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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 18

 ドワーフの大トンネルは、なんとも巨大な地下通路である。元々は天然の洞窟であったそうなのだが、遥か上代、ドワーフ達が交通の要衝として、一本の大トンネルとして掘り上げたのだ。


 しかし、それも昔、今では山エルフの住処となり、貴重な鉱物資源を日夜掘り出している。巨大な中央トンネルの左右には、それぞれの氏族の集落兼採掘場たる小トンネルが五本づつ伸びていた。


「紺屋原は、右から三本目じゃけ、他んとこへ勝手に入るんじゃねぇぞ? いいか、絶対だからな、絶対に入るんじゃねぇぞ? 」


「雑な振りだなぁ」


「若先生、これは、二本目に入った方が良いのでしょうか? 」


 御用猫は苦笑して片手をあげる、大方、山エルフ特有の冗談であるだろうから。彼の記憶が確かならば、紺屋原トンネルは中央の東側にあったはずなのだ、ドルジの言うことに間違いは無いだろう。


「さっき通り過ぎたのが一本目ですよね? ……あれを小トンネルと呼ぶのは、何か納得いきません」


 ふうふう、と荒い息を吐き出しながら、サクラが肩から吊るした打刀のベルトを下げ直す。北嶺山脈を貫く大トンネルは、全長五十キロメートル程もあるのだ、中間地点にある紺屋原氏族の住居まで歩けば、夜になってしまうだろう。


「大丈夫かサクラ、疲れたなら、おんぶしてやろうか? 」


「ふう、いえ、構いません、休むのは紺屋原に着いてからにします……そもそも、何処に背負うつもりですか、大道芸人にでもなるつもりですか」


 サクラは、少しばかり恨めしそうな、羨ましそうな視線を御用猫に投げる。彼は相変わらず、背嚢とペットを三匹も抱えたままであるのだが、この上、彼女まで背負い込む余裕があるとでも言うのだろうか。


「……ゴヨウさんは、普段、真面目に稽古してるようにも見えないのに……こういう時は、男の人が羨ましいです、なんだか、ずるいです」


「まぁ、そう言うな、その代わりにサクラは可愛いんだから、俺としては問題ないぞ」


「……やっぱり、ずるい、です」


 ぷい、と顔を背け、少女は少しだけ足を早める。前に出たのは、今の自分の顔色を、理解しているからなのだろう。


「無理はすんなよ? 疲れたらいつでもおんぶしてやるからな……ドルジが」


「だと思いました! 」


 肩を怒らせて、更に足を早めるサクラの背中を、片方だけ眉をあげて御用猫は見送るのだ。


「……若先生、あまり、サクラで遊ばないでください、後でどうなっても、僕は知りませんよ? 」


 咎める、というよりも、何か心配そうな表情のリチャード少年である、御用猫は不思議に思ったのだが、気をつけるよ、と返すにとどめた。


「……本当に、分かっているのかい? キミは面倒が嫌いだと、いつも言っていた筈なのだけどね……忘れていた微かな繋がりも、思い出す程に太くなる……一度別れて散ってしまったものは、今さら拾い集めても、元通りになど、なりはしないのだよ」


 キミ以外はね、と言われたところで振り返ったのだが、しかし、そこに居たのは、きょとん、と、こちらを見つめるリチャード少年だけであり。


(……念話か? ホノクラちゃんめ、外に出たせいで、少々浮かれてやがるな)


 寝ながらに、もごもご、と口を動かし始めたチャムパグンに、ポケットから取り出した干し杏をねじ込むと、御用猫も再び歩き始めるのだ。



「ほわ、ほわぁ! すごい! すごいですよゴヨウさん、トンネルの中に畑があります! 」


 紺屋原氏族の小トンネルに入ると、少し進んだ辺りが大きく開けていた。巨大な空洞の天井には、吊り下げ式の呪い灯が幾つも並び、その空間を照らし出している。広間の底は深く、縁の手摺りから下を覗き込むと、眼下には確かに麦畑のようなものが拡がっていたのだ。


「小川まで流れていますね、凄い、これなら確かに生活もできそうです」


 農場では何人もの山エルフ達が働いていた。小川の先には水車小屋のような物もあり、壁と天井さえ目に入れなければ、光量的に、少々曇り空ではあろうが、地上とさして変わらぬ光景に思えるだろう。


「あ、手を振ってますよ! ゴヨウさん、はやく、早く降りましょう! 」


 先程までの疲れも忘れてしまったのか、わきわき、と両手を震わせ、サクラは大興奮であるのだ。


「よし、行ってこいサクラ、ただし、仕事の邪魔はするんじゃないぞ? 」


「はぁい! おいで、くるぶし、てんてん丸も! 」


 ぴょいん、と走り出す少女を、白と黄色、二匹の丸い生物が追いかけてゆく。


「昔は、何とも思わなかったが、そうか、此処がずいぶんと下がってるのは、隣のトンネルとぶつからないようにしてるのかな」


「成る程、左右に空間を確保してあるのですね、しかし、これだけの規模……いったい何故、こうまでして、山で暮らしているのでしょうか? 」


 御用猫は肩を竦める、何しろ大昔の事なのだ、彼の及びも付かぬ理由があるに違いない。しばし、かつての山エルフ達に想いを馳せていた彼であったのだが。


 ふと、気付けば、デミドルジラドが、じっと、こちらを見つめている。


(おっと、足が止まっていたか、しかし丁度良い、こいつに聞いてみよう)


 以前の御用猫には、山エルフ達が大トンネルで暮らし始めた理由など、まるで興味の湧かぬ事柄であったのだが。


「ふふ、人間、変われば変わるもの、か……おい、ドルジよ、ちょいと聞きたいのだが」


「なんじゃ、その前に、俺も言いたい事があるんじゃが」


 はて、と御用猫は首を傾げる。トンネル内での注意事項でも説明するつもりであろうか、しかし、サクラはもう坂道を走り降りているのだ、何とも手の遅い男である。


「勝手に、他人の背中を使おうとするんじゃねーよ、俺は駕籠人足じゃねーぞ」


「だから遅えよ! 調子狂うからその場で言えよ! 分かった、さてはお前天然だな」


 てっきり、山エルフの仕来りで巫山戯ているのだとばかり思っていたのだが、どうやらこの男は、元々、こういった手合いなのだろう。御用猫は、大きく溜め息を吐くと、目の間を揉みほぐしながら、反対の手で少年の背中を軽く叩く。


「行こうぜ、リチャード、ここに居たらドラゴンが感染りそうだ」


「ドラゴン? ……ああ、成る程、了解しました」


 ふわり、と笑うリチャード少年の方は、相変わらず、大した理解力であったのだ。





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