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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 21

「しかし、困ったな……どうしたものかなぁ」


「だから、私が分からせてやると言っています、あの依怙地な性根は、叩かねば直りません! 」


 ウンスロホール達の住居洞、その片隅に居場所を借り受けた御用猫一行は、そこにシートを敷き、川の字に横になっていた。この地下空洞は、呪いも無しに一定の気温を保っており、外の寒さが嘘の様に暖かいのだ。


 明るい場所で眠る事に慣れぬのか、横になってからも、サクラはあれやこれやと話しかけてくる。広い住居洞のあちこちでは、何やら、もぞもぞ、と折り重なって蠢く影もあったのだが、気を利かせたリチャード少年の遮音により、未だ、彼女が気付いた様子は無い。


「うぅん、それも良いかも知れぬが……出来れば、最後の手段にしたいなぁ」


 とりあえずは、穏便に済ませたいと御用猫は考えていたのだ。あれから、紺屋原氏族の族長も交え、夕食時に情報収集を行なったのだが、五党座氏族の族長である、ナスタチュームという少女は、先の戦争で養父を失い、引き継ぎもままならぬ内に、族長に就任したというのだ。


 頼みにしていた古株の戦士長は、その三年後に、養子として育てていた跡目に殺されてしまったのだという。まだ幼年期でありながら、二メートルをゆうに超える大男、その犯人の名が「ウルサネップ」だと聞いた時には、流石の御用猫も、余りの奇縁に背中を震わせたものである。


(食人鬼(オーガ)のくせに(ウルサ)の二つ名とは、詐欺だと思っていたが……成る程な、本名そのまま、だったという訳か)


 山熊が、山を降りたらただの熊、とは、何とも、とんちの効いた話であろうか。感心したように何度も頷く御用猫に、リチャード少年だけが、何か言いたげな視線を投げていた、おそらく、御用猫の土産話すら、彼は全て記憶しているのであろう。


「ですが、若先生、良い案かも知れません、手合いはともかく、ナスタチュームさんをサクラに引きつけておいて、その間に、あのロンダヌス騎士と接触するのは如何でしょう? 」


「……ふむ、それが良いか……幸い、面会は自由のようだし、リチャード、頼めるか? 」


 山エルフ達は十の氏族に別れて生活してはいるのだが、それはあくまで住処が違うというだけであり、彼等は全体で一つの家族、だと考えている。族長はあくまで各氏族の纏め役として、面倒な決め事などに携わるだけであり、戦士長という役職も「村一番の力自慢」程度の意味合いしか持たないのだ。


 各小トンネルへの出入りも自由であり、デミドルジラドが最初に脅かしたように、何か禁止事項がある訳でも無い。これ幸いとばかりに、御用猫はリチャード少年に面倒を押し付けようとしたのだが。


「言っておきますが、若先生「クロスロードのテンプル騎士」が、面会に来たとなれば、向こうも警戒するでしょう、相手の本音を聞き出す為にも、ここは、若先生がお会いになるしか、ありませんからね? 」


「ぐっ」


「ぐっ、じゃありません、ゴヨウさんは、きちんと働いてください、あと、眠れないので、あまり枕を動かさないでくださいね」


 川の字に横になる四人であるが、中心となる御用猫は、何故か左右の二人に腕枕をしているのだ。これは、枕が無いから、というサクラの弁ではあったのだが、些か不自然な理由付けではあろうか。


 当然ながら、卑しいエルフは、御用猫の腹の上である。


「はいはい、分かったから、お前らも、いい加減に寝ろよ、目を閉じて黙ってりゃ、そのうち眠くなるさ」


 御用猫は、そう告げると、自らも眼を閉じる。頭の収まりを確認するように、二、三度転がすと、彼の枕になっているくるぶしが、ぷりぷり、と、その短い尾を振った。




「……ねぇ、まだ起きているかい? 」


「……もう、寝てたんだがな、何だ、なにか用事か? 」


 擦る代わりに、何度か眼を瞬かせ、御用猫は首を傾ける。右隣にはリチャード少年が横になっているのだが、この喋り方は、ホノクラちゃんであろう。


「ふふ、いやね、リチャード君も眠りに落ちた事だし、少々退屈になってしまったのさ……それに、折角の再開だというのに、今まで、キミとゆっくり話も出来なかっただろう? まぁ、そういう事さ」


「どういう事かは分からないが、駄目だからな」


 御用猫は、先手を打って拒否の構え。


「おや? 両手を広げて、ボクはてっきり、そういう事だと思っていたのだけれど」


 ホノクラちゃんは、少しづつ身体を回しながら、くつくつ、と笑いを零す。確かに、御用猫は両手を広げている、これは、黒エルフの、親愛を受け止める際の姿勢ではあるのだが。


「おいよせ、登ってくんな、お前ちょっと、それは洒落で済まないぞ、自分の身体でやれ、自分の」


「そうだね、ボクとしても、キミと魂の交感をするのは、自らの肉体で行いたいとは、思っているのだよ? ……ただ、少しばかり、興味もあってね」


 ちろり、と唇を舐める彼の表情には、何とも妖艶な雰囲気がある、ホノクラちゃんの魂に引かれているのだろう、生来造りの良い少年の姿は、薄く発光する壁面に照らされ、更に色艶を増しており、ともすれば、女性のようにも見えるであろうか。


「いや、聞きたくないから、大人しく寝てくんないかなぁ」


「ふふ、朱唇皓歯(しゅしんこうし)も十人十色……少年の、これ、を通して伝わる感触……そして、その際に、キミの魂が、いったい、どんな反応を見せるものか……正直、たまらないね」


「いや、やめてください、お願いします、なんか壮絶な心傷を残しそうだから」


 お願い、という言葉に、ホノクラちゃんは僅かに反応を示した。黒エルフにとって、友からの「お願い」は、命に代えても聞き届けなければならない、絶対の義務使命なのだ。


 しかし、寸刻動きを止め、御用猫の表情を見詰めた彼は、それがただの言葉に過ぎぬと判断したようである。くつくつ、と再びいつもの笑いを零し、ついには、鼻先が触れ合う程の位置まで登り詰めたのだ。


「ふふ、さあ、観念する事だね……しかし、構わないのだよ? 暴れても、ただ、そうだね、その場合は、この可愛い妹が目を覚まし、理不尽にもキミを責め立てるだろうね……面倒だろう? それは……良いじゃないか、これは夢さ、そう、忘れてしまえば良いだけだよ、いつも、キミがしている事だろう? 」


 少しづつ、少しづつ距離を詰めてくるホノクラちゃんからは、何か甘い香りが漂ってくるようで、判断力すら奪われてゆく気さえするのだ。まさかに、呪いを行使している訳でもあるまいが。


 何もかも諦めた御用猫は、いっそ眠ってしまおうと、眼を閉じる。


 結局、その交歓が終わりを迎えるのには、御用猫の腹の上で涎を垂らすチャムパグンが、放屁するまで待たねばならなかったのだ。


 


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