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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 10

 御用猫一行を迎えたのは、森エルフの氏族「ジャガーと翼蛇」の若族長、オーフェンと、その妻であり、氏族の戦士長でもある、ウィンドビットの二人であった。


 森エルフ式の挨拶である抱擁を交わし、次に人間式の握手をする。これはリチャード少年の提案であったのだが、今ではこれが、正式にクロスロードとの外交儀礼として、取り入れられているらしい。


「お久し振りです、猫の先生、お変わりはありませんか? ……もう少し、背が伸びているかと思いましたが」


「親戚の子供か」


 御用猫の手を握ったままに、オーフェンは、くすくす、と笑ってみせる。肩までの金髪を震わせ、青い目を細めた、その顔を見るに、どうやら冗談のつもりである様だ。


「随分と染まってきたなぁ、ドビットなどより、余程、人間に近付いたんじゃないのか? 」


「本当ですよ、オーフェンったら、最近はクロスロードの図書に夢中なのです……このままでは、猫の先生みたいになってしまうのではないかと、私は心配で心配で」


 ふわり、と長い銀髪を揺らすのは、ウィンドビット。金髪ばかりの森エルフにあって、彼女の髪色は、ひと際異彩を放つものであろう、しかしそれは、彼女に人の血が混ざっている事の証でもあるのだ。


「ドビットも、人の事は言えないぞ……経過は順調のようだな、少し大きくなってきたのかな」


 御用猫の言葉に、ウィンドビットは、その緑眼を細め、愛おしそうに腹をさする。今は妊娠中の彼女であるのが、その腹部は、さほどに膨れた様子もない、森エルフ族は基本的に成長が遅く、そして、出生の際も未熟児として産まれてくる為である。


 とはいえ、人間よりも生命力の強い彼らにとっては、それも問題にならぬのだ。両親の愛と祖霊の加護、そして呪いの力に護られ、子供達はすくすくと、しかし時間をかけて成長してゆく。


「あ、あの、ウィンドビットさん、少し、触らせて頂いても、構いませんか? 」


「ええ、喜んで、サクラも、この子を祝福してあげて下さい」


 おそるおそる、彼女の腹に手をやると、サクラは腰を落とし、そこに耳を当て、命の音を確かめるのだ。


「何だか、不思議な感じがします……ウィンドビットさん、後でお話を聞かせて下さい、その、森エルフの方とは違うのでしょうが、海エルフの、その、こういった場合の、知識というか、何か、注意する事というか……その」


「海エルフ? ああ、例の……そうですね、私は詳しくありませんが、あの方ならば、存じていると思いますよ」


「……じゃ、とりあえず、後は任せるから、リチャード、用件だけ聞いておいてくれ、俺はチャムと森に帰るから」


 くるり、と振り向いた御用猫を、オーフェンが羽交い締めにする。エルフにしては華奢な男であったが、意外に力は強いようである、やはり、人間とは身体の造りが違うのであろうか。


「猫の先生、今日は私達の家で、もてなしを受けて頂かなくては……ふふ、色々と、用意もしていますよ? 」


「やだやだ、貴様! オーフェン! まだ根に持っていやがったのか」


「まさかそんな、森エルフは恨みを残したりしませんよ……ただ、猫の先生が、今回も何か手土産を持ってきているだろうと、私は、そう考えているだけで、これは人間で言うところの「先払い」という奴でしょうか」


 なんたる事か、この性悪エルフは、御用猫の悪行を予測し、先手を取ってきたというのだ。これは許されざる裏切りであろうと、御用猫は、自らの行いを省みる事なく、心の内にて報復を誓う。


(おのれ、この借りは必ず返す……ドビットの子供が無事に産まれたならば、見ていろよ……カンナの商会に避妊薬を量産させ、定期的に、森に届けさせてやる……まずは、森エルフとの取引の権利を得ねば、しかし、俺から融通を利かせる訳にもいくまい……地道に交渉と、信用を積み上げさせ、しかるのちに……)


 ずるずる、と引き摺られながらも、御用猫は迂遠なる計画を立ててゆくのだ。森エルフの寿命は長い、せいぜい、末長く幸せになってもらうとしよう、などと考えながら。



「やぁ、久し振りだね、少々、待ちかねてしまったよ……ふふ、心が踊る、とでも言うのかな? 良い言葉だとは思わないかい、今のボクの心情を表現するのに、これほど適切なものも無いだろう、キミにとっては、僅かな合間かも知れないけれどね、悠久の流れに住まうこの身には……」


「いいから」


 ぺちん、と、その広げられた白い腕を叩くと、御用猫は土間の上に置かれている、細い植物で編まれた円座に腰を下ろした。


「なんだい、キミは相変わらず、つれないねぇ」


 御用猫の首に、後ろから手を廻し、その頬に口づけしそうな程に、しなだれかかるのは。


「ホノクラちゃん、視線が痛いから、ちょっと離れてくんないかな」


「あん」


 ぐい、と顔の間に手を差し入れ、御用猫は「彼」の端正な、それ、を遠ざけるのだ。


 見た目だけならば、絶世の美女、と呼んでも差し支え無いであろうか。長い黒髪に白い肌、切れ長の目も涼やかに、両横の大きく開いた貫頭衣からは、些か危険な領域まで、その肢体を覗かせているのだ。


 しかし、彼の姿を見る者は、まず、その異様な入れ墨に目を奪われるであろう、全身をくまなく覆う、梵字の如きその紋様は、黒エルフ特有の呪いである。一見して、不気味な印象を与えるであろうそれは、だが、次第に見る者の心を引き寄せ、遂には、魂の檻に捕らえてしまうだろう。


 過去、黒エルフが人間から弾圧され、忌み嫌われたのは、外見が不気味であるから、では無い。その美しさこそを、人は真に恐れたのだ。


「ふふ、そうだね、ここでは「挨拶」も、ゆっくりとは出来ないだろうし、先に話を済ませてしまおうか」


 妖艶とも思える笑みを浮かべ、ホノクラちゃんは、御用猫の隣に腰を据え、彼にもたれかかる。艶かしくも、しかし、座り方にすら、気品を感じるであろうか。


「そうだな、先に面倒ごとを聞いておこう……んで、今回呼ばれたのは、何事だ? リチャードにまで声をかけたのだ、人手は要るが、内密な、そして荒事になりそうな案件なのだろう」


 何か、サクラとリチャードから、刺すような視線を送られ、御用猫は再びホノクラちゃんを遠ざけるのだ。


「そうだね、なかなか鋭い考察とも言えるだろうけれど、答えとしては遠いものかな……ねえ、とりあえず、キミにひとつ、お願いがあるのだけれど」


 ホノクラちゃんの視線は、御用猫に向けられていたのだが。彼の頼み事自体は、その先は、別のところに送られていたのだ。


「リチャード君を、ボクに貸してくれないかな? 」


「いいよ」


「そう、じゃあ、決まりだね、出発は明日にしようか、いや、もう一晩、もてなしがあるのかな? それが終わってからにしようか」


「それでは、依頼の内容なのですが……実は少々、困っている事がありまして、本来ならば、我々だけで解決しなければならない問題なのでしょうが……」


「は、はぁあぁっ!?」


「わ、若先生!?」


 オーフェンが、今回の仕事について話を始めた辺りで、ようやくに、サクラとリチャードが声をある。


 顔を見合わせて笑う三人は、実に、悪い大人であったのだ。


 



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