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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 4

「……はい、ごめんなさい、全て私の責任なのです、生きててごめんなさい」


 かれこれ一時間程、御用猫は責め立てられ続けていた。冷たい床に正座したまま、からくり人形の様に、時折、頭を下げては、同じ台詞を呟くのだ。


「リチャード、お説教は、もう、宜しいでしょう、ゴヨウ様も随分と反省しているようですし……」


 その長い灰金髪を、ふわり、と揺らし、珍しくも、御用猫を庇うような発言をしたのは、フィオーレ カイメン。サクラと同じ歳の筈であるが、肉体的にも精神的にも、色々と早熟な少女である。


 彼女は御用猫の背後に回ると、小さく窄めたその肩に、そっと両手を添えるのだ。


「さ、ゴヨウ様……参りましょうか」


「埋める気だよね? 」


 めりめり、と肩に食い込む彼女の指先には、その嫋やかさからは想像もつかぬ程の、ゴリラめいた力が込められている。命の危険を察知して、まるで子供の様に、いやいや、と首を振る御用猫は、情けなくもリチャード少年の膝にしがみ付き、彼の温情に縋るのだが。


「若先生……後できちんと掘り起こしてあげますので、ご心配なく」


「やっぱり埋める気だよね? 」


 最後の一人には、助けを求めるべくも無い。リリィアドーネの瞳には、最初から色というものが抜け落ちており、ただただ、虚ろなそれを彼に向けたまま、かしん、かしん、と腰の細剣を抜き差ししているのだ。


「……あの、皆さん、そろそろ、ゴヨウさんを許してあげて下さい」


 少々気まずそうに、サクラが小さく手を挙げる。彼女は最初、目を覚ました時には、眠そうに目を擦りながら、三人に挨拶をしたのだが、入り口で固まる来訪者の様子に首を傾げ、しばし考え、しかし、ふと隣で寝息を立てる男の姿を視界に入れると、一瞬で沸騰したのか、ばっ、と、ベッドから立ち上がり。


「ち、違うのです! これは違います、私はただ、ゴヨウさんをほんわぁぁぁっ!?」


 布団から出た事で、自らのあられもない姿に気付いたものか、両手で身体を隠し、その場にしゃがみ込んでしまう。


「うん……なんだ、起きたのか? ……ふふ、サクラも大胆な真似をする……男の寝床に夜這いなぞ、誰に教わったもの……やら……」


 瞬時に捲れた布団を頭から被り、身体を丸めた御用猫であったのだが、哀れにも三人がかりに引き摺り出され、そして今に至る。


「本当に、今回の事は私が悪いのです、旅立ちに少々浮かれてしまい、早朝から、ここを訪ねたものの、眠気に負けて、隣に潜り込んでしまったのです……はしたなくも服を脱いでしまったのは、恐らく無意識のうちにでしょうし、流石に、ゴヨウさんばかりを責めるのは……」


 真っ赤に熟れつつも、頬を揉みながら、サクラは、そう、御用猫を弁護するのだ。


「ゴヨウ様……本当に、何も、していないのですか? 」


「はい、誓って、彼女には手出ししておりません、私の身は潔白であります」


 再び正座し直すと、御用猫は目の前の悪鬼達に、胸を張って宣言するのだ。時間はかかったが、どうにか疑惑は晴れたようである。


(おのれ、なんと間の悪い事であった、次からは、もう少し周到に用意せねば)


 心の内にてそう決意すると、御用猫は、すっかりと痺れてしまった自分の足を、ゆっくりと伸ばし始めるのだ。




「それで? 今日はなんでまた、リリィとフィオーレまで来たんだ? 」


 味噌焼きにしたサワラを、膝の上のチャムパグンに囓らせながら、御用猫は、そう尋ねる。少し甘めの味噌を乗せて焼いた今日の昼食を、彼女はいたく気に入ったようで、先程から御用猫の口には、一切れたりとも入る気配が無いのだ。


「そうですね、わたくしは、一言文句を言う為、でしょうか」


 未だに、少々機嫌の悪そうなフィオーレは、隣に座るリリィアドーネと、同じ制服を身に付けていた。


「まぁ、それについては悪いと思うがな……他に適任者は居なかったのだろう? 俺の推薦が無くとも、フィオーレに声が掛かってたんじゃないのか? 」


 ハボックの一件で、テンプル騎士には、一度に三席もの空席が生じてしまったのだ。その中でも特に、この春からシファリエル王女付きとして働く予定であった、ニムエが辞職してしまった事に、王宮では頭を悩ませたようである。


 近衛騎士として採用される為には、何より身元の確かさが重要であるのだ。それが王女の護衛ともなれば、剣の腕も確かでなければならない、アルタソマイダスから、誰か心当たりが無いか、と尋ねられた御用猫は、なんとも自然に、フィオーレの名前を挙げてしまっていた。


「そうですね、フィオーレならば、身元に間違いは無いでしょうし……以前の事もあります、結果としては、妥当なところでしょう」


 まるで、我が事のように喜色を浮かべるサクラに目をやると、しかしフィオーレは、少しだけ、申し訳無さそうに俯いた。


「……ですが、それを言うなら、サクラにも、権利はあった筈ですわ……」


「いえ、仮に声が掛かったとしても、私は辞退していましたよ? 剣の腕はフィオーレの方が上ですし……あ、これは、今だけですからね、私も日々向上しているのです、先週など、稽古に来たクロン達にもごっ」


 長くなりそうな話をさえぎる為、御用猫がサクラの口に、サワラの身をねじ込む。餌を奪われたチャムパグンが不平を零し、御用猫の胸に背中をぶつけてきた。


「ふふ、僕もそう思います、サクラは新しい仕事にご執心のようだし、それに、フィオーレも政治家を目指すのならば、近衛に属するのは大きな経験になると思いますよ、色々と大物に会う機会もあるでしょうし、重要な会議にも参加できるでしょう……それに、その制服も、似合っていますしね」


 さらり、と言ってのけたのは、御用猫の影響であろうか、リリィアドーネに倣い、丈の短いスカートであったが、フィオーレほどの美しさならば、賞賛こそあれ、どこからも苦情は上がらぬであろう。


「も、もうっ! リチャード、また、わたくしを揶揄いましてね! 」


「いえ? 本心から、ですが」


 くっ、と息を漏らし、俯くフィオーレであったが、その理由については、先程とは別のものであろう。


(ふぅん、リチャードも中々やるなぁ、どこで覚えたものやら……そうだ、そういえば、皆で色街に行くのを忘れていた、いつにするか、ハボックやハルヒコ達も誘わねば……ゲコニス達もか、うぅん、大所帯になるなぁ……いっそ、クロスルージュを貸し切りにしてしまうか、一度くらいならば、構わぬかな? )


「どうしよう、なんだか、楽しくなってきたな! で、ごぜーますか? 」


「だから、お前は心を読むんじゃねーよ」


 ぺちん、と卑しいエルフの頭を叩き、その口に大量のサラダをねじ込む。


(まぁ、戻って来てから、考えるか)


 掴みかからんばかりの勢いで、リチャードに詰め寄るサクラの姿を眺めながら、ぱくり、と、ついにサワラを口に入れた御用猫であったが。


 頬を緩めたのは、果たして、どの様な理由であったものか、彼自身にも、曖昧であったのだ。




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