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続続・御用猫  作者: 露瀬
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あやまち 2

 ハボック ヘェルディナンドは、少々変わった男であった。やや回りくどい物言いをする事もあったのだが、仕事には真面目で、算術ならば右に出るものはなく、中々に愛想もよろしい、今も大井屋の帳簿をめくりながら、ぱちぱち、と算盤を弾く姿は。


(随分と、さま、になってきました……若先生の紹介という事で、無理をして雇い入れたのですが、これは、なんと良い拾い物でしょうか)


 すっかりと薄くなってきた頭頂部を、つるり、と撫でながら、大井屋商会の会長、大井スキットは笑顔を見せる。ガンタカ事件の際に失った、妹夫婦の支店であったが、彼が居れば、少なくとも、金勘定に関しては間違いないだろうか。


「ハボックさん、精が出ますね、どうですか、この辺りで一息入れては」


「あぁ、スキットさん、申し訳ありません、いらしていたのは知っていましたが、後少しで、今月までの精査が終わりそうだったのです、ほんのしばらく、お待ちください」


 商会長たるスキットに対して、まるで遠慮のない態度ではあろうか。一応、扱いは従業員であったのだが、彼は頑なに、これを本業にしようとはせず。


「申し訳ありません、スキットさん、仕事を頂いていながら、このような恩知らず……しかし、私には、大切な役目があるのです……真を尽くすべき方が、いるのです……やるべき事は、きちん、と、やりますので、とうか宜しくお願い致します」


 まるで騎士の如きハボックの物言いに、スキットは苦笑を漏らした。この様な所も、変わっているといえるだろう。


 しかし、なんと器用なことか、彼は計算しながらに、スキットと会話を行なっている。しかも、指を止める事なく、視線さえ上げて見せるのだ。


 この僅かな期間で仕事を覚え、一時期乱れた支店の帳簿を、たったひとりで、一からまとめ直したというのだから、大したものである。番頭から、その仕事ぶりの話を聞いてはいたのだが。


(大先生の所で稽古もしているという事ですが……毎日は出勤出来ぬというのが、なんとも、惜しまれますね)


「もぅ、ハボックったら、会長さんに失礼でしょう? 休憩と言われたら休憩するの、それに、もう少しだというなら、手を止めたって良いでしょ」


「あっ、ニムエ、あぁっ! 」


 かちゃかちゃ、と玉を乱され、ハボックは悲鳴を上げた。無慈悲なちゃぶ台返しを行なったのは、彼の婚約者である、ニムエという女性。


「お茶を入れてくるから、会長さんに、ちゃんと挨拶してね」


 やや小柄ではあるが、灰金髪の、可愛らしい女性である。ハボックと共に雇い入れ、中々に見た目が良いので、店頭にて接客をさせていたのだが、その愛らしさと人当たりの好さで、こちらの評判も上々であった。


「はは、相変わらずのようですね、まぁ、うちの家内も、似たようなものですが」


 スキットは笑いながら、(かまち)に腰掛け靴を脱ぐ。


(しかし、婚約者と言うには、彼の方に、何か距離があるような……遠慮というより、後ろめたさ、でしょうか? ……いや、余計な詮索は)


 商売人として培った洞察力にて、スキットは二人の関係に違和感を覚えるのだが、そこは御用猫からの紹介であるし、何か理由があるのだろうと察してはいた。もっとも、大恩ある田ノ上老の、義理とはいえ、その息子からの頼み事なのだ、たとえ、どんな理由であろうとも、保護するに吝かではないのだが。


(少々、変わったところもありますが、これならば、いずれは、新たな支店を任せて……いや、息子の補佐につけるのも、良いかも知れません)


 女性陣の淹れたお茶と、饅頭を楽しむ従業員達の姿を眺めていれば、かつての惨劇が、嘘のようにも思えるだろう。当時の痛みを思い出し、スキットは、一度、小さく溜息を零した。


(……おや? )


 ふと、視界に入れた男が、彼と同時に溜息を吐いていた。あれは誰であったか、と記憶を辿る。


(確か、南町の支店から移動させた……マンゾウ、でしたか)


 この支店を立て直す為、スキットは各地の支店から、仕事に慣れた者を何人か集めたのだ。マンゾウはまだ三十路前ではあるが、成人前から丁稚奉公していた熟達の者で、番頭の居ない間は、店内の万事を預ける事が出来るのだと聞いていた。


 声をかけようと腰を浮かせたところで、スキットはそれを思い直す。悩みがあるならば、番頭か、それとも歳の近い者に相談するであろう、そもそも、このような人前で、しかも商会長に問われたならば、きっと、萎縮してしまうに違いない。


(あとで誰かに、それとなく言い含めておきましょう)


 再び、番茶に口を付けたスキットの隣に、ハボックが近寄ると、小さく耳打ちするのだ。


「スキットさん、私が聞いておきましょう……歳も近いですし、マンゾウには、色々と教えて貰いました、普段は明るい奴なのです、何かあったに違いない」


 スキットが驚いたのは、ハボックの観察眼に対してであった。そして、スキットが笑顔にて頷いたのは、彼の心根の優しさに対して、である。


(あぁ、これは、本当に……若先生に感謝せねば、ならないかも知れませんね)



 大井スキットは、西町を代表する商売人ではあるが。


 良い買い物をしたと、喜ぶのは、客と同じであったのだ。





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