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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 23

「ゴヨウさん、私は、あの娘を助けてあげたいと思うのです」


「ほう? 」


「いえ、助けるというのは、少し違うのかも知れません……主義思想は個人の自由ですし……でも」


 山エルフの食事は、エルフ族に違わぬ、質素なものであった。サクラお気に入りのトウモロコシのパンも、来客用のご馳走であったのだが、今日は氷漬けにして保存してあった、山ぐまの肉が振る舞われていたのだ。


 塩と胡椒だけの簡素な味付けではあったのだが、思いの外柔らかく、脂の多いその肉に、彼女は舌鼓を打ったものである。もっとも、山ぐまの外見を知ったならば、サクラの反応も、また、違っていたのであろうが。


「あの娘は、何も知らないだけなのです、ただ、無責任な大人達に、クロスロード人は悪い奴らだと教えられているだけで……今日、ゆっくりと話してみて分かりました……ですが、私とて、北嶺戦役を見てきた訳では無いのです、何が本当なのかを、これ、だと断言出来ぬのが、何というか……悔しいのです……」


 俯いて肉を齧る彼女は、まさに、憎々しげであり、ナスタチュームを説得出来ぬ自分を恥じているようでもある。野良猫と違って心根の真っ直ぐな彼女には、さぞかし歯痒い事なのであろう。


「まぁ、それは仕方ないだろう、俺だって、先の戦については、何も知らないのだ、知らぬものが知らぬものを説得したとて、水掛け論にもなりはしないだろうさ……サクラのせいでは無いよ」


「ですが……」


 もごもご、と肉を咀嚼する彼女は、やはり納得のいかぬ様子である。しかし、長年に渡り刷り込まれた価値観を、突然現れた旅人が覆すなどと、出来ようはずもあるまいか。


「若先生、あの若族長、ランブルストンさんも、同じ意見のようです……どうも、山エルフの方々は、老齢の方と意見交換というか……そもそも、そういった場を設ける事もないようで」


「それはあるな、何か問題があってから、場当たり的な対応をしているのだろう、家族意識の強さの弊害か……ウンスロホール達を見るに、基本的には放任主義のようだからな……ううん、あまり深入りはしたくはないが、一度、その辺りについて話してみるか……ともかく、浮き板をどうにか返してもらわねばならないのだ、まずはそこから攻めてみるしかないだろう」


 膝の上のチャムパグンに給餌しながら、御用猫は溜め息を零す。両横からは、くるぶしとてんてん丸まで、ぱくぱく、と口を開けていた。


(こやつらは、些か調子に乗り過ぎではないのか)


 先程から、御用猫が自らの口に食材を入れる度に、三方から抗議の体当たりがあるのだ、自力で食え、と思いながらも、彼は甲斐甲斐しく、三匹の、無尽蔵とも思えるその胃袋に、山ぐまの肉をねじ込んでいる。


「サクラよ、とりあえずは、毎日ナスタチュームと話をしてみてくれ、なに、世間話で良いんだ……おなじ……同年代の友人は、どうやら居ないみたいだからな、まずは仲良くなることだ、そこから始めてみよう」


 同じ精神年齢、と言いかけて、御用猫は言葉を取り繕う。サクラの方は、何やら、やる気になったようである、ふんこふんこ、と鼻を鳴らし、皿に盛られた肉料理を掻き込みはじめた。


「リチャードは引き続き、情報を集めてくれ……あぁ、みつばちを連れてくるべきだったかなぁ……」


「いえ、問題ありません、狭いトンネルの中です、それよりも、若先生の方こそ、お気を付けて……話を聞く限り、あからさまな誘いであるような気がします」


「まぁな……しかし、こうなると、皆を連れて来て正解だったな、この仕事、ひとりでは手に負えぬ……正直、助かるよ」


 御用猫の言葉に、サクラとリチャードが目を合わせる。互いに頷き、にこり、と笑みを浮かべたのだ。


「せやろ、もっと感謝しいや」


「なっふ」


「ぴよ」


「いや、お前らは働けよ、この無駄飯食らいどもめ」


 御用猫は、卑しいエルフの口に、小麦の薄焼きをねじ込み、そのまま頬を掴んで左右に揺さぶる。


「あとは、切っ掛け、かなぁ」


「切っ掛け、ですか? 若先生、それは、どういった意味でしょう」


 侮辱発言に対する報復として、三匹のけものに押し倒され、身体中を甘噛みされながら、御用猫は少年に答える。


「各氏族の長老達や代表者を集めた話し合い……おいよせ服が伸びる……それを定期的に行う場を、新たに設けたい、ナスタチューム達が、考えを改める事にも繋がるだろうからな……他のエルフ達はやってるんだ、ここでも必要なはずだろう? とはいえ、頑固な山エルフ達だ、部外者にそれを説明されても、はいそうですか、とは、ならないだろうからな」


「……定期的な家族会議、という訳ですか、成る程、それをしないと困った事になる、と思えるような出来事を起こしてから、会議の必要性を説くと……そして、その最初の場で、浮き板の所有者が森エルフであると議論を行えば……上手く行くかも、しれませんね」


 ペット共に、もみくちゃにされて、それ以上の返事も出来ない御用猫を眺め、リチャード少年は思案する。


「……よく分かりませんが、ゴヨウさん、また、何か悪い事を企んでいるのでは、無いでしょうね? 」


「また、とはなん……わっぷ、くそ、此奴ら、チャムの仕業か、膨らんで」


 この卑しいエルフにかかれば、二匹同時に魔獣の体積を増やす事など、それこそ朝飯前、なのであろう。のしかかられて身動きも取れず、べろべろ、と顔中を舐められるままの御用猫であった。


「なんだい、なにやら楽しそうな事をしているね、ここはひとつ……」


「やめてください」


 すぱぁん、とホノクラちゃんの後頭部を叩いたサクラであったが、やはり、その直前にリチャードと入れ替わったようで、頭を抑えた少年に、彼女は抗議の視線を向けられるのだが。


「……何ですか? 今は、連帯責任ですからね」


 暴君の説得にも、やはり、切っ掛けが必要なのであったのだ。





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