だから! 人の母親を! 」


 ばしばし、と御用猫の肩を数度叩き、サクラは立ち上がると、配膳の手伝いだろうか、部屋の外に出て行くのだ。肩を怒らせ、ぷりぷり、と歩く様は、目の前の、のんびりとした女性の娘とは、とても思えぬだろう。


「ふふ、何だか、嬉しそう……ね、このお鍋、あの子が作ったのよ、今日はお父様もお兄様も居ないから、ゴヨウさんを誘ってくるって……可愛いでしょ? 」


「サクラは、いつでも可愛いさ」


 あらあら、と、母は柔らかな笑顔を見せたのだが、ふと、その眼が、細く絞り込まれる。


「……揶揄ってるのじゃ、なくって? 」


 中々に、迫力のある視線だと言えるだろう。父親であるマイヨハルト子爵よりも、力のある貴族の娘とは聞いていたが、ただ、生まれが良いだけの女でも無さそうである。


(それとも、これが母の強さと言うやつか……なんか、良いものだな)


 母を知らぬ野良猫にとっては、羨ましくもある。彼女は、まこと、娘を愛しているのだろう、悪い男に騙されているのならば、何としてでも、守るつもりであるのだ。


「心配ありませんよ、サクラは、ああ見えて、芯のしっかりした女性です、男を見る目は、確かですから」


 多少、抜けている所は、あるのだが、と、御用猫は、心の内に付け加える。しかし、それも、リチャード辺りに任せれば、問題無いであろうか。


「へぇ……ふぅん、大人なのねぇ、ゴヨウさんは……でも、うちの娘を、泣かせちゃ駄目よ? 」


「サクラを泣かせる奴がいたら、飛んで行って、懲らしめてやるさ、そう、約束してるからな」


 あらあら、まぁまぁ、と、ハルカは大袈裟に驚いて見せ、それから、にやにや、と笑い始める。


(ん? なんか、反応がおかしいな……いや、そうは言っても、サクラの母か、うん、元から、こういった女なのだろう)


 若干の違和感は覚えたのだが、御用猫はさして気に留める事は無かったのだ。何しろ、今は、腹が減っているのだ。


「ねーぇ、サクラぁー、聞いたー? いまの聞いたぁー? 」


「聞いてません! 」


 椅子を傾け、仰け反りながらのハルカの声に、木扉の向こうから、彼女の返事が届く。何やら、少し、普段よりも高めであったのだが。御用猫は、さして気に留める事も無かったのだ。


「おかーん! 腹減った、早くしてくれよ」


「誰がおかんですか! もぅ! 」


 何しろ、今は、腹が減っているのだから。





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