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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 19

 御用猫がハボックと相対したのは、彼の失踪から、一週間後の事であった。


 西町郊外を捜索中の草蜂と連絡を取る為に、移動していたハルヒコが、偶然に発見したのである。しかし、もしも、彼以外の者であったならば、見逃してしまっていたかもしれぬ、今のハボックには、それ程に存在感、というものが無かったのだ。


(……同類だ、以前の私と、彼は同じであるのだ……生きながらも、まるで、死んでいるような)


 なればこそ、ふと、ハルヒコは、目に止めたのだろう。懐から、さんじょうに直通する念話の呪い札を取り出すと、祈るように、彼はそれを握り締めたのだ。


 あの、死んだような男にも、再び生が与えられん事を、六柱の神に祈りながら。




「ハボック、調子はどうだ? 」


「……お待ちしておりました、貴方ならば、きっと、私を見つけ出して下さると、信じておりましたよ……」


 上町にほど近いこの公園は、ハボックが、親友の胸を貫いた、その場所であったのだ。灯台元暗し、とは、まさにこの事であろうか、彼は、最初から移動などせずに、ただ、気配を消して、ひとところに居座っていたのだ。


「……辛島殿、約束通り、お手合わせを、願いたく」


「あぁ、構わないぞ、竹刀ならば、いつでもな」


 すらり、と長剣を引き抜いたハボックに、しかし、御用猫は、気軽な調子にて、そう答えるのだ。


「まことに、申し訳ありませんが……実剣を、所望するところであります」


「断る……自殺ならば、余所でやれ」


 きっぱり、と言い放った御用猫に見せたハボックの顔は、酷い有様であった。輝きを失った瞳は、濁ったように暗く淀みを見せており、頬はこけ、無精髭にまみれていた。


「何故ですか……私には、もう、これ、しか無いのです……取り返しのつかぬ事を……国を裏切り、友をこの手にかけ、先はありません……せめて、辛島殿と……辛島殿のお手にかかればと……許されませぬか? 私には、ただ、それだけの救いも無いのですか? ……このような、あんまり、では、ありませんか……あんまりだ……」


「ハボックよ、今のお前は……満ち足りているか? 」


 救いを求めるように、縋るように剣を向けたハボックに、御用猫は、冷たく告げる。


「満ち……馬鹿な! そのような! ……そのような事、あろうはずも……」


「俺に斬られれば、満足するのか? 」


 ハボックは答えない、しかし、その沈黙が、答えになるであろうか。


「ラースの遺体に、抵抗した様子は無かった……受け容れたのだろうな、もう、そうするしか、無かったのだろう……だがな、奴は、お前にまで、それを願っただろうか」


 冷たい夜風に吹かれ、凍えてしまった男の心を溶きほぐそうと、御用猫は言葉を続ける。これが、どれ程に、彼に届くのかは、御用猫自身にも分からないのだが。


「お前が、友の汚名と罪を背負って死んだところで、何も変わらぬぞ? むしろそれは、彼の遺志を無駄にする事になろう……今のお前の、その罪悪感、全てを俺になすりつけ、また、逃げ出すつもりか? あの世でラースに殴られても、文句は言えないな」


 はっ、と目を剥き、しばし震えたのち、ハボックは遂に膝を折る。しかし、両手から剣を放す事も出来ず、ただ、滂沱の如く涙を流し、呻き声を上げるのみであった。


「どうすれば、良いと言うのです……死ぬ事も許されず、しかし、私には、もう、生きる事も、ままならぬ……また、腐ったままに時を過ごすくらいならば、いっそ、産まれて来なければ……知らなければ……」


「泣き言を漏らすな! その程度の苦悩、抱えて生きる者は、山ほど居よう……リリィアドーネ」


 御用猫の呼びかけに、足音が二つ、闇の中から進み出る。さくさく、と枯れ芝生を踏みしめ、女性の足音が。


「ハボック……話をして欲しい……彼女と」


 その時の彼の表情たるや、断頭台に据えられた死刑囚でさえ、見せぬ程の絶望を表していただろうか。


「……ニムエ……」


 つかつか、と進んでくる彼女の顔には、怒りや悲しみの色は見えない。しかし、それが、ハボックの心を震え上がらせるのだ。


 ぴた、と、ハボックの前で立ち止まるニムエは、無表情のままに、ぱしん、と音を立てて、彼の頬を張る。


 そして。


「ラース! もう! 急に居なくなるから、わたし、心配したんだからね! 」


 ぎゅう、と彼の頭を胸にかき抱き、安堵の吐息を漏らしたのだ。


「なんっ……ニムエ? 何を言って……」


「いーえ、許しません! ……まぁ、わたしも? すこぅし、束縛が過ぎたかな? とは、反省してるけども……おかえり、ラース、もう、居なくなったり、しないでね? 」


 ハボックの髪に顔を埋め、ニムエは吐息を漏らす。しかし、その熱は、ハボックの脳内を芯まで冷やすようで、彼は身体を離し、リリィアドーネに目を向けたのだが。


 リリィアドーネからの返答は、背けた視線のみであった。


「分かるか、ハボック、お前が逃げたとて、お前ひとり、楽になったとて、何も変わらぬ……今は、皆に時間が必要なのだ、お前が真に、ラースの友であると言うのなら、彼女を救ってみせろ、その上で、まだ、死にたいと抜かすならば、良いだろう、辛島ジュートの名にかけて、貴様の首を刎ねてやる……だが、その時、お前が生きたいと願うならば……」


 ハボックの隣にしゃがみ込むと、御用猫は、彼の、なんとも小さくなってしまった背中を、ぱんぱん、と叩いた。


「……まぁ、働き口くらいは、紹介してやるさ、今は人手不足なんでな」


「ぐうっ」


 ハボックには、もう、涙する他には、無かったのである。




「先生! 申し訳ありません、つけられた様です! テンプル騎士と、酒番衆が……まもなく」


「……なんと、無粋な奴らめ……まぁ良い、先に押さえたのはこちらだ、邪魔はしないとは言ったが、邪魔されるならば、話は別であろうさ」


 ぱたぱた、と走り寄ってきた、さんじょうに手を挙げて制すると、御用猫は立ち上がって首を鳴らす。


「ね……ジュート、どうするのだ、二人を逃がすか? 」


「まさか、こちらに非は無いのだ、堂々と迎え撃つさ……なにしろ、こちらは正義の味方なのだからな……チャム! 」


 御用猫の合図にて、彼の背後に、人影が現れる。


「若先生! まさか、テンプル騎士と一戦交えるおつもりですか? 」


「問題ありません、団長の御命令とあらば、我ら一同、裂帛の意思、その集塊となって……ほぅっ」


 走り寄ってきたリチャード少年とハルヒコであったが、片方は途中で崩れ落ちる。親指を立てた御用猫の肩に、とすん、と懐かしい重さも加わった。


「ひきっ、やるの? つよいから、みんな、殺るよ? 」


「やりません」


 肩に乗る黒雀の尻を撫でながら、御用猫は、背後を振り返る。集まった面々を眺めれば、中々に壮観なものであろうか。


(うむ、多少は、はったりも効くであろう)


 彼等の視線は、御用猫の確信に繋がるのだ。一先ずは落ち着いたであろう、ゆるゆる、と立ち上がるハボックに目を向け。


「なぁ、ハボックよ、後悔するのも、嘆くのも、全て終わってからにしようではないか……人生なんてのは、誰しも、ままならぬものよ……どうせ死ぬなら、その時まで、みっともなく、生きてみないか? 」


 一緒にな、と笑ってみせると、御用猫は振り返る。木立の向こうからは、何人かの足音が聞こえ始めていたが、彼には、既に確信があった。


 野良猫の本領とはいくまいが、たまには、そう、気分転換であろう、などと思いながら。



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