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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 2

「若先生、遅くなりました、申し訳ありません」


 からころ、と表の木扉を鳴らし店内に現れたのは、リチャード少年とハルヒコであった。軽く手を挙げ、挨拶に代えると、御用猫は席を空ける為に立ち上がり、床に散らばる子エルフ供を拾い集めるのだ。


 いつの間に消えたものか、みつばちとさんじょうの姿は見えない。彼が膝の上にチャムパグンと黒雀を抱えて座り直すと、その横にリチャード少年も腰を下ろす。


「団長、不在の間の引き継ぎに関しては、全て若頭から聞いておりますが……期間はどれ程の予定でしょうか? 」


「だから、団長はよせ……そうだなぁ、ひと月くらいは考えとこうかな、何の用事かは知らないが、帰らずの森に入ると、長くなりそうな気がする」


「……は? 」


 それまで、御用猫から受け取った簪を眺め、指先で、くるくる、と回していたサクラであったのだが。


「ゴヨウさん、森へ行くのですか? 」


「あぁ、オーフェンから報せがあってな、何か頼み事があるらしい、折角なんで、手土産でも……そうだ、サクラも選んでくれよ」


 暫し、じっ、と、御用猫を見詰めていた少女であったのだが、突然に首を回し、リチャード少年の方へ視線を送る。


「……その、僕も、呼ばれているそうなので……」


「なんでですか! 」


 なにやら、ばつ、の悪そうな顔で目を逸らす少年を確認した瞬間に、サクラは、再びテーブルを叩く。その音に驚いたものか、リチャードの足元から、ぴょこん、と白い丸餅に似た生き物が顔を覗かせた。


「っ、なんで、くるぶしがここに……まさか、一緒に連れて行くつもりじゃ、ないでしょうね? 」


「うん、なんか、呼ばれててな」


「なんでですか! 」


 ついに立ち上がったサクラは、両手を激しく上下させ、その怒りを存分に表現していたのだ。隣に座るハルヒコは、上体だけでそれを躱し、眉を顰めて意見する。


「サクラ、お前は居残りに決まっているだろう、わざわざ四番隊まで設立させ、その隊長に据えたのは、団長の妹御だから、と言う訳だけでは無いのだぞ、お前の熱意と、責任感を信じたからであるのだ、ティーナの具合が悪い間は、大先生の身の回りの世話もせねばならぬし、道場の掃除に洗濯、練習生の食事の仕度から、何かあった時の連絡係として……」


「雑用じゃないですか! いえ、それに関して文句はありませんが、それはそれ、これはこれ、です、だいたい、オーフェンさんも何ですか、私も呼ばれて然るべきでしょう! いいえ、呼ばれているはずです、おかしいじゃないですか、前回は私も同行したのです、あの時は状況も状況であったし、森の中もちゃんと観る事が出来ませんでした、ウィンドビットさんにも会いたいし、私も行きますからね! ええ、行きますとも、いーくーのー! 」


 じたばた、と暴れるサクラは、子供の様に首を振ると、御用猫の隣に移動し、肩を掴んで揺さぶり始めたのだ。


(やれやれ、すっかり我儘を表に出すようになったな……良い事なのか、どうなのか)


 揺さぶられながらも、苦笑する御用猫なのである。


「まぁ落ち着けサクラ……しかしなぁ、お前を連れ出すと、また、親父さんに文句を言われるからなぁ……主にリチャードが」


「説得してきます! ……まだ、出発しては駄目ですからね! いいですか、絶対ですよ! 夕方までには戻ってきますからね! 」


 返事も聞かずに、サクラは走り出した。




「……宜しいのですか? あまり、甘やかすのは感心しませんが……」


 ハルヒコの表情からは、複雑なものが見て取れた。恐らくは、自らの娘と、サクラを重ね合わせているのだろう。


「ハルヒコ、我儘はな、言えるうちが幸せだろう、どうせそのうち、嫌でも堪えなければ、ならなくなるのだ、溜め込むのは、それからでも構わぬだろう……せめて、な、成人までは、そうさせてやれ……まぁ、限度というものはあるが、今回は問題なかろう、というか、四番隊ってなに? 」


「若先生、東町に据えた、サクラひとりの部隊ですよ、あ、いえ、くるぶしが隊員でしたか」


 くすり、と花のように笑い、リチャード少年は、膝の上に抱えた白い子狼の喉を掻く。目を細めて、顎を上げるくるぶしは、じゃれつく様に少年の指を甘噛みしていた。


「なんか怖いから……あんまり、手を広げないでくれよ? まぁ、東にだけ誰も居ないってのも、収まり悪いかもな……さんじょう」


「あ、はい……きゃっ! 」


 御用猫に呼ばれ、気配を現した、さんじょうであったのだが、姉に肩を掴まれて、とすん、と椅子に降ろされる。


「……先生、さんじょうはもう、里に戻しますので、私が復帰しますので、ご用件ならば、私が承りますので」


「そうか? サクラの代わりに、道場の面倒を頼もうかと思ってたんだが……なら、みつばちでいいや」


 がぶり、と首筋に噛み付かれ、御用猫は悲鳴をあげる。


 先程までは、帰ってきたみつばちに、何やら懐かしさと、安心感すら覚えていた御用猫であったのだが。


「……よし分かった、甘やかすのは、やはり、良くないのだ、髪留め返せ、換金してくる」


「いいえ、これはもう私のものですぅー、既に身体の一部、血肉となりました、二度と外しませんから、墓にいれますから」


 きゃいきゃい、と騒がしい二人を眺め、リチャード少年とハルヒコは、ふと、目を合わせると、同時に笑いを零したのだった。





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