薔薇髑髏 21
ラキガニ ハヤステは、有り体に言って、強者であった。ロンダヌスの騎士であった父から学んだ正統剣術と、クロスロードで学んだシャイニングソードを、自身の中で融合させており、その剣力は、リリィアドーネよりも僅かに上であろうか。
「くうっ! 」
しかしながら、この戦いの趨勢は、誰の目にも明らかである。距離を置く事も許されず、栗色の髪の少女は、形良い眉を歪めて、防戦一方であるのだ。
王道に王道を重ねた、ある意味、変幻自在とも言えるラキガニの剣は、確実にリリィアドーネを追い詰めてゆくのだ。細剣にて受け続けるのも、そろそろ限界であろう。
(歯がゆい……剣筋は見えているというのに、こちらの出端を抑えられる……私の攻めが、単調だと言うのか? こんな時、猫ならば)
確かに、腕前の差は僅かである、しかし、現にこうして、彼女は追い込まれているのだ。リリィアドーネとラキガニの差とは、目に見えぬもの、即ち、実戦経験の差であった。
様々な条件と状況、相手取るのは、素人から闇討ち屋まで。ラキガニが、これまで積み上げてきたのは、殺しという名の、日々の研鑽。
「リチャード、まだ、ですの? このままでは……」
「まだです、堪えてください、好機は、おそらく、たった一度きり……オコセットさんも、お願いします」
「任せとけ、さっきまでと比べりゃ、割の良い役目さ」
リチャード少年の目にも、ラキガニの力は充分に見て取れていたのだ。たとえ、全員で打ち掛かったとしても、個別に対応され、全滅は免れまい。
(オコセットさん達と、連戦の筈ですが……体力的にも充分の様子、これは、強い、正しく本物でしょう……しかし)
少年の脳内には、師の言葉が浮かんでいた。
(たとえ、勝ち目のない相手でも、必ず弱味はあります……それが無ければ、こちらから作り出し、喰らい付く……若先生、僕は、奴の弱味と、なれているでしょうか)
心技体、まるで隙の無いラキガニではあったのだが、しかし、無敵という訳でもあるまい。リチャード少年が目を付けたのは「雲帝」の置かれた状況である。
一見すれば、余裕綽々とも思えるであろうが、ラキガニとて、内心には焦りがある筈なのだ。自ら正体を明かし、テンプル騎士に剣を向けた以上、彼は国家に対する反逆者である、この場から逃げ去るだけでは、直ぐに追い詰められてしまうのだ。
(ならば、少なくとも、リリィ様とフィオーレだけでも、仕留めてから、と思う筈……そして、それは簡単に出来るだろうと、過信していた筈なのです……今、焦っているのは、むしろラキガニの方)
待機しているみつばちの事を、酒番衆と誤認もしていたのだ、長引くのは不味いと、焦りは募るばかりであろう。リチャード少年が、見せ付けるように、くるぶしを召喚したのも、ラキガニに圧をかける為である。
(こちらが、様子を伺っている事も、充分に承知している……僕達が、このまま動かねば、痺れを切らして、自ら隙を作り、誘いをかける筈なのです)
勿論、リリィアドーネが先に倒されてしまっては、元も子もないであろうが、それについては、少年も、彼女を信じる他には無いのだが。これ程に揺さぶりをかけているのだ、ラキガニとて、十全の力を発揮する事は難しいだろう。
(そこに、喰らい付く……)
ラキガニの誘いに敢えて乗り、そこで彼の想定外の攻撃を仕掛ける、これが、リチャード少年の策であった。
そして、その機会は、唐突にやってくる。
リリィアドーネの突きを躱したところで、ラキガニの足が、僅かにもつれ、姿勢を崩したのだ。
「今です! 」
少年の号令に合わせ、待機していた三人は、一斉に前に出る。しかし、これは勿論、ラキガニの誘いであった、リチャード少年の予想通り、痺れを切らした「雲帝」は、目端に映る邪魔な見物人を、先に始末しようと考えたのだ。
「ぬうっ!?」
リリィアドーネから距離を置き、三人に意識を向けたラキガニは、しかし、予想外の光景を目にする事になる。手負いの剣士に子供が二人、どうとでも片付けられると、彼は考えていたのだが。
三人は、腕を組める程の距離にて、横一列に並び、剣も抜かずに、そのまま突進してきたのだ。
もしも、これが、リチャードとフィオーレの二人であったならば、結果は違っていたのかも知れない。しかし、三人が並んだ事により、ラキガニは、選択の幅が広がったのだ。
誰を狙うか、どう対処すべきか。
判断の遅れは、ほんの瞬刻。ラキガニは、左に身を躱し、リチャード少年に斬りつけようとしたのだが、その直前に、オコセットが加速し、半歩だけ前に出る。
「しぇいっ! 」
突き出された長剣は、前に出たオコセットの右胸を捉える。ラキガニは腰を落とし、脇下を斬り裂きながら、この壁をすり抜ける算段であったのだが。
(硬い!?見えざる盾か! )
呪術師の存在を、忘れていた訳では無いのだが、多少の障壁ならば、彼には斬り裂く自身があったの
だ。事実、あと僅か踏み込みが早ければ、リチャード少年の「操り丸盾」も、貫かれていたかも知れないだろう。
内心にて舌打ちしながらも、彼は振り向きざまに、オコセットに追撃を加えようとしたのだが。
ぐみっ。
何か柔らかい物を踏み付け、ラキガニは大きく姿勢を崩した。
(おのれ! )
足元に転がる、丸い餅の様な生き物に、目をくれる事もなく、突き出されたオコセットの長剣を払う。
(この、俺が! )
続け様に放たれたフィオーレの一撃を、転がって避けたところに、リチャード少年が打ち掛かる。
(こんな、雑魚共に! )
体勢は崩れたままであったが、目の前の少年の打ち込みは「雲帝」のラキガニにしてみれば、児戯にも等しい、ぬるい斬撃である。先ずは一人と狙いを定め、彼は長剣を突き込んだのだが、なんたる事か、リチャード少年は足を止め、真横に飛びすさったのである。
他愛も無い、見せかけ。普段の彼であったならば、決して、引っ掛かる事もない、幼稚な罠。
「おのォォれェッ! 」
全くに、時宜を逃した攻撃は、届く事も無いだろう。
「ラァキガニィ! ハヤステェぇッ! 」
少年の影から現れた、栗色の髪の少女には。
ごう、と突き込まれた切っ先は、稲妻の如き鋭さにて、正確にラキガニの胸を捉えた。
ぎろり、と射殺すかの様な視線も一瞬の事に「雲帝」のラキガニは、白眼をむいて、地に伏せったのである。
「……殺しはせぬ、お前とは、違うのだからな」
荒い息を吐くリリィアドーネの細剣は、鞘に収められたままであった。
「フィオーレ、拘束を……皆、良くやってくれた、礼を言わせて……」
ひと息ついたリリィアドーネは、リチャード少年の方に目を向けたのであるが、どうやら、彼の戦いは、未だ終わっておらぬ様子である。
「オコセットさん、腕を出してください、僕の呪いでも、仮縫いくらいならば間に合います」
「うぁー、済まねぇ……坊主には、まさに借りが出来ちまったな、いや、助かった……あと、実は、もう限界だ」
ごとり、と倒れて動かなくなる剣士に、リチャード少年は、あたふた、と呪いの準備を行う。彼にしては手際の悪い事であったのだが、これはおそらく、腕を繋ぐのが先か、増血が先かと、頭を悩ませているのだろう。
「大したものだな……ふふ、猫には悪いが、近衛に引き込んでみるか……なぁ、フィオーレ、どうにかならないか? 」
「知りませんわ、もう、リリィ様まで」
彼女が、何を言わんとしているのかを、理解したのだろう、少しばかり頬を染めたフィオーレは、必要以上の力にて、めりめり、とラキガニを縛り上げている。
こうして、クロスロードを騒がせた謎の騎士は、遂に捕らえられたのだ。
だが、その薔薇髑髏が、もう一人存在していようなどと、今の彼女達には、知る由も無いであろう。




