表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続続・御用猫  作者: 露瀬
27/159

凍剣 雪中行 5

「そんで、リリィは何しに来たんだ? 」


「わ、私か? わたしは……その、特に用事という訳では……」


 もごもご、と咀嚼しながら問う御用猫に、リリィアドーネの言葉が詰まる。周囲の三人が一斉に彼を見やり、そして態とらしく溜息を吐くのだ。


「はぁ……全く、ゴヨウさんは……いいですか、こういった場合、女性に理由を問うなど、無粋にもほどがあるでしょう、リリィ様はただもご」


「いや! そう、理由ならあるのだ、うん、実は、相談があるのだ、これは、ニムエの事であるのだが」


 身を乗り出してサクラの口を塞ぐと、リリィアドーネは座り直し、やや、神妙な面持ちで語り始めた。


「あれから、私も、ニムエとハボックの事は気にかけていたのだが……これが、どうにも困ったものでな」


 彼女が言うには、相変わらず、ニムエはハボックの事を、自分の恋人だと思い込んでおり、彼を追うようにテンプル騎士団を退団した後は、共にハルヒコの補佐をしているらしい。


「確かに、一見して以前と変わらぬ様にも思えるのだが……やはり、色々と問題もあるようでな、猫は時間が解決してくれると言うが、その、昨日も両者から相談を受けてな……」


 リリィアドーネが言うには、ニムエの方からは、最近、ラースがよそよそしいのだと、行為どころか、手を繋ぐ事さえ、触れ合う事さえ避けられているようで、不安になると。一方のハボックからは、ニムエの扱いに苦慮しているのだと、距離感が近過ぎて、どうにも対処出来ぬと、このまま誤魔化すには、限度があるのだと。


「ははぁ、成る程ね……まぁ、そうなるかなぁ」


 顎に手をやる御用猫は、しばし動きを止め、考え込んでいたのだが、チャムパグンに給餌を催促されると、彼女の頬を掴んで口を開けさせ、そこに生野菜を押し込んだ。


「……取り敢えずハボックには、彼女を抱け、とでも伝えておいてくれ」


「ちょっと! 」


 真っ赤になったサクラが、即座に横から抗議してきた。いや、彼女だけでは無い、他の者も同意見であるのか、非難めいた視線を彼に向けるのだ。


「ふざけないでくれ、猫よ、その様な事、何の解決にも……」


「ならないだろうか? しかしな、そうなれば、後はラースの振りをしたまま、彼女に別れを告げるか、そうでなければ、このまま距離を置くか……どの道、ニムエが泣くのは避けられぬだろう……今まで何度説明しても、彼女は受け容れぬのだ、ならば、ハボックが決めるしかあるまい……彼女を受け容れるか、それとも拒絶するか」


 御用猫の答えに、皆は沈黙する。これは、人の心の問題である、誰も正解など導き出せぬであろうか。


「俺はハボックに、ニムエを救え、とは言ったが、ラースの代わりに、彼女を幸せにしてやれるか、となれば、それは別の話だろう……いつか彼女が現実を受け容れたならば、その時は絶望するのかも知れぬ、そうでは無いかも知れぬ、それは分からぬが……少なくとも、独りよりは二人の方が、まし、であろうさ」


「……若先生、何とか、ならないのですか? 」


 リチャード少年は、御用猫の目を、じっ、と見詰めてくる。彼だけは、チャムパグンの呪いで、クラリッサの記憶を消した事を、そう出来る事を知っているのだ。


「無理だ」


 しかし、御用猫は断言する。まだ、ニムエの心は壊れていないのだ、たとえ時間は掛かろうとも、解決の手が無い訳ではないのだ。


 それを惜しんで安易に頼れば、膝の上の小さな悪魔は、即座に手の平を返すであろう。


「まぁ、頭を悩ます事さ……それが、ハボックの為にもなる、あいつとて、親友を手にかけた心の傷は、未だ癒えていまいよ……互いにそれを舐め合うのは、別に悪い事でも無いだろう」


 遂に、御用猫の手に齧り付き始めたチャムパグンに、サワラを与えると、彼はリリィアドーネに目を向ける。


「……流石に、今のを、私の口から伝えるのは、憚られる……その、あのね」


「はは、分かったよ、出かける前に、ハボックには会っていこう」


 笑いながら、最後の一切れを卑しいエルフに与えたところで、御用猫は気付いたのだ。何やら、サクラの様子がおかしい事に。


 ちろちろ、と視線は落ち着きなく、足の間に両手を挟み、その小さな身体をくねらせている。


「何だ? サクラ、どうかしたのか? 」


「ほわっ!?い、いえ、別に……何でもありません」


 ぷい、と顔を背ける彼女に、御用猫が首を傾げていると。


「あー、サクラはですね「抱く」と「舐め合う」の辺りで、なんかいやらしい事を想像したみたいですわ、耳年増ですわ、思春期ですわよ」


「なんだ、そんな事か、いやらしいやつめ、生娘のくせに」


「ほわぁっ!」


 突如として、サクラは御用猫に飛び付き、ばしばし、と、その肩を叩き続ける。押し倒された御用猫は、いつの間に避難したものか、テーブルの下にしゃがむ卑しいエルフと、目を合わせるのだ。


「……おチャムさんや、今度から、他人の心を読むのは、少し控えようかね」


「いんや、さっきのは、ただの予想ですことよ? 」


 うひひ、と笑う卑しいエルフの笑いは、実に卑しいものであり。


 つられて笑う御用猫の肩は、痛みを増すばかりであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ