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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 14

「……ゴヨウさん、寒いです」


「だから言ったろ、山に入ったら別世界だとな……ほら、こいつ抱いてろ、まだまだ序の口だぞ」


 麓の開拓村から丸一日歩き、御用猫一行は北嶺山脈に足を踏み入れた。とはいえ、現在歩いているのは、小峰と呼ばれる、手前の低山地である、この辺には、まだ雪も無いのだが、徐々に下がってゆく気温は、冬の世界に近づいている事を、確かに伝えているのだ。


 御用猫は、頭の上の黄色いひよこを、むんず、と掴むと、震えるサクラに放り投げる。大きさは子猫程もあろうか、ホノクラちゃんの呪いにより縮んでしまった、祖霊鳥てんてん丸。


「ゴヨウさん! いきなり投げないでください! この子を落としでもしたら……ほわっ、あったかい! 」


 魔獣とはいえ、寒さは感じるのであろう、てんてん丸は自ら発熱し、身体を温めているようなのだ。その生きる湯たんぽを、ぎゅう、と抱き締め、サクラは頬擦りせんばかりに暖をとるのだが、当のてんてん丸は、ぴよぴよ、と些か不満気な鳴き声をあげる。


「いつの間にか、キミも気に入られていたようだね……それとも、また悪さでもしたのかな? 相変わらず手が早いね、ふふ、少しばかり妬けてしまうよ」


「悪いが……いや、悪いとも思わんな、今は、めんどくさい冗談に付き合う余裕は無いんだよ、何十キロ抱えてると思ってんだ」


 御用猫の背中には、登山用の装備が一式、背嚢に載せられ背負い込まれているのだ。そればかりか、胸には卑しいエルフも抱えている。


「……ふん、その娘を降ろせば良いんじゃないのかい」


「気が合うな、俺もそう思うよ」


 この、歩くことを忘れた怠惰で卑しいエルフは、足が退化でもしたかのように、頑なに二足歩行を拒み、御用猫にしがみ付いて離れようとはしないのだ。


「……まぁ、こいつには、後で働いて貰わねばならんからな、多少の我儘は仕方あるまい……冬の雪山に入るのだ、本来ならば、この程度の軽装で立入れる場所じゃ無い……自殺志願者でも、もう少し準備してくるだろうさ」


 開拓村で支度する際にも、随分と不審がられ、御用猫は、同じ説明を何度繰り返したのか、覚えていない程なのだ。とはいえ、子供連れで冬の山に入る準備をしているのだ、それも無理からぬことではあろう。


「ふぅん、少しばかり甘やかし過ぎだと、ボクは思うのだけどね……そもそも、毎度毎度、その娘を連れてくるけれど、いったい……」


「ゴヨウさん! あれ、何ですか、凄いツノ! 山羊でしょうか、シカ? それともトナカイと言うやつですか! 」


 山道の両脇には、落葉樹林が続いていた、この辺りには、まだ高山性の動植物は見られないのだが、それでも、クロスロードでは見かける事の出来ぬ生き物も、その姿を現し始めるのだ。


「さてね、イベックスだったかな? あんまり美味くはなかった……いや、あの時は、生で食ったからなぁ、きちんと処理すればいけるのかも」


「なんで、生で食べるんですか! お腹壊したらどうするんですか! 全く、ゴヨウさんは私が付いていないと、半日もたずに行き倒れてしまいますね」


 サクラの声に驚いたものか、山羊の様な生き物は、跳ねるように逃げ去ってゆく、落胆の声を漏らす少女であったが、その足取りは軽く、まだまだ元気そうではあろうか。


(少し、はしゃぎ過ぎか? これから本格的に山に入るのだ、抑えさせておくべきか)


 以前、帰らずの森を歩かせた時に、少々、体力面に不安を感じた事を思い出し、御用猫は顎をさする。そもそも、北嶺山脈にまで彼女を連れてくるつもりも無かったのだが、ちらり、と、それを匂わせたところ、大層な剣幕で迫られ、仕方無しに同行を許していたのだ。


「まぁ、山羊だのシカだのは問題無いが……リチャード」


「はい、何でしょうか」


 ぱちり、と瞬きひとつ、ホノクラちゃんとリチャード少年が入れ替わる。


(どうにも、既視感を覚えると思ってたが……あれか、みつばちの振りしてた時の、さんじょうか)


「若先生? 」


 首を傾げる少年に、御用猫は一度チャムパグンを抱え直し、何でもない、と首を振る。


「峠を越えれば、北嶺山脈に入るからな、そこからは年中雪がある……まぁ、寒さに関しては、チャムとお前が居るのだ、何とでもなるが……」


山熊(サスクワッチ)、ですか」


 ほう、と御用猫は感心する、相変わらず博識な少年であるのだ。山ぐま、と呼ばれるこの魔獣は、ゴリラと熊を足した様な外見と、見た目通りの怪力を誇る、北嶺山脈の支配者である。


「山エルフ達が、大国に挟まれながら、長年自治を保てるのは、何も過酷な環境の為だけではない……支配する旨味はあれど、交易するに留めておくのは、山熊どものせいなのさ」


 白い体毛の山熊は、北嶺山脈全域を縄張りとし、そこを犯すものあれば、雪に紛れ、群れをなして襲い掛かるのだ。かつて、ロンダヌスが鉱物資源目当てに、山エルフの砦に侵攻した際には、五千の兵が三日と持たなかったのだと、御用猫は幼少時に聞いた事がある。


「寒さに震えながら強行軍、山エルフは皆が強力な戦士だし、足元も悪い、雪の中では煮炊きにもひと苦労なのだ、ろくな飯も食えぬであろう上に、休む間も無く山熊に襲われる……ちょっと、考えたくも無いな」


 想像するだに恐ろしい、無謀な戦である。ぶるり、と肩を震わせ、哀れな騎士達に想いを馳せる御用猫であった。


「ロンダヌスが、彼等と手を結ぶのも、道理という事ですね……ですが、山エルフ達は、山熊に襲われぬのでしょうか? 」


「あいつらは、昔からの盟約に守られてるからな……まぁ、それでも縄張りに入れば襲われるそうだが……逆もまたしかり、こっちが正規の登山道を進んだとしても、襲われる事もあるだろう、まともに相手は出来ぬからな……いいか、狙う時は、喉を突け、一撃で仕留めなければ、そこで終わりだぞ」


 ごくり、とサクラが喉を鳴らす音が聞こえた。リチャード少年には、ローエから借りた長剣を持たせてはいるものの、彼がそれを使うのは、御用猫が倒れた時であろうか。


「まぁ、はぐれ者を始末しても、仲間が集まってくる事は無いのだ、一匹二匹ならば、そう大した事もないさ、くるぶしの仲間の方が、余程に手強かったな」


 眉を寄せるリチャード少年の緊張をほぐす為、御用猫は軽い調子にて、そう締め括る。足元に転がるくるぶしが、なっふなっふ、と、どこか自慢気に舌を出して吠え立てた。


(とはいえ、マダラとそのあたりの山熊では、比較対象にもならないだろうが)


 御用猫が、かつて戦った月狼は、通常の個体とは、戦闘力の桁が違うであろう。懐かしさに目を細めながら、彼はもう一度身体を揺すると、卑しいエルフを抱え直す。


「少し、休憩するか……腹も減ってきたしな」


「やっとですか、あたしゃもう、ヘトヘトでごぜーますよ」


 御用猫は卑しいエルフと荷物を降ろすと、片膝をついて、そこにチャムパグンをうつ伏せに載せなおす。


「お、何だか久し振りの格好……あっ、嫌っ、やめて、皆が見てるの! 」


 つるり、と剥いた彼女の尻は、ぱしーん、ぱしーん、と未だ遠い北嶺山脈にまで響きそうな程に、良い音を立てるのであった。





年度末なので忙しいような、更新頻度が落ちるような、そうでもないような、そんな感じでごさいまする。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。


かしこ

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