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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 21

 ハボック ヘェルディナンドが、田ノ上道場に姿を現したのは、それから更に、一週間後の事である。


「突然のご無礼、お許し下さい、ハボック ヘェルディナンドと申します」


「おぉ、おお、聞いておるよ、猫……いや、辛島ジュートであったか、今は稽古場におるでな……ふふ、これは、珍しい事なのだがの」


 居間にハボックを案内すると、田ノ上老は、御用猫を呼びに行く。白髪の混じる黒の総髪、茶色の地味な着流しと、いかにも人の良さげな、目立たぬ風貌ではあるが、ハボックには、一目でその実力を感じ取る事が出来たのだ。


(流石は、伝説の剣士「石火」のヒョーエ……世界は広い、こうして目をひらけば、己の矮小さを、思い知らされる事ばかりであるな)


 ほう、と溜息を吐き、ハボックは囲炉裏に手をかざす。ちりちり、と木炭の発する赤い熱は、まだまだ肌寒い外気に晒された彼の指先に、温かさを伝えてくれている。




「おぅ、ハボックよ、久し振りだな、よく此処が分かったな」


「ご無沙汰しております、リリィアドーネ殿に、伺いました……辛島殿ならば、マルティエか、ここ、もしくは「いのや」という店に居る筈だ、と……日中でしたので、ここに参りました」


 わはは、と笑いながら腰を下ろしたのは、田ノ上老である。御用猫の方はといえば、苦笑いを浮かべながら、気まずそうに膝をつくのだ。


「……アドルパス様には、辞表を届けて参りました」


「そうか……お前ほどの騎士を失うのは、テンプル騎士団にも、大きな損失であろうな……それで、あて、は、あるのか? 」


 ハボックは、ひとつ頷き、笑みを浮かべる。多少翳りは見えるものの、最後に会った頃よりは、まし、に、なったであろうか。


「有難くも、引き止められましたが……流石に、このままテンプル騎士を続ける訳にもいきませぬ」


 結局、今回の事件も、表沙汰にはせずに処理する事になったようだ。クロスロードの誇りたる、テンプル騎士が、ロンダヌスと通じていたなどと、醜聞にも程があるだろう。


「……ニムエも、騎士を辞するようです」


「ふむ、そればかりは、時間をかけるしかあるまいな……今は、お前が助けになってやれ……ラースの家族はな、消息不明だそうだ」


 そうですか、と、しばし俯き、ハボックは顔を上げる。


「辛島殿、改めて、お礼を言わせて下さい、此度の一件、もし、貴方が止めて下さらなければ、私はきっと、惨めなままに命を失い、死してなお、後悔の中で悶え苦しんでいた事でしょう……苦しむのは同じでも、こうして、考える事は出来るのです、行動する機会があるのです……結果がどうであれ、今は、それだけで充分だと、そう思えるようになりました」


「うむ、見事よ、ハボックというたかえ、横から口を差すが、迷うた時は、此処へおいで……それ、が頭から無くなる程度には、しごいてやろう」


「はは、それは良い考えだ、そうだな、余計な事を考える暇は、無くなるかも知れないな……命の保証は、出来ないが」


 肩を竦めて見せる御用猫に、くすり、と、ハボックも笑う。うむ、と頷いた田ノ上老は立ち上がると、席を外す事にした様だ。


「済まぬが、ティーナの調子が悪くての、茶の用意も出来ぬのじゃ、この爺の淹れたもので、我慢しておくれ」


 田ノ上老の足音が消えた頃、ハボックが口を開く。


「恐るべき遣い手ですな、アドルパス様と並び称されるのも、理解出来ます……ところで、辛島殿、今日のお姿が、貴方の素顔で宜しいか? 」


「ん? あぁ、一応な……まぁ、内密に頼むよ」


 御用猫は、特に気にしている訳でも無かったのだが、実のところ、最近では、今の自分の顔に、傷があるのか、それとも無いのか、分からぬ時もあるのだ。確かめる様に、彼は顔の傷を撫でるのだが、果たして、それがハボックに見えているのか、どうなのか。


「ワイヤード殿は、してやられた、と大層お怒りのご様子でしたよ? ……同じ程に、笑ってもおられましたが」


「はは、悪い事したなぁ、でも、結果は同じだったんだ、まぁ、構わないだろ? 」


 先日の、夜の公園でのやり取りは、御用猫の、はったり、であった。実際、あの時点では、ロンダヌスからの情報は無く、言ってしまえば、ハボックの身の潔白は、確かなものとは言えなかったのだ。


 御用猫は、ハボックの失踪後、さんじょうの念話にて、みつばちを即座にロンダヌスまで走らせ、辛島ジュートの情報収集に当たらせた。流石に、北嶺山脈を越えていては間に合わ無かったのだが、紋雀がロンダヌスにいた事は、彼等にとって、この上ない僥倖であったろう。


「アルタソマイダス様に、知らぬ、と言われた時には、正直、耳を疑いましたよ」


「あいつは融通が利くようで、妙な所で、意地を張るからなぁ……姫様には、今度、お礼を言わないとなぁ」


 御用猫は、大きく溜息を零すのだ。シャルロッテ王女が、王権を振るわねば、二人ともに、首と胴が泣き別れしていた所であったのだから。


(正直、姫様がたは、苦手なのだが……今回は仕方あるまいか)


 みつばちからの報告を持ったリリィアドーネが戻って来るまで、たった一晩の事とはいえ、御用猫は生きた心地もせぬ夜を過ごしたのだ。


(そういえば、みつばちにも労いの言葉をかけてやらねば……はぁ、なんと、面倒な)


 再び里に戻ったみつばちであったのだが、無理を言ったぶん、何か返してやらねばなるまい。何もかも面倒になった御用猫は、こうして、田ノ上道場で、溜まった鬱憤を発散していたのだが、確かに、少々の悩みは忘れる事が出来ようか。


「まぁ、生きていくのが面倒なのは、誰も同じか……それで、ハボックよ、今日は何の用事だったのだ? 礼を言うだけなら、もっと前に来るだろう、何か、思うところが、あるのではないのか? 」


「これは……やはり、辛島殿には敵いませんな、全て見透かされているようだ」


 ハボックは、姿勢を正すと、正面から御用猫を見据える。


「私と……お手合わせ願いたいのです」


「なんだ、またそれか……まぁ、竹刀なら良いと言ったしな……今日は身体も動かしたい気分だし」


 ぱん、と手を叩いたハボックは、少しだけ、悪戯っぽい笑顔をみせる。


「つきましては……ひとつ、賭けたいものがありまして」


「なんだなんだ、悪い顔をしやがって、リリィでも賭けるつもりか? 」


「まさか! 串刺し王女など、私の手に負える女性ではありませんよ……働き口を、紹介して頂ける約束でしたので、そちらの方を」


 なにやら酷い言われようではあったが、御用猫は、それを聞き流す。彼女に関しては、まごう事なき、事実であろうから。


「私が勝った暁には、黒猫騎士団の一員として迎えて頂きたいと、そう願います……実は、既に話も纏めてありまして」


 御用猫の預かり知らぬ所ではあったのだが、ハルヒコ以下、遊撃騎士団の人員には、シャルロッテ王女の私費にて、俸給が与えられているのだ。現状、無給で働いているのは、形ばかりの名誉騎士である、辛島ジュート唯一人であった。


「……ハルヒコめ、まさか、根に持っているのか……もう少し、喋らせてやるべきかなぁ」


「はは、彼は素晴らしい騎士ですよ、一度、本気で勝負してみたいものですな、しかし、今は、辛島殿……貴方に私の曇りを払って頂きたい」


 再び、前に踏み出す為に、と頭を下げるハボックに、彼は、一も二もなく了承する。


 御用猫の腕前では、ハボックに対して勝ちの目はないであろうが、約束は約束であるのだ。


(まぁ、仕方あるまいか、きっと、今は、傷も無いのであろう)


 もう一度、顔の傷を撫でると、御用猫は立ち上がり、ハボックを連れだって稽古場に向かう。


 慣れぬ炊事に悪戦苦闘する田ノ上老が、居間に戻って来るまでには、この勝負にも決着がつくだろうと、心の内で笑いながら。








しょせん人生五里霧中


付かず離れず指の先


見えぬ明日に目を凝らしゃ


猫と戯れたけくらべ



御用、御用の、御用猫
















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