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続続・御用猫  作者: 露瀬
30/159

凍剣 雪中行 8

 森の奥から現れたのは、しかし、数台の馬車であった。屋根にはためく雷鳥の旗は、奥森まで入る事を許された証であり、公式の貿易団であろう。


「客車ではありませんね、王宮からの使節団では無く、御用商人でしょうか? 」


 御者台の隣に座るリチャード少年は、相変わらずの洞察力を発揮していた。


「材木の取り引きならば、この広場で行う筈ですので、嗜好品や日用雑貨でしょう……若先生、これは、手土産が無駄になったかもしれませんね」


「まぁ、こういったものは気持ちの問題さ……それに、俺の土産は特別製だからな」


 ひひひ、と笑う御用猫の横顔を見る少年は、何やら呆れ顔なのである。


「若先生……まさか、また、良からぬ物を持ち込むおつもりでは……あまりエルフの文化に影響を与えるなと、釘を刺されているのですからね、アルタソマイダス様に知れたら、お叱りを受けてしまいますよ? 」


「リチャードよ、その辺りの取捨選択はな、向こうの考える事さ、エルフ達が、この先も人間と付き合うならば、遅かれ早かれ影響は受けてしまうのだから……というか、なんだ? お前、アルタソと連絡とってんの? 」


 そういえば、この少年は、たまにアドルパスやアルタソマイダスの屋敷に出入りしていただろうか。御用猫はてっきり、ゆっこにでも会わされているのだろうと思っていたのだが、そういった指示を授けるには、確かに都合の良い繋ぎの手段であろうか。


「はい、ハルヒコさんやハボックさんでは、色々と問題もあるでしょうし、志能便の方に、という訳にも……なので、今は僕が連絡調整を行っております」


「ふぅん……親父殿は、なんて? 」


 にやにや、と笑う御用猫に、リチャード少年は、少しだけ唇を尖らせた。彼のその顔だけで、年甲斐も無くやきもちを焼き、少年に嫌味を言う田ノ上老の姿が、はっきりと想像できるであろう。


「もう、若先生が行って下されば、この様な思いを……あれは、バルタバンダ商会の旗? ここまで、手を広げていたのか」


 ゆっくりと近付いてくる馬車には、クロスロード国旗に遠慮する様に、一段低く、一回り小さい旗も掲げられている。黒い鼠の商旗は、北町の大店であるバルタバンダ商会のものであった。


 くい、と片眉を上げる御用猫に、頬を寄せ、リチャード少年は声を落として説明する。


「倉持商会の競合店です、北町が縄張りの中心ですが、最近は何処かの貴族に取り入って、勢力を伸ばしてきているようですね……悪い噂どころか、良い話しか耳にしませんが……それはそれで、不自然かと」


「へぇ、お前も分かるようになってきたな……なら、彼奴をどう思う? 」


 ぴたり、と、リチャードに頬をくっ付けた御用猫の後頭部に、軽い衝撃が走る、サクラの仕業であろうか。少しばかり身動ぎした後、少年は、御用猫の視線を追うのだ。


「……雇われの護衛ですかね? 特に、問題は……いや、この様な場所に同行させるのですから、腕の確かな者を……ならば、力を隠して……そうか、そうして見れば、何か違和感が……若先生、これは、油断のならぬ手合いの様ですね」


「よし、正解だ……あれは、おそらく忍者の類いだな、良く覚えておけよ、所作は誤魔化せても、奴等は、匂いが違う」


 ごくり、と喉を鳴らした少年の頭を軽く叩き、御用猫は姿勢を正す。荷馬車の一団から離れてきた馬の背には、痩せ型に黒い短髪、人懐こそうな笑みの男が跨っていた。


「おぉい、どちら様だい? こんな場所だ、悪いが挨拶させてくれよ……俺は、(きのえ)イッコー、バルタバンダ商会のもんだ」


 少しばかり糸目なのは、笑っているから、という訳でも無さそうである。利き手を持ち上げているのは挨拶でなく、腰の三日月刀から距離を置く為であろうか。


「こちらにおわすのは、かの名誉騎士、辛島ジュート殿である。我々はクロスロードからの公式使節だ、この様な馬車である故、疑いは当然であろう、無礼も問わぬ、だが、今見た物は他言無用であるぞ」


 御用猫は立ち上がり、アルタソマイダスから受け取っていた、王家の紋章入りの印籠を翳して見せる。リチャード少年の方は、しかし、きちっ、と座ったまま、微動だにせぬのだ。


(あれ、リチャードの奴、突然振ったのに落ち着いてるな……花吹団で修行したからか? うぅん、面白くない)


『えぇっ!?』


 驚きの声は、しかし、二つ重なっていた。目の前の男と、背後のサクラのものだろう、心中にて拳を握る御用猫であるが、その様な歓喜は、おくびにも出さぬのであった。


「こ、こりゃどうも、失礼おば、いかんな、俺はこういった事が苦手でして……失礼しました、うちの大将に代わって挨拶を……」


「構わぬ、商売に励めと、伝えておくが良い」


「へへぇ」


 馬主を廻らせ、護衛の男は商隊に戻って行く。その一団が通り過ぎるまで、御用猫達はその場に留まった。すれ違う馬車の荷台には、着飾った幾人もの若い女性の姿が見える、こちらに手を振っているのは、リチャード少年の美貌を目にしたからであろう。


「やけに、女が多いな……エルフにあてがうつもりか? いや、そんな事すれば出入り禁止だろう、見栄えを良くしただけか」


「若先生、商会長のルルゥド バルタバンダは、孤児院経営もしているようで、そこで育った子を教育し、自らの商会で働かせているそうです、女性が多いのは、地方から出稼ぎ、というか、半ば売られた者なのでしょう」


「成る程ね、開拓地の口減らしなら、女からだろうか……というか、本当、お前はそういうの詳しいよな」


 顎に手をやり、感心する御用猫であったのだが。リチャード少年の方は、何やら不満気である。


「それよりも、ああいった冗談は、やめてください、心臓に悪いので」


「そう、そうですよ! 何ですかゴヨウさんは、まるで子供ですね! 思わず声をあげてしまったではありませんか、恥ずかしい! もう! 」


 ばしばし、と後ろから背中を叩かれ、御用猫は顔を顰める。どうにも、こういった時のサクラは加減を知らぬのだ。


(普段は女らしさだの、淑やかさだのうるさいくせに……というか、サクラは淑女と言うよりも、ゴリラに近しいだろう、いつか野生に戻ってしまう前に、何とか、人間らしさを覚えさせねば)


「……頼むぞチャーリー、それに関しては、お前だけが頼りなのだからな」


「お断りします」


 ぷい、と顔を背けるリチャード少年は、完全に拒否の構えである。


「……何に関してなのかは知りませんが、なんだか、ゴヨウさんが失礼な事を考えている気がします、良いですか、親しき仲にも礼儀あり、ゴヨウさんが、私のことを好きなのは知っていますが、だからと言って、あまり、ぞんざいな構い方をしていると、私の方が嫌いになってしまうのですからね、分かっているのですか? 困るでしょう? ゴヨウさんは、私が付いていないと、三日と持たずに寂しくて死んでしまうのですからね? 」


「うさぎか」


 御用猫は御者台を乗り越え、飼藁の上にサクラを押し倒すと、そのまま押さえ付けて彼女を揉みほぐし始めた。


「きゃっ! ち、ちょっと、ゴヨウさん! どこ触って! あは、あはは、やめてくださ、あははは」


「ほう、ここか? ここが弱いのか? ふふ、しばらく見ないうちに、サクラも女らしくなりやがって、こりゃあ堪らねえぜ」


「ち、ちょっと! 何するつもりで、ほわっ!? 」


「げへへ、嬢ちゃん、観念しいや、いくら叫んだって助けなんか……うはは、おい、よせ、やめろ! アーッ! 」


 荷台の上で揉み合うサクラとチャムパグンを放置し、御用猫はくるぶしを拾い上げて御者台に戻るのだ。隣に座るリチャードに、白い丸餅を渡すと、御用猫は肩を竦めてみせる。


「な、まだまだ、子供だろう? 」


「ふふ、みたいですね」


 ひとしきり笑った後で、しかし、御用猫は考えるのだ。


(いや、子供とばかりも言えぬか……少なくとも、リリィよりは大きくなってたからな)


「……若先生」


「う、だから、心を読むなって、いつも言ってるだろう」


「鼻の下を見れば分かりますよ、全く、だらしないんですから」


「……次からは、気を付けよう」


 どちらをですか、と再び笑う少年に、笑みを返し、御用猫は大きく伸びをする。こうして樹々の匂いを吸い込むと、卑しい野良猫だとて、肺の中まで洗われる様な気もするだろう。


(そうだな……久しぶりに、のんびりしていこう)


 商売人が戻ったのならば、こちらの迎えも、そろそろ現れるだろうか。ゆっくりと目を閉じると、御用猫は、久し振りに会う友人達の顔を、その目蓋の裏に、一人づつ思い浮かべていたのだった。






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