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続続・御用猫  作者: 露瀬
31/159

凍剣 雪中行 9

「リチャード! 久し振りっ! 」


 ぽいん、と飛び跳ねたのは、まだ年若そうなエルフの少女であった。薄い金髪は短めで、いかにも動きやすそうである、くりくり、としたアーモンド型の緑眼は、彼女の溌剌さを一点に集めたかのように、大きく見開かれ輝いているのだ。


「イリヤ、声が大きい……皆さん、久し振り、元気していましたか」


 馬車に飛び乗り、リチャード少年に抱き着く少女の襟首を掴むと、もう一人のエルフが、溜息と笑いを同時に吐き出した。


「うぇ、だって、兄さん、いいじゃない」


 兄に引かれながら、なおも抵抗し、リチャードにしがみ付こうとする少女の手を、サクラが、ぱしん、と叩き、間に割り込んでくる。


「お久し振りですイリヤ、それにローエさんも、積もるお話は道すがらにしましょう、オーフェンさん達にも、早くお会いしたいのですからね」


 歯を剝きだすサクラの笑顔は、威嚇にも近いだろうか、しかし、イリヤと呼ばれた少女は、特段気にする風でも無く、ぴょこん、と荷台に乗り込んできた。


「ローエも乗って行けよ、もう、遠慮する仲でもあるまい……サクラ、チャムを取ってくれ、それはこっちに座らせるから」


「あたしゃモノ扱いですか……おい、精密機器なんだから、そっと扱ってくだせーよ」


「自分で歩きなさい! 」


 ぺちん、と尻を叩き、サクラは卑しい方のエルフを御者台に追いやると、そこにローエを招く。皆が落ち着いたところで、御用猫はロシナン子を走らせるのだが。


「兄さん、リチャードと代わってよ、近くでお話したいんだから」


「お前は……走る前に言わないか」


 ローエは、文句を言いながらも、呆れたように立ち上がる、この様子では、どうやら、この妹の我儘は日常茶飯事であるようだ。


「リチャード、そういう事だから、少し良いかな? 実は、村に着く前に、話したい事もあるんだ」


「僕にですか? それは、今回、僕が呼ばれた事と、何か関係のある話でしょうか」


「いや、それとはまた、別件なのだけど……」


 走る騾馬車の上で交錯しながら、ローエは何気なく、まるで世間話でもするかの様な調子にて。


「イリヤを、貰ってくれないかな」


「え、うわっ! 」


 思わず足を滑らせたリチャード少年は、頭から荷台に倒れ伏す。丁度、彼の場所を開けていた為に、誰かを下敷きにする事は無かったのだが、足を畳んだまま、仰向けに転がってしまうのだ。


 額を擦りながら目を開けた少年の顔を、イリヤラインの、くりくり、とした元気そうな瞳が覗き込んでいた。彼女は、何か楽しげに、まるで、とっておきの名案を告げる子供のように自慢気に。


「ね、どう? いいでしょ? 結婚しようよ! 私、クロスロードに行ってみたいの! 」


 がっちり、と頬を両手で固定し、そう、大きな声で宣言するのだが。


「駄目に決まっているでしょう! 」


 それに負けぬ程の声量にて、サクラが再び割り込んでくる。しかし、頬を膨らませたイリヤラインは、即座に文句を言い始めるのだ。


「なんで! 」


「なんでも何もありません! 駄目に決まっているのです、えぇ、決まっていますとも! そもそも、互いの事さえ良く知らぬ男女が結婚するなどと、あり得ません」


「そんな事無いよ! クロスロードには「ひとめぼれ」ってのがあるの、知ってるんだから! 今まで読んだ、どんなお話にも、必ず「ひとめぼれ」はあるんだから、普通だよ、人間の普通なんだよ! 」


「どんな普通ですか! その様な事……い、いえ! 普通ではありません! 確かに、少しだけ憧れはしますが、決して、普通ではありませんとも! 」


 ぎゃいぎゃい、と、喧しい口論に、御用猫が耳を塞いでいると、御者台の背もたれにリチャード少年がしがみついてきた。それと同時に、背後の喧騒が、ぴたり、と収まる。


「へぇ、リチャード、随分と腕を上げたね……うん、これは、良い子が産まれそうだ」


「やめてください、本当に」


 どうやら、少年が遮音の呪いを行使したようだ。しかし、呪いに長けた森エルフに褒められるとは、彼の才能も本物であろうか。


「そう? あれでも、イリヤは優秀な娘なんだけれど……あぁ、家事に関しては、リチャードに頼るかもね」


「ローエよ、しかし、そんな簡単に決めても良いのか? 海エルフ程では無かろうが、森エルフとて、人間との婚姻は、あまり歓迎されぬであろう? ……ブブロスも、嫁さんの事を話す時には、寂しそうにしていたぞ」


 かつての事件で知り合った老エルフの事を思い出し、御用猫は声を落とした。ローエも、その人物については良く知っているのだ、再婚の許されぬ森エルフにとって、寿命の違う種族間での婚姻は、死別の先に訪れる、長い寂寥との戦いを意味するだろう。


「猫の先生、それなら問題ありませんよ、我が氏族には内緒にしておきますから……リチャードが亡くなったなら、子供を連れて森に帰り、私とつがいになれば良いだけの事です」


「成る程、もう打ち合わせ済みという事か、なら良いかな? ……あ、でもな、リチャードはもう先約が二人、いや、三人になるかも知れぬのだ、そうなると、イリヤは四人目の妻という事になるが、それは大丈夫なのか? 」


「もちろん承知しています、ですが、妹はサクラとも仲良くしていますし、二人が四人になろうとも、上手くやっていけますよ」


 ほう、と御用猫は感心するのだ。このエルフの兄妹は、人間の事を良く学んでいる様子である、その上で話し合い、決めた事なのであろう。


「うーん……なら、良いか」


「良くありませんってば! 」


 がくがく、と肩を揺さぶられ、御用猫は首を前後させる。リチャード少年は、既に涙目であった。


「いやいや、そうは言うがな、よく考えてもみろ、辛島ジュートは森エルフとの親善特使でもあるのだぞ? その男が、森エルフから妻を娶るのだ、果たして、これ以上の友誼親交があろうか? 」


「僕にその名を擦り付けないで下さい! ……若先生、薄々、感じてはいましたが、まさか、面倒になってきたからといって、辛島ジュートとしての御役目を、僕に丸ごと押し付けようなどと、考えてはいませんよね? 」


 御用猫はしかし、黙して語らず。


「若先生! 」


 がくがく、と御用猫の肩を、再び揺らすリチャード少年であったのだが。


 とうとう彼女らに気付かれたものか、背後から伸びる二本の腕に捕らわれ、遮音の呪いの向こう側へと引き倒されるのだ。


「わ、わかせんせっ……」


 何やら、助けを求める悲鳴が聞こえた様な気もしたのだが、少年の設置した見えざる壁は、非情にも、それを遮断してしまう。


 聞こえぬ声まで救う事は、いかな名誉騎士とて、不可能であったのだ。




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