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続続・御用猫  作者: 露瀬
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あやまち 4

 ハボック ヘェルディナンドは、懐かしき蒼天号を見上げる中央公園にて、所在無さげに立ち竦んでいた。先ほどまでは、隣に並んでいたみつばちも、ニムエに威嚇され、その姿をくらましたのだ。


「……遅いね、猫の先生」


(みつばちは、向こうの木陰か……相変わらず見事な隠形ではあるが、私に気取られるとは、少々浮ついているな……まぁ、久方振りの再会なのだ、そう、ならぬ方が、おかしいのだろうか、私とて、かような問題を抱えていなければ、純粋に、心待ちにできたのだが……む、移動したか? 見上げ門に近付いたとて、早く逢えるとは限らぬというに、全く)


「……かように、我慢弱い事では、嫌われてしまうかも知れぬぞ」


 ぽつり、と呟くハボックの声は、蚊の鳴く程の細さであったのだが。


「え……やだ……ごめんなさい、ラース、お願いします、いやだ、何処にも行かないで! 」


 腕を取るニムエの指に力が加わり、ハボックの二の腕に、その爪が食い込んだ。蒼白な顔面には、恐怖の色が、ありありと浮かび、かちかち、と歯の鳴る音さえ聞こえてくるのだ。


「む、ぬかった、違う、違うぞニムエ、私は何処にも行かぬ、お前を捨てて、消えるものか」


 昔の癖で、言葉が足り無かったのかと、ハボックは即座に理解し、強く彼女を抱き締める。背中に回した腕で、震える女の頭を撫でると、過呼吸気味に息を詰めていたニムエは、ゆっくりと、少しづつ、平静さを取り戻していった。


「……んむ、もぅ、ハボックったら、こんな人前で恥ずかしいよ……えへへ、でも、もう少しだけ……」


 小柄なニムエの頭は、ハボックの胸に、ぐりぐり、と押し付けられている。溜め息を零しかけた彼は、しかし、それを飲み込み、頭を撫で続けるのだ。


(悩みを抱えて生きるのは、何も私だけでは無い、か……だからこそ、聞いたのだろう、これは、他人の悩みを解く事で、自身が救われたい、と、私自身の渇救だ、なんと、浅はかで、卑しい救済か……)


 ニムエの、柔らかな髪を撫で付けながら、ハボックは、先日の記憶を掘り返す。




「マンゾウ、少し、付き合わぬか」


 声をかけられた男は、少々驚いた表情を見せた。しかし、それも当然であろうか、最近、この大井屋支店にやってきた、このハボックという男は、なかなかに優秀であったのだが、一体どんな伝手を使ったのか、恋人と共に雇われ、仕事が終われば、一切の誘いを断り、絡み合う様に帰宅する事で、有名であったのだから。


「なんだ、珍しい事もあるもんだな……だが、すまねぇ、ちょいとな……酒って気分じゃ無くってよ」


 言ってから、マンゾウの口元に苦笑が浮かぶ、付き合いが悪いのは、自分も同じであったと、そう、気付いたのだ。彼とて、自他共に認める愛妻家として有名であったのだから。


(そういや、長い事、飲みに出てないなぁ)


 一目惚れした今の女房と、拝み倒して一緒になってからというもの、彼は脇目も振らずに働き続け、夜の街にも繰り出さす、ただ、幸せな、暖かい家庭を築き、それを守る事だけに、邁進してきたのだから。


「いや、酒は私も苦手だが、今日は少し、話がしたくてな……どうだろう、可愛い後輩からの頼みだ、聞いてはもらえぬか」


「ははっ、なんだそりゃ、自分で言うなよ……あぁ、分かった……なら、どうする? 何処かに入るか? 」


「そうだな……」


 ハボックが向かったのは「つる草のドレス亭」という店であった。彼にとって、あまり足を運びたくは無い場所ではあるのだが、それは、悪い思い出があるからでは無く、むしろ、楽しく、満ち足りていたひと時の、その、良い思い出こそが、彼の胸を苛むからであったのだ。


「へぇ、気の利いた店を知ってるじゃねぇか……あんな可愛い女を連れてんのに、見かけによらず、遊び人だったか」


「よしてくれ、ここの他には、あからさまな店しか知らぬだけだ」


 やっぱり遊び人だ、と笑うマンゾウは、久し振りの酒のせいか、多少は、機嫌も良くなったように見えるだろうか。


「これは、かなわんな、しかし、マンゾウよ、今日は少々、真面目な話でな」


「なんだ、もう、仕事は覚えたろう? 大したもんさ、番頭さんも、金勘定は、全てお前ぇに任せるっつってたぜ」


 少し羨ましくもあるのだが、と心中にて思いつつ、マンゾウは料理に手を伸ばす。ハボックの計算能力は、大井屋に二十年も勤めるマンゾウすら、舌を巻く程の速度と正確さなのだ、おそらく、余程に良い学校に通っていたのだろう。


(腕っぷしも強そうだし、元は騎士様ってのも、あながち噂だけじゃ、無いのかもな)


 再びホップビールを呷りながら、マンゾウは、ハボックが店にやって来た時の事を思い出していた。商会長が直々に連れて来たのだから、最初は皆も、この支店の目付役だとばかり思っていたのだが、彼の人柄は、いかにも真面目で誠実であり、とても監視をしている様には思えなかったのだ。


「いや、それが、恥ずかしながら、女の事でな……私は、ニムエを幸せにしてやりたい、しかし、なんというか、その方法が、良く分からないのだ……マンゾウは、夫婦仲も良いだろう、週に半分は、奥方が迎えに来る程なのだ、その……何か、秘訣のようなものがあるのでは、とな」


 これは、ハボック流の、さぐり、であった。このマンゾウに、何か悩み事があるというのならば、それはおそらく、夫婦間の事であろうと当たりを付けたのだ。


 しかし、純粋に、それを聞きたいのも、ハボックの本心である。夫婦生活の長いマンゾウから、何か助けになるような言葉があればと、それを参考にしたいと、そう、思っているのだ。


「あぁ……そうか……そうだな……うぅん、そうだな……うん、いや、そうか……これは、うちの場合だがな……」


 ぐい、と、ビールを飲み干すと、ジョッキをテーブルに荒く戻し、少々、苦しそうに、自虐的な笑いを見せながら。


「……なんもかんも、忘れることさ」


 マンゾウは俯き、そう、呟いたのだった。




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