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続続・御用猫  作者: 露瀬
33/159

凍剣 雪中行 11

「浮き板が、戻って来ない? 」


 その通りなのです、と眉根を寄せるオーフェンは、しかし、疑念というよりも、何か心配そうな表情を、その顔に浮かべていたのだ。


(あれから半年以上は経っているだろうか、全く、呆れた奴だ、山エルフとは友好関係にあるのだろうが、流石に、なしのつぶて、となれば疑って然るべきであろうに)


 御用猫が、老狩人のブブロスと共に、月狼の王であるマダラと闘ったのは、随分と前の事であった。そして、その際に、ウィンドビットの左手ごと斬り落としたのが、森エルフの至宝たる白銀の鎧、その名も「浮き板」である。


「若先生、森の銀の補修には、山の銀を使うと聞いた事があります、寡聞にして、補修方法などは分かりませんが、それでも、北嶺山脈に埋蔵される鉱物には違いないのです、森の銀よりは入手も容易いはず……少々、時間がかかり過ぎかと」


 御用猫は顎に手をやり、しばし考える。リチャード少年の言う事はもっともであろうか、ある意味、天然樹脂とも言える森の銀は、世界樹からしか採取出来ないのだ、その森の銀と、並び称される程に稀少な金属とはいえ、山の銀は、山エルフ達の住まう北嶺山脈から、いつでも採掘可能な、鉱物資源であるのだ。


「……最悪、今ある銀を溶かせば良いだけだしな、約束を重んじる奴らにしては、確かに、些か遅過ぎるであろうか……うん、了解した、ちょいと様子を見てこよう、森エルフが直接に催促したならば、山エルフとしても、面子が立たぬであろうしな」


「感謝します、猫の先生には、無理を言ってしまいました」


 オーフェンの表情からは、申し訳のなさが容易く見て取れる。相変わらず律儀な種族ではあるのだが、この先、彼らが人間の悪意に触れる様な事になれば、その純真さも失われてしまうのだろうか。


(……いつかは、そうなるのも仕方ない事なのだろうが……せめて、少しづつ、慣らしていかねばな)


 好むと好まざるとに関わらず、この森に、いつまでも閉じこもる事は出来ぬのだ。他のエルフ族に比べても、森エルフは閉鎖的な気質を持っている、この、神聖で静謐な帰らずの森が、いつの日か戦場になる事の無いよう、御用猫は、珍しくも六柱の神に願うのだ。


「そんな顔をするな、オーフェンよ、友人を助けるのは当然のことだろう……それに、くるぶしの恩もあるのだ、こちらから願い出ても良いくらいなのさ、まぁ、ここは、俺達に任せてくれないか」


「もちろんです! 私もお手伝いしますからね、でも、北嶺山脈ですか、私、本物の山エルフを見るのは初めてなのです! なんだか楽しみですね、頑張りましょう、ゴヨウさん! 」


 丸く膨らんだくるぶしを高く掲げ、サクラが気勢を上げる。やる気だけは、大したものなのだが、おそらく、それの半分以上は、観光について振り向けられている事だろう。


「……それで、僕は、どうすると言うのでしょうか、此処に残って、修理の準備ですか? 浮き板の実物を目にした事はありませんが、裏面には、黒エルフの呪いが施されていると聞いています、しかし、梵字に関して、助けになれる程の知識はありませんし、若先生に同行したいと思うのですが……」


 御用猫に隠れるようにして、ホノクラちゃんから距離を置き、しかし、視線だけは、じっとり、と彼に向けている。


「ふふ、そんなに警戒する事は無いのさ、リチャード君は、当然に、彼に付いて行って構わないよ……むしろ、そうして貰わないと、ボクが困るのだからね」


「……これは、予感ではありません、何か、碌でもない事を、考えていますね? 何のつもりですか、その視線を外してください」


 リチャード少年は目を細め、声を落とす。何やら睨み合っていると思えば、どうも、ホノクラちゃんは、少年に対して、何らかの呪いを行使しているようなのだ。


「いや、大したものさ、賞賛に値するよ……うん、これなら、運び手としては申し分ないかな? 大丈夫、精神を汚染するような、危険なものでは無いよ、ただ、少しばかり、ボクの居場所を作るだけでね」


「ぐっ、それが、碌でもない事だと、言っているのです」


 リチャード少年の額に、玉のような汗が滲み始める。


「……ホノクラちゃんよ、そうは言うが、なんか苦しそうだぞ? お前の事は信用してるが、本当に、危険は無いのか? 」


「何言ってるのさ、キミ自身、中に二人も飼ってるくせに……少々腹立たしくもあるのだよ? ボクに黙って、勝手に他人と魂を繋ぐなんてさ、それが無ければ、キミに間借り出来たのに」


 御用猫は、目を閉じて考え込んだ。何となく、ではあるのだが、ホノクラちゃんの言う事は理解できる気もする、以前、黒雀が、何かその様な事を言っていただろうか。


「ううん、まぁ、あれには命を救われたのだからなぁ、仕方無いかなぁ……しかし、貴様は別だ」


「ぐぇー」


 膝の上にて涎を垂らす、卑しいエルフを、御用猫は力を込めて締め上げる。潰れた蛙のように息を吐き出すと、チャムパグンが目を覚ました。


「むぎぃ、なんですか、ご飯ですか、まだドビットは野菜煮込んでますよ? わいは寝る」


 くたり、と頭を傾けるチャムパグンを、再び締め上げると、御用猫は、その頭頂部に噛り付いた。


「何やってんだお前は! 人様の中に、勝手に布団敷いてんじゃねーよ! 」


「なんや、やるんか? おぉ? やってもえぇねんぞ、こっちは毎晩セクハラに堪えてんのや、うら若き乙女の柔肌を、タダで触れるとでも思ってたんか」


「そっか、なら良いや」


「せやろ、うぃんうぃんってやつでごぜーますよ、ワハハ」


「良くありません! 何言ってるのかは分かりませんが、なんとなく、いやらしい事だとは分かります! ふけつ! いやらしい! ひわい! 」


 ばしばし、と肩を叩かれる御用猫の陰で、遂に力尽きたリチャード少年が崩れ落ちる。


「ふふ、なかなか頑張ったじゃないか……そうだね、あと百年ほど修行したならば、ボクとも張り合えるかな……でも、何も悪い事ばかりじゃないのだよ、いっときの事とはいえ、ボクの魂を、その身に住まわせるのだからね……違った景色も、見えてくるかも知れないのさ」


「……ひとつだけ、約束してください……」


 土間に伸びるリチャード少年は、苦悶の表情であるのだが、ぶるぶる、と身体を震わせ、何とか顔を起こし、ホノクラちゃんに目を向ける。


「納得はしました……確かに、浮き板の状態、真贋を見極めるのにも、山エルフの説得にも、貴方が同行するのが一番でしょう……そして、森から出られぬお役目とも、聞いております……ならば、僕の身体を貸すのが、確かに、理に適っております……若先生の為にも、貴方を受け容れる事に、異論はありません……ありませんが……しかし」


 御用猫と黒雀は、かなりの時間をかけて、少しづつ、ゆっくりと魂を繋いだ、チャムパグンに関しては、そこらの常識など通用しないであろう。しかし、リチャード少年とホノクラちゃんの接続は、急激に行われたのだ、危険は無いとは言うものの、肉体的にも、精神的にも、負担は確かにあるのだろう。


 呪いの才能に溢れ、田ノ上道場で鍛え抜かれた、リチャード少年の身体であるからこそ、この儀式に耐えられたのである。そして、彼は最後の力を振り絞り、確認をとるのだ。


「……僕の身体を使って……若先生と「挨拶」するのだけは、やめてください……」


 ホノクラちゃんは、無言であった。


 ばたり、と地に伏した少年の顔には、諦観の表情だけが、張り付いていたのだ。






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