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続続・御用猫  作者: 露瀬
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あやまち 10

 その翌日、御用猫が、痛む身体に鞭打って向かったのは、北町外れの古びた教会であった。いや、確かに古びてはいるものの、外構も外壁も綺麗に補修されており、中庭にも新しい樹木と花々が、春の季節を感じさせる彩りを見せている。


「なんか、しばらく見ないうちに、立派になったなぁ」


「たりめぇよ、いや、当たり前だろうが、若い衆総出で大工の真似事させてんだからな、その辺、ちったぁ分かってくれてんだろうな、猫の旦那よぉ」


 がらがら、と、しゃがれた声で笑うのは、蝦蟇剣士ゲコニスであった。馴れ馴れしく御用猫の肩を抱き、その胸の前にて、人差し指と親指で、輪を作ってみせるのだ。


「まぁ、その辺は心配すんなよ、親父どのは顔が広いからな、ちょいと式の連絡すれば、そりゃもう彼方此方から、ご祝儀や支援金が、がっぽがっぽ、てなもんよ」


「……馬鹿かお前ぇは、いや、馬鹿か、知ってたけどよぉ、あのよぉ、内輪でこじんまり、って、注文だろうが、それを、大ごとにしちまったら、大先生が、おかんむりになりあそばされるんじゃねぇのか? おぉ? 分かってんのかよ」


 しかし、御用猫は、立てた人差し指を、ちっちっ、と振り、ゲコニスの肩に体重を掛け、嫌らしく笑ってみせる。


「そこは、ちゃんと言い含めてあるのさ……目録は、きちんと作製して、金を頂き、恩だけは親父に押し付ける、面倒なお偉方は排除してるし、楽なもんさ、知ってるか、うちのリチャードはな、その辺りの段取りが、非常に得意なのだ」


「あとは、余った金をおじいちゃんに渡しとけば、あの性格からして、お小遣いは、たんまり、で、ごぜーますよ、ひひひ」


「ワハハ」


 いつの間に現れたものか、卑しいエルフが、御用猫の腕をとり、くねくね、と身体を捩って笑うのだ。その、余りの卑しさに、元やくざとはいえ、蝦蟇剣士も呆れた様子で肩を竦める。


「まぁ、良いけどよ、メルクリィに迷惑はかけんじゃ無ぇぞ? そんなん聞いたら、特製の教育棒もって走ってくるからよ」


「なにそれ怖い、つうか、ゲコニスよ、お前、まだ尻に敷かれてんの? やくざのくせに奥手だなぁ……ちょいちょい、と口説けば良かろうに」


 御用猫の揶揄いに、しかし、蝦蟇剣士は、サクラか何かの様に、耳まで真っ赤に染め、慌てて彼の軽い口を塞ぐのだ。


「ばっ! 馬っ鹿か! 馬鹿か! 誰かに聞かれたら、どうすんだ、お前、ほんと、お前ぇ! 馬鹿か! 」


「やめろ、鬱陶しい! ……周知の事実だと、思うんだがなぁ」


「先生ぇ、あのねーちゃんはね、ある意味、悟っちゃってますからね、誰でもウェルカムなんでごぜーますよ、プロポーズしたら、このカエル野郎でも、全然いけまっせ、早いもん勝ちなんですわ」


 げすげすげす、と卑しく笑う悪魔は、しかし、珍しくも、僅かに、退屈そうな光を、その目に湛えていたであろうか。


(やはり、悪魔だからかな……こいつ、神様とか信仰とかの事は、あんまり好きじゃないんだよな)


 ばしばし、と背中を叩き続けるゲコニスを無視し、御用猫は、卑しいエルフを、ひょい、と抱き上げる。頭を撫でてやると、膨れた餅から空気が抜ける様に、へにゃ、と全身を弛緩させるのだ。


「ゲコニス! 貴様は、また、団長に対してその様な! 礼儀をわきまえろと、何度言ったら分かるのだ! 」


 ずかずか、と大股でハルヒコが歩み寄ってくる。部下との打ち合わせが終わり、御用猫を呼びに来たのだろう。


「ハルヒコ、だから、団長はよせ、と言ってるだろう」


「おお、そおだぜハルヒコよ、今は賞金稼ぎの、御用猫先生だからな、お前ぇこそ、わきまえろってんだ、普段はそれなりの態度ってもんがあらぁな、いちいち固ぇんだよ、馬鹿かお前は、いや、馬鹿なんだろうな」


「ぐぅっ」


 珍しくも、長舌のハルヒコが言葉に詰まる。確かに、彼の態度は行き過ぎだろう、粗末な服装で誤魔化したとて、彼の姿からは、隠しきれぬ品の良さと、その、強者の格、とでもいうべきものが、滲み出るようであるのだ。


「いかにも、騎士様然とした偉丈夫がな、一介の賞金稼ぎに、ぺこぺこ、頭を下げてみろ、違和感あり過ぎだろう……そうだな、良い機会だ、ちょいと、ゲコニスっぽく喋ってみろよ、娘はあれだけの演技派なんだ、お前にも、その血は流れているだろ、はい、どうぞ」


 ハルヒコは、長い沈黙と内心の葛藤の後、かくかく、と、からくり人形のように片手をあげ。


「……お、おっす、御用猫の、先生」


「ぶふぅっ」


 背後で、ゲコニスが盛大に噴き出した。しかし、御用猫は笑わない、これは、例えるならば、赤子が立ち上がる、その、最初の一歩なのだから。


「ようし、良いぞ、あんよが上手だ、ハルヒコ、お前は町の荒くれ者だ、自警団を気取っちゃいるが、金と女が大好きな、ただのちんぴらだ、儀仗隊、なんぞと、格好つけた名前じゃない、そうだ「ひぐま盗賊親知らず団」とか良いぞ、酒を飲みながら街を練り歩いては、可愛い娘に粉をかける、最低の野郎だ」


「おほっ、ねーちゃん、いいケツしてんな、たまんねぇぜ、もちもちさせろや……はい、りぴーとあふたみー、でごぜーますよ、続けて」


 がに股で歩くチャムパグンが、身振り手振りを添えて、演技指導を始めた。真面目なハルヒコは、一度深呼吸すると、本気で取り組もうと決意したようである、その目に宿る光は、舞台上のクラリッサを思い出させるであろうか。


 しかし。


「……何を、なさって、いるのですか」


 背後から聞こえたのは、みつばちのように、全く抑揚の無い、平坦な声。御用猫とチャムパグンは、一度だけ顔を見合わせ、恐る恐る振り返るのだが。


 果たして、そこに居たのは、鉄の女、メルクリィであった。茶金髪を、肩の辺りで、きっちり、と切り揃え、やや、つり上がった目は、御用猫に、初めて出会った頃の彼女を思い出させるのだ。


「……こんにちは、メルクリィ……ただな、これも、人の一面だよ、だから、ちゃんと愛せよ」


「それとこれとは、話が別です……私の子供達が、悪い影響を受けてしまったら、どうするのですか」


 メルクリィは、既に正座しているゲコニスの肩を、呪い文字で「反省」だの「指導」だのと書かれた、短めの竹刀のような物で、ぱしーん、ぱしーん、と叩いている。おそらく、これが蝦蟇剣士の言っていた「教育棒」であるのだろう。実のところ、この教育棒は、最近この教会を溜まり場にしている「北町自警団」こと「黒猫騎士団三番隊」の「躾け」に使用されているものであった。


 元はやくざな荒くれ者達を、メルクリィは、時に優しく、時に厳しく、再教育しているのだ。


「ちなみに、あの棒には「針痛」の呪いがかけてありますでごぜーますよ、どえむ以外には、あんまり嬉しくないシロモノでごぜーますね……じゃ、あっしは、このへんで」


 滲むように消えていく卑しいエルフを、御用猫は捕まえようとしたのだが、その手は虚しく宙を掻いただけであった。しかし、絶対絶命と思われた彼の前に現れたのは。


「おぅおぅ、威勢の良いねーちゃんだな、そんな棒っきれより、うへへ、俺っちの棒を相手してくれや」


 普段は、凛然たるその顔に、嫌らしく笑顔を張り付けたハルヒコである。


(なんと、やはり、才能がある……蛙の親も、また、蛙であったか)


 そのまま、がに股で歩き、あぁん、と、メルクリィに顔を近づけるハルヒコは。


「指導ッ! 」


「あぁん! 」


 彼女の一撃に、敢え無く撃沈する。普段ならば、目をつぶっていても躱せる程度の打ち込み、ではあったのだろうが、どうやら、今のハルヒコは、芯から、街のちんぴらになってしまっているのだろう。


「あいたー」


 顔を押さえて、天を仰ぐ御用猫であったが。


 当然に、次は、彼の番であったのだ。





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