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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 1

 ハボック ヘェルディナンドは、まことに、変わった男であった。


 祖先を遡れば、公爵家に辿り着くとは言うのだが、今は平民の身分である。しかし、勉学に才あり、剣の腕も、幼少期から、卓越したものが見られた為に、貴族学校に通う事を許され、今では栄光のテンプル騎士団に所属し、白服に袖を通しているのだ。


 しかし、その実力は、騎士団でも中の中、かつて神童ともてはやされたこの男も、国中から集まる天才達に囲まれ、その力は埋没してしまったかの様にも、見えるだろうか。茶金髪に鳶色の瞳、顔の造りも人並みにて、取り立てて、褒めるべき容姿でもない。


 だが、この男は、とにかく変わっていたのだ。


「ハボック! やべーぞ、今日の稽古には「串刺し王女」が参加する! 」


 どたどた、と駆け込んで来た同僚の名は、ラース グリント。田舎領主の次男坊であったが、剣術に光るものがあり、テンプル騎士団に勧誘された経緯を持つ、黒金髪の二枚目である。少々軽薄な所もあるが、その心根は善であり、変人のハボックにも、こうして、気さくに話しかけてくるのだ。


 ハボック自身、己の扱いにくさは、充分に理解していた。我が事ながらに、そう思うのだ、他人からしてみれば、やはり、わざわざ近寄りたくはない、相手であろう。


(なのに、彼は、いつも必ず話しかけてくれる、ありがたい、実にありがたい事だ……しかし、ニムエの事は、どうにも困る、仲睦まじいのは大変に結構、しかし)


「恋人の抱き心地まで、私に報告されても、反応に困るのだ」


「何言ってんの、お前? 」


 ラースは笑い、ハボックの肩を、ばしばし、と叩きながら、稽古場の隅に移動すると。


「騎士道大原則、ひとつ、危険を察知したならば、ひとまず距離を置け、だ」


 笑いながらも、彼は壁に立て掛けてある木剣を握り、できるだけ、目立たぬように気配を消してゆく。


(相変わらず、見事なものだ、しかし、なぜ、これ程の腕を持ちながら、串刺し王女を恐れる必要があるのだ、確かに彼女は強いだろうが、あの突きさえ押さえてしまえば、簡単にあしらえるだろうに……いや、政治的な問題か、ラースの父には、モンテルローザ侯爵の息がかかっていたか……つまらぬ、な、親のしがらみに囚われ、子供までが、肩を竦めて生きねばならぬのか……騎士とは、まこと、息苦しい)


「なんとも、つまらぬ生き様だな……ラース、そうは思わないか」


「おいよせ、俺を苛むな」


 抗議する友人に、ハボックは首を傾げるのだ。


(同情したつもりが、しまった、哀れみと受け取られてしまったか……そうした事は嫌いな男であったな、これは、悪い事をしてしまった)


「すまない、本音が出てしまった、私の悪い癖だ、しかし、悪気はないのだ」


「喧嘩売ってんのかてめぇ」


 しかし、言葉とは裏腹に、陽気な声音で彼は言う。テンプル騎士達から敬遠されるハボックであったが、その性根は、実に善な男であり、たまに会話が噛み合わぬ事を除けば、いや、そうと知ってしまえば、なんとも気安い男であるのだ。


 ハボックは、頭の回転が速すぎて、他人に合わせる事が出来ぬだけ、であるのだ。ラースだけは、そう、理解できていた。


「近衛騎士団だ、少々、邪魔をする」


 稽古場に響く、風に揺れる鈴のような、しかし、透き通り、心地良く澄み渡る声の持ち主は、リリィアドーネ グラムハスル。首筋が半ば隠れる程に伸びた、柔らかな栗色の髪も、透明感のある薄い青の瞳も、瑞々しい桜色の唇も、白磁のように艶やかな肌も、その全ては、完成された芸術品のように美しい。


 ただし、この場に居る全ての者が、その中身を知っている。美しい器の中には、北海の氷のように酷薄な魂と、バスビオ山の溶岩のように苛烈な精神が同居しているという事に。


「……手加減を知ってる分だけ、団長達よりは、まし、だけどよぉ」


 今にも泣きそうなラースであるのだ。


(ならば、ラースも手加減せねば良いだろうに、やはり、地方領主の次男とは、気を遣うものなのか、串刺し王女の隣には、自分の恋人もいるというのに、良い所を見せる事も出来ぬとは……いや、恋人の一人も居ない私が言うのも、おかしな話か、私も、もう二十六になった、同じ産まれのラースは、五つも年下の恋人を作ったのだ、私も……いや、これは、無理な話であろうかな)


「なんとも、情け無い男だ」


「なぁ、やっぱ、喧嘩売ってるん? 」


「いや、そんな事はない、ちゃんと恋人が出来たのだ、ラースは、良い男だと、私は、そう思うぞ」


「売ってるじゃねーかよぃ! 」


 がつがつ、と、じゃれ合いながら、木剣をかち合わせる二人に、串刺し王女から声がかかる。


「お前達! 今は稽古中だぞ! 気を入れぬか! 二人共こちらに来い、少し、相手をして貰おう」


 ぎゃっ、と悲鳴を漏らしたラースを見て、周囲の同僚が、笑いを堪える。リリィアドーネの隣に立つ、灰金髪の女性も、口を押さえて笑い始めるのだ。


「ちくしょう、ニムエの奴め、笑った顔も天使だぜ、後で、ひぃひぃ言わせてやる」


 些か、生々しい冗談を零しながら、ラースはハボックの背中を押し、まるで古戦場の大盾騎士の様に、じりじり、と、近衛騎士達に近付いて行くのだ。


(しかし、羨ましくはあるのだ、私には、ひとつに賭ける、もの、が無い……学問も、芸術も、剣術も、遊びも、女も、みな、苦痛ですらある、この魂は、いったい、どこで解放されるというのか)


「ああ、くそ、噂の名誉騎士も、テンプル騎士団に配属されたって言うのになぁ、稽古には出てこなくて良いんだもんなぁ、 てか、俺っち顔も知らねえぜ」


「辛島……ジュート」


 ぴたり、と、動きを止めた大盾に、ラースは鼻をぶつける。盾が怖じけるとは何事か、と文句をつけようとしたのだが、その男は、今度は、つかつか、と、自ら前に進み始めたのだ。


 ざわり、と、稽古場がどよめく。あの変人のハボックが、なにやら思い詰めたる表情にて、串刺し王女の前に立ちはだかったのだから。


「む、貴公は確か……ハボック、だったか? どうした、稽古ならば、ちゃんと声をかけよ」


「リリィアドーネ殿に、申し上げたき事が、ありまして」


 ざわざわ、と、稽古の手を止め、皆が様子を伺い始めるのだ。面と向かって、串刺し王女に意見するなど、何したものか、迂闊な発言をして機嫌を損ねれば、たちまちに、その稲妻のような突きを受け、寸止めもされず、肩を外されてしまうだろうに。


 友人を止める事も出来ず、ごくり、と唾を飲み込むラースの前で、ハボックは、しかし、きっぱりと、言い放った。


「私と、結婚して頂きたい」


 一瞬だけ、僅かだけ静寂の波が訪れたのだが。


 それは、すぐに、驚愕の津波に飲み込まれたのだった。




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