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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 15

「なぁ、ドラゴンって、どこに居るんだ? 」


 てろてろ、と天井に淡く輝く呪い光を、硬装丁の絵本にて遮りながら、黒髪の少年が、ぽつり、と零した。


「知らない、そもそもドラゴンは、空想上の存在と云われている、この世界の何処かに居るのかも知れないが、少なくとも、私は見た事が無い」


 大きなベッドに並んで、仰向けに転がる全裸の少女が、興味無さげに返事を投げる。いや、興味が無い、という訳でもないのであろうか、彼女は普段から、何に対しても、こうした態度なのだから。


「はぁ? 何言ってるんだ、どの本にも出てくるじゃねーか、これ、見ろよ、この絵は北嶺山脈だろ? ロクフェイトと「竜王」カイゼリンが戦ってるだろ、あ、それともロクフェイトがみんな倒しちまったのか? あぁ……どっかに一匹くらい残ってないかなぁ」


 ほぅ、と溜め息を吐き出し、少年は絵本を投げ出す。剥き出しの肩が冷えたのか、羽毛布団を首まで上げて、ごろり、と少女に背を向けた。


「ジュートは、絵本が好きなのか、それのせいか? 私も読むべきか」


 少年の背中越しに身を乗り出し、金髪の少女が、サイドテーブルに投げられた絵本を取り上げた。背中に感じる温かな、そして柔らかい感触と、ふわり、と顔にかかる、絹糸の如き髪先の甘い香りは、健康的な男子であるならば、およそ止められぬ劣情に、支配されても不思議ではない程のものであったのだが、彼にとっては、先ほどまでの機械的な睦み合いよりも、たった今目にした、英雄譚の余韻を楽しむ方が価値あるもののようであった。


「おい、ちょっと待て、読むなら俺にも見えるようにしろよ」


「いま読んだばかりだろう」


「いいから」


 年若い男女は、ぴたり、と寄り添い、他愛も無い子供向けの絵本を読み進めてゆく。時折、少年の方が、頁をめくる速度について文句をつけながら。


「……はぁ、見てみたいなぁ、山越えした時には、ドラゴンなんて知らなかったからなぁ、探してみれば良かったなぁ……」


「ドラゴンはともかく、魔獣なら居るぞ、サスカッチには会えなかったのか? 」


 視線を合わせずに、少女が問う。


「サス?……あぁ、山ぐまか……はん、あんな雑魚共、何匹倒しても自慢になるもんか、途中から数えるのもやめちまったよ……美味くもなかったし」


 吐き捨てる様に、そう答えを返すと、少年は、はやくはやく、と少女の手を急かす。


「今のジュートに、サスカッチを、そう何匹も倒せるとは思えない……何故だ、私と会ってからも、お前は、急速に弱くなった……その代わり、急速に人間になっている、不思議だ、それが知りたい」


「喧嘩売ってんのか」


 少年の眼と言葉が鋭くなったのは、しかし「弱い」と断じられたからではなく、おそらく、良い所で絵本を閉じられてしまったから、であろう。


「こうして、肌を重ねてみても、やはり分からない、何も変わらない……私は、知りたい……ただ、それだけなのだが……なんとも、難しい」


「んなこと言われてもなぁ、知らねえよ……でも、お前の喋り方は、なんて言うか……女っぽく無いな、とりあえずそこから始めてみろよ、俺も、色々経験しないと駄目だって、あいつにいつも言われて……」


 そこまで口にして、少年は押し黙る。彼は思い出したくも無い、過去の記憶を封じる様に、顔の傷を手の平でなぞった。


「そうね、環境を変えてみるのは大切かしら? ジュートだって、最初の頃とは、話し方も雰囲気も、随分と変わってるしね」


「だからっていきなり変えんなよ、てか、なんですんなり変えられるんだよ、怖えよ、そーゆーところが、駄目なんだよ」


 突然、隣に現れた可憐な少女に、少年の心臓が、どきり、と跳ねる。


(……なんだ、これ、気持ち悪ぃ)


 驚く彼の反応を見て、くすくす、と笑う少女に覚えたのは、恐怖か、それとも別の感情か。


「うーん、ジュートには、まだしばらく付き合って貰おうかな? ……でも、それまでには、もう少し上手くなってよね、正直、痛いだけだし」


「何を……あぁ……知らねーよ、俺だって……いや、田ノ上のおっさんに聞いとくよ……」


 再び、ごろり、と背を向け、少年は眼を閉じる。背中に張り付いた少女の、よろしくね、との甘い囁きは、何とも蠱惑的で、何やら楽しげで、悪戯っぽくもある。


(どんだけ豹変するんだ……人は、ゆっくり変わるもんじゃ無いのかよ)


 その言葉は、彼の師が、よく口にしていたものであったが、少年にとっては、やはり、思い出したく無い過去の事である。


 一度、二度、顔の傷を撫でると、少年はゆっくりと、眠りの淵に沈んでゆくのだった。その背中に、温もりを感じながら。




「……熱ッ!」


 焼ける様な背中の熱に、御用猫は跳ね起きる。突き飛ばされたチャムパグンが、サクラの上にのし掛かり、下敷きになった少女が、些かはしたない悲鳴をあげた。


「あちち、あっつ! 何だこれ、なんだ! 」


 上下から手を回して背中をはたき、御用猫は、そこから熱源を叩き落とす。


「ちょっと! 何ですか! ……まだ早いのではないですか、もう! ゴヨウさんは少しはしゃぎ過ぎです」


 眠そうに眼を擦りながら、桜色の唇を尖らせる少女に、御用猫は黄色いひよこを投げつけた。


「きゃっ! 何するんですか! てんてん丸が……あっつッ! 」


 余りの熱さに、まるでお手玉でもする様に、サクラは黄色いひよこを宙に放る。どうやら、てんてん丸が過剰に放熱しているようなのだ。


「……なにか良い夢を見ていたようだね、寝ながら、鼻の下を伸ばしちゃってさぁ」


「リチャード! ちゃんとこいつを押さえとけ、てんてん丸が焼き鳥になったらどうする、非常食ってのはな、非常時に……あっつゥ! 」


 再び背中に張り付いた高熱のひよこに、御用猫は悲鳴をあげる。堪らず、彼はテントから飛び出すと、薄く積もった雪の上に転がり、背中を冷やすのだ。


 見上げる北嶺山脈の威容は、夜明け前の薄暗がりでも、充分に感じる事が出来た。ひとつ息を吐き出すと、急激に冷えてゆく身体を自ら抱きしめ、今度は、チャムパグンの呪いで快適な温度の保たれた、テントの中に逃げ込むのだ。


「はぁ、死ぬかと思った……んぅ、目が覚めてしまったな、少し早いが、仕度するか」


「そうですね、明日には、山エルフの砦に着くのでしょう? ゴヨウさん、早くしましょう、あ、てんてん丸はちょっと我慢してくださいね、折角だから沸かしてしまいましょう」


 ぴよぴよ、と鳴くひよこの上に鉄の足と小さな鍋を載せ、サクラが朝食の準備を始める。どうやら、この熱を利用してお湯を沸かすつもりのようだ。


「いや、サクラ、鍋の中に浸けてみろよ、出汁が取れるかも……熱ッ! 」


 焼け石のように熱を放つてんてん丸に、顔面に飛び付かれ、御用猫は、ひときわ大きく悲鳴をあげるのだった。



年度末の軟禁生活もようやくに終わりました。


また、コチコチと投稿していこうと思う所存でありぬりはべり。


いまそかり

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